独学→大学院で研究を学ぶ→独学に戻るの見通し

独学が極めて厳しい(ほぼムリ)なのは、研究論文を書くこと。論文のルールを習得し、ロジカルに仮説を証明することは、他分野の訓練やビジネスを通じても、ある程度はできます。でも、「研究の文脈のなかに、自分の説を位置づける」のは、院の空気を吸い、日常的に研究の会話をしないと厳しいです。
昨日のゼミでのぼくの研究発表は、第三者の目線から見れば、「爆死したが、かろうじてお情けで肉片が残った」かも知れません。でも達成感と手応えはあります。先行する学者と自説との関わりについて、現代の研究者(ゼミの院生)に質問されて答える。これが出来ているだけで、それは「環境に身を置いた」成果。
ぼくの研究報告って、見よう見まねの「研究ごっこ」なんです、まだ。先生や院生は、こんな感じで先行研究の流れを捉え、自説を位置づけようとしていますよね。だったらぼくもマネしてみよう!というトライです。うまく「流れに乗っていない」にせよ、自説を飛び込ませたことが進歩!という段階です。
「学ぶ=マネる」とか、陳腐なことは言いたくないですけど、ぼくの「大学院生ごっこ」が本格化?というのが昨日の研究報告でした。研究の素質や資格が自分にあるのか?と問うよりも先に、それっぽくやっているうちに、板に付いてくるのでは?という戦法です。ぼくは生え抜きの院生ではないので、こういう意図的・自覚的なやり方に頼らざるを得ないのです。

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