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アンチェロッティ2年目のナポリはなぜ失敗したのか

決まり事の多いサッリ後のチームは、誰が率いても難しい。そこでアンチェロッティを連れてくるという選択からは、デ・ラウレンティス会長のサッカーへの深い造詣が計り知れたし、事実、1度も2位の座を明け渡すことのなかったリーグ戦、王者リヴァプールをあと一歩まで追い詰めたCLなど、昨シーズンはかなりポジティブなものになったと言って良い。そのオフはハメスこそ逃したものの、マノラス、ロサーノなどを陣容に加え、来たるシーズンのスクデット争いも予想された。しかし蓋を開けてみれば、リーグでは15試合を消化した時点で既に首位と17ポイント差がつき優勝は絶望的、ピッチ外でも合宿拒否騒動と、ゴタゴタが続く… 彼のチームはどこで間違ってしまったのだろうか。

ヘンクに4-0で大勝し(スコア上では)、16-17シーズン以来となる念願のCLグループステージ突破を決めてもなお、カルロ・アンチェロッティの表情は心なしか晴れなかった。メディアではヘンク戦後の解任がまことしやかにささやかれていたしこれはもしや、と思った方もいたかもしれないが、筆者としては流石に勝ったんだから今日中の解任はないだろう、と高を括っていた。実際、試合前の会見でも解任に関する質問に彼は次のように答えている。(以下、hide Ⓝ 1926さんの記事より引用)

「監督業は常にそうしたリスクを背負うものだ。この状況でそうした質問が飛んでくるのも理解している。私がこれまで経験してきたことを踏まえ話をすれば、特定の条件が満たされない場合に監督は自らドアを閉じる必要がある。だが、現在のところ私はこれらのことをまったく考えてもいない。チームの現状を憂いている。選手はもっとパフォーマンスを高められるはずだし、与えられるものがまだまだあり、それこそが私の仕事だ。チャンピオンズリーグでは素晴らしい仕事を我々は成し遂げた。長いトンネルだが出口はすぐそこにある。我々はこの負のサイクルを終わらすためベストを尽くす。」

だが、解任のリリースが出たのは、勝った試合のわずか数時間後のことであった。「流石にまだ早いのでは?」というのが大方の見方であったように思うのだが…

しかし、アンチェロッティが主張するシナリオは、会長からしてみれば現実から乖離したものであったのかもしれない。ピッチ内での不調が、ピッチ外での出来事に直結してしまったあたり、アンチェロッティにも責任はある。以下、アンチェロッティ解任に至るまでの道のりを、ピッチ上のことにフォーカスして4つのポイントに整理しようと試みた。

1. 守備を安定させられなかった

2年目の失点は確実に増えた。開幕2試合で早くも7失点を喫したことは記憶に新しい。今シーズンのアンチェロッティは、リスクを負って前に出るアグレッシブなハイプレスと、失点を回避するための自陣でのポジショナルなブロック守備のどちらに回帰するか、その模索に終始した感がある。昨シーズンはサッリ時代のハイプレスを踏襲し、アグレッシブな守備戦術をとっていた。対して今シーズン序盤は、マノラスの補強により相手への質的優位が保証されたことを受けて、ハイプレスのインテンシティを高めプレッシングの開始点もより高く設定するさらに攻撃的なスタイルを試みた。

この変化は当初、サポーターのみならず識者たちもうなずかせるものだった。それもそのはず、昨シーズンセリエAレベルではほぼ無敵だったクリバリに、足元はないもののカバーリングではクリバリにも引けを取らないマノラスが加入したのだから。だが、それに異論を唱えていた人物がいた。カッサーノは、クリバリとマノラスはタイプが一緒であるため上手くいかないだろうと指摘。果たしてその通りになった。後方からのビルドアップがうまくいかずカウンターを頻繁に受ける。開幕6試合を終えて、失点は10点と不安定な滑り出しとなった。

