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シン・ウルトラマンは幕末を描いた映画/近代日本の建国神話の再演

佐藤ひろおです。会社を休んで早稲田の大学院生をしています。
映画みてきました。『シン・ウルトラマン』です。

『シン・ウルトラマン』は、話がすごく複雑なんですよ。なぜ、これほど複雑になったのか。理由は、近代日本の建国神話を再演したからだ、と思うので、順番に書いてみたいと思います。

まず振り返ると、原作のウルトラマン(1967年)は、話がすごくシンプルなんですよね。子供向けだから、とかではなくて、話作りの美学としてシンプルにしたんだと思います。
作品には、3つの勢力が登場します。

1つめは、ウルトラマン集団。最終回にゾフィーさんが助けにきますが、利害や価値観は一致している。頼れる助っ人です。上司部下かと思いきや、その設定すら後付けだったはずで、「同じチームからの援軍」とさえ理解すればお釣りがきます。
2つめは、科学特捜隊。パリ?に本部がある、何かの組織の日本支部。パリが日本をジャマしにくることはなく、任務に必要なリソースを振り分けてくれる。科学特捜隊は、性格や得意分野の違いによる人間模様はあるが、根源的には、みんな仲間です。
3つめが、週替わりに出てくる敵。地球の怪獣だったり、侵略宇宙人だったりしますが、分かりやすい敵対勢力。ウルトラマンや科学特捜隊のなかに入り込んだり、だましたりすることはあるが、基本的には没交渉。

2022年の『シン・ウルトラマン』は、原作に登場していた3つの勢力をひっかき回して、きわめて複雑にしています。
これが大人向きにリアリティなんだ!!と言われたら、そうかも知れませんけど、複雑にすればそれで良い、とぼくは思いません。むしろ、どうしてこんな複雑になったんだ??と考えてみたいです。

準備のため、『シン・ウルトラマン』を追ってみようと思います。
ウルトラマン集団の内部で、ウルトラマンとゾフィーには、深刻に対立します。ゾフィーさんは、組織に背いた部下を、殺しに来ます。

原作では、正体不明の敵勢力が放った兵器(ゼットン)に敗れたウルトラマンを、ゾフィーさんが助けにきます。むしろ、ゼットンに倒されたウルトラマンを助ける用のキャラとして、着ぐるみに「鋲」を打ち込んだゾフィーが作られた。しかし『シン・ウルトラマン』では、むしろゾフィーさんが兵器ゼットンを持参して、ウルトラマンと地球を葬ろうとする。

『シン・ウルトラマン』では、怪獣や侵略宇宙人の内部で、複雑な利害や陰謀と繋がり、競争関係があります。
ウルトラマンと侵略宇宙人が話し合いの場を設けて、地球人をどうしてくれようか、という「会談」を行います。絵的におもしろいシーンかも知れませんが、ぼくら観客は地球人の立場で見ているはずなので、自分たちが一切関われない「会談」シーンなんですよね。たとえるなら、イギリスとフランスの会談から閉め出される、幕末日本人の心境です。

科学特捜隊(『シン・ウルトラマン』は略称に違う漢字を当てる)も、ぜんぜん一枚岩じゃない。日本政府の内部に複数勢力がうごめき、科学特捜隊が翻弄される。日本の外部に、アメリカや中国などの大国がある。同心円状の組織、および並立した別組織のあいだで、利害や野心が複雑に交錯するんですよ。
地球を守ろう!!じゃなく、「ウルトラマンを利用し、省庁間の対立で勝てないか」「他国がウルトラマンを奪いにきた」「ウルトラマンに対抗するため、異星人Aと同盟だ」「異星人Aと同盟した国に対抗するため、異星人Bと同盟だ」などと、パターンが無限に掛け算されます。

ぼくは見ていませんが、アメリカの古い映画、『インデペンデンス・デイ』は、宇宙人の襲来によって地球人が一致団結する話(らしい)。イギリスという外敵から自由を勝ち取るために、13州が協力するというアメリカの建国神話を反映した物語ではないか。※見てないから知らない
ぎゃくに、『シン・ウルトラマン』は、宇宙人の襲来によって、地球人の利害抗争がいっそう深刻化する話です。さっき期せずして、ぼくは幕末の比喩を使いましたが、『シン・ウルトラマン』は、幕末を描いた映画なんでしょうね。幕末物語は、近代日本の建国神話です。

いま日本は、「日本国」としてまとまっていますが、幕末の時点では、幕府やら、会津やら、尾張やら、薩摩やら、長州やら、いくつもの集団が並存し、各藩の内外、藩のあいだで主導権争いがあった。廃藩置県で、ひとつ高いところで統合されて、今日に至る。
そんな21世紀の日本に、もしも『シン・ウルトラマン』のように、さらに遠方より、新たなる外部から宇宙人がきたら、相対的に統合の水準がひとつ下がって、幕末に似てくる。

『シン・ウルトラマン』の侵略宇宙人は、幕末の「西欧列強」です。
西欧列強の各国もまた、その内部に抗争があるし、列強のあいだでも主導権争いがあった。軍事力・技術を見せつけて、不平等条約をむすぶ。すきを見せると、植民地にしようとする。『シン・ウルトラマン』の映画、そのまんまですね。

すると、『シン・ウルトラマン』の主役=ウルトラマンとは、
手違いで坂本龍馬を殺してしまったイギリス軍人が、イギリス国籍を捨てて坂本龍馬に化け、日本のためにイギリス軍に立ち向かう話。
ってことになりますね。「そんなに日本が好きになったのか?」ってイギリス海軍の元上司に言われながら、砲弾の前に散っていく、坂本龍馬に化けた(なり代わった)元イギリス軍人の「美談」。

逆に言うと、いまの日本が、ふたたび幕末のような状況になったら、内部から改革者を輩出することができなくて、列強の誰かが気まぐれに寝返ってくれないと国が滅びる。というお話です。

ちなみに原作で、ウルトラマンさえ倒した凶悪兵器ゼットンを倒したのは、助っ人のゾフィーではなく、科学特捜隊でした。当時、撮影スケジュールが押しまくってて、苦肉の策だったようです。最終回は、「映像としては、しょぼい」「ストーリーにいきなり感がある」ものですが、意図せず自分たちへの信頼が感じられる幕引きでした。
『シン・ウルトラマン』は、ウルトラマン(龍馬役の離反イギリス人)に技術の機密漏洩をしてもらって、ようやくやる気になり、ウルトラマンの命を引き換えに防衛に成功しました。

複雑さの説明がついたところで、ひと安心なのですが。ぼくは、1967年の原作のほうが、おもしろいと思いました。※ひどい感想

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