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死んだ目生きた目

ベートーヴェンの最後のピアノソナタを聴くために山を越える
山に登るほどにガスの中へ入っていきつつあったところから

「暗証番号を入れてください」
 0120505717
ディスクが回り出す音がして
しばらくすると
重たい画面が現れる
時間差で音が流れて
よく知ったコンビニエンスストアの喧騒を
俯瞰している複数の目

駐車場にやってきては店に入り
店に入っては商品を手にとって
かごへ入れる人も入れない人も、みんな
レジへ向かう午前8時
男は
ひとり違うオーラで大股で
決然と店を直角に歩き
大きなガラス戸をクイと開けると
まっすぐに900+αgの水溶液を
自分の懐へと落とし込んだ
目は何も見ず
手は恐れない
身についてしまった日々の
仕事のような義務
のような自由のない
心から
はみ出した一連の動作が
オートマチック
流れている精神の河

もとの導線をもどると急に立ち止まり
男は
棚にあるマスクを右手で取り
ズボンの右ポケットへ押し込んだ
あたりまえの行動をまるで
だれからも責められない
と言うように 脳波が
共同体には属さない
陰性棘波に攪乱されて
そのまま
善悪の彼方へ
急がず
まっすぐに
歩いて去って行く
記憶が
ないという不思議
硬くなった海馬

ある日
病んだ存在が認められる世界で
寄り添われたとき
目に
輝きがもどった