プランB
養命酒を飲んだあと、これを書いている。
養命酒20mlでほろ酔い気分を味わえる、安上がりな肝臓の持ち主。
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ここ半年ほどで、身内が立て続けに三人亡くなった。
そのうち二人はもう、96と97で、いわゆる老衰だったので、心の整理をつけるのはそう難しくはなかったし、ものすごく悲しい、というほどの感情はなかった。どちらかと言うと、もう会えないんだ、この世にいないんだ、という「寂しさ」のほうが強かった。
もう一人は、72歳で逝ってしまった。昨年4月にすい臓がん(ステージ4)が見つかり、本人も家族も必死にがんばってきたけれど、半年間の闘病のすえ、天に召された。このことについては、心の整理がなかなかつかなかった。もっと、ああしてあげればよかった、と自分を責めるような感情もあった。看取れなかったのだが、訃報を聞いたときは、膝から崩れ落ちて号泣した。(飼い犬が心配して駆け寄ってきて、すぐ離れていって、ソファで丸くなった。)
今でも、僕がしてきたことは、これで良かったのだろうか、と思うところは多々ある。
※その人を想って書いた(亡くなる直前に完成した)曲のリンクを、貼っておきます。気が向きましたら、一度聴いていただけたらうれしいです。
■秋桜が咲くころに
この世には、努力ではどうにもならないこと、そのまま受け止めるしかないことというのがたくさんあって、とくに人の命に関わることや生き死にについては、そういうことが多い。
そして今、僕自身にさらに直接的に関わることで、とても大事なことに直面している。いや、直面している、というよりは、向き合うことを選んだ、というべきかもしれない。
それはとても不安で、怖くて、心細くてしかたがないこと。
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今日、最近お気に入りの入浴剤「温泡」を入れた風呂に浸かりながら、なんとなく考えていたことは、「プランBを考えておくこと」の大切さ、だった。
どうにもならないことは、文字通りどうにもならないので、当然、自分の希望や願いが通らないことが出てくる。とくに、確率の低いことにチャレンジしたり向き合うのであれば、つらい現実と向き合うことになる可能性は高くなる。
そうであれば、それが通らなかったときに、どう生きていくべきか、ということについて考えておくことは、とても大事なんじゃなかろうか。クリティカルな事柄であればあるほど、そのことの重要性は増す。
なんとしてでも叶えたい、その気持ちや集中力、努力は大事で、もちろんそれも持っているつもりだけれど、とくにそれが叶わない可能性が高い場合、「プランB」を考えておくこと。見かたによっては、臆病だったり、多少ダサかったり、ネガティブだったり、逃げのように見えるかもしれないけれど、たぶんそうじゃない。実はポジティブなとらえかたなんじゃないか、と僕は思う。
それも、いわば「プランA」と同じくらい魅力的でワクワクするような「プランB」を考えてみること。「プランB」をプランAに引けをとらないレベルまで磨き上げてみること。とても難しいことかもしれないけれど、そこに想像力と創造力が試される。
もっとも、これは自戒で、一般的には当たり前の考えかたなのかもしれないけれど、僕自身、もともと、「それしかない」と思い込んで突っ走るタイプの人間で(そして、そういうときは怖いものがなくなる感覚がある。躁鬱ならではかもしれない)、ゆえにその道が途絶えたときに、立ち直れないほどのダメージを負い、どん底まで落ちる、ということを繰り返してきた。
心の整理と、どのような心持ちや姿勢で毎日を生きればいいのかが今の僕にはまだ難しく、しばらく悩むことになるだろうけれど、同時にできるだけ楽しくて夢のある未来の「プランB」を描いて、そちらにも想いを馳せながら、なんとか、乗り越えていきたい。
道はひとつじゃないのだ。精一杯やったことの結果でどうであれ、神様からもらったもの、と思って、その道を歩んでいけたら、と思っている。
できるだけやわらかく、やわらかく。
しかし話が長いね。
とりあえず、早寝早起きしよう。笑
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