2.ゴール期待値が示す決定力不足

この後のアンチェロッティは、守備を安定させるために完全に自陣でのブロック守備へとシフトした。これにより守備はある程度は安定。しかしこのことは別の大きな問題を引き起こすことになった。彼が解決できなかったその大きな問題とは、攻撃における決定力の低さだ。これはデータにもはっきり表れている。昨シーズンは一試合当たり1.94点(リーグ2位)を記録したのに対し、今シーズンは1.6点。より多く、もしくは同等の数のシュートを放っているにもかかわらずだ。決定力不足は他に類を見ないレベルで深刻だと考えてよい。ゴール期待値からすれば、ナポリは勝てていないここ9試合のうち半分はモノにできている可能性が高いからである。いくつか見てみよう。対アタランタでは3.08対1.78(結果は△2-2)、対ボローニャは2.39対1.07(結果は●1-2)、対ウディネーゼでは1.61対0.49(結果は△1-1)、などゴール期待値通りにしっかり決めていれば、もう少し上の順位に位置しているはずである。

攻撃における遅行のプレー原則は、敵最終ライン手前で逆サイドの大外のレーンを除く4レーンを埋め、自陣からサイドに届けた後はライン間への縦パス、あるいは逆サイドからの裏抜けによってボールを送り込むというのがそれだ。だが、前線に効果的な形でボールを送り込むメカニズムが確立できず、攻撃の成功は専ら個人能力に依存することになった。別にそれ自体は憂慮すべきことではないのだろうが、サッリ時代のパターンプレーに慣れ切った主力選手にはいささか難しかったのかもしれない。不確実性の高いミドルシュートの連続が、シュート数やゴール期待値といった数値を押し上げたのは否めない。

3. 人員不足による戦術的柔軟性の欠如

けが人は多かった。今シーズン離脱したことのある面々は、マルキュイ、ヒサイ、マノラス、マキシモビッチ、グラム、マリオルイ、アラン、ミリクなど数えきれない。これによってベストメンバーをそろえられない時期も長かった。

そして決定的だったのはアンカーの不在だ。昨年にジョルジーニョ、今年はディアワラを手放したこのポジションへの補強がなかったのは相当きつかった。中盤の枚数不足は深刻で、もし一人でもアンカータイプがいれば、調子の悪い時期に4-3-3への完全な回帰が可能だったはずだ。

4.インシーニェを混乱させた

インシーニェの起用法はアンチェロッティにとって、多彩なプレーヤーのそろうチームの前線の機能性を最大化させるのがどれだけ難しかったのかを如実に表している。誰もが認めるナポリのアイドルで、局面打開に関してはこのチームで最高のプレーヤーであり、先発から外す選択はメディアの余計な詮索と誤解を招いた。

昨シーズンのセカンドトップへのコンバートは当初こそうまくいったものの、次第に外から中に入り込んでハーフスペースで受けて前を向く回数を減らしただけでなく逆に内側から外側への動きによってビルドアップのサポートという負担を課し、コンディションを崩した後半戦は実戦から遠ざかった。

対して今シーズンは4-4-2の左サイドでの起用となったが、ここでは窮屈そうなプレーに終始し、違いを作り出すには至らなかった。
彼のフィジカル的欠点、技術的美点は明確であり、それを生かすためには特定のスタイルが必要である。その最適解こそ4-3-3の左ウイングだった。その導入が困難を極めたことは先ほどの項目で書いたとおりである。

新指揮官への期待と今後への不安

ガットゥーゾの就任が発表された。彼はこれまでのキャリアの中で自分の中の哲学たるものを示してきた。戦術的に見ると、アンチェロッティのそれとは異なっている部分も多いが、おそらくはじめは継続路線で徐々に自分の色を出していくに違いない。個人的にはあの退屈な4-4-2(有用性は認めるが)を見ずに済むのはうれしい限りである。
だが、かつてのミランのレジェンドは、極めて困難な問題に直面するだろう。今シーズンここまでのネガティブな流れ、サポーター、会長、選手の関係が複雑化するチーム状況を変えられるかは確かではない。彼が成功するためには、すべてのステークホルダーが一体となって彼を支えることが必要だろう。
だが、現時点での私にはその確証が全くない、というのが正直なところだ。(この項・了)