【中国経済】剛腕、同時に捨て身…
・政策金利の利下げとは
※今、中国に起きていることについては、私の経済コラム「一葉」の令和4年1月9日の記事『シン・恒大ショック』を先にお読みいただくと本記事の理解しやすくなると思います。
さて、恒大集団の債務処理に追われる中国本土ですが、昨年12月20日にその内情を伺えるニュースがありました。
中国の中央銀行である「中国人民銀行」が政策金利における1年物の金利を1年8か月ぶりに0.05%利下げしたというニュースです。
我が国の政策金利はご存じの通り「ゼロ金利」を通り越して、マイナス金利となっており-0.10%です。マイナス金利を取っている国・地域は今のところ日本、ユーロ、スイスだけであり、中国は利下げしたとしても3.80%となっています。
各国の中央銀行はいわゆる市中銀行の銀行役を担っています。日本で言うなら三井住友銀行やみずほ銀行といった民間の銀行は、いったん中央銀行が政府から買い取った国債を融通してもらっています。
普通であれば融通してもらった手数料なり利子なりを中央銀行に収めてそれが中央銀行の収益になりますが、より多くの市中銀行に国債を買ってもらいたいと政府が願っているときはその手数料を安くして民間から広くお金を集めることになります。
ゼロ金利とは中央銀行が市中銀行からお金を貰うどころか、お金を払ってでも国債を売りさばいて欲しいという状況なのです。
つまりどういうことか。
政策金利を利下げするということは「政府が国民からお金を貰いたい」と思っている、もっというと政府にお金が足りない状態を指すのです。
マネックス証券さんがまとめてくれている各国の政策金利の2022年の「予定」の欄を見て頂ければわかりますが、世界の首脳国の中で「中国だけ」がずっと未定です。
つまり他の国はいつごろ政策金利が上がるのか下がるのかの心の準備ができるのに対し、中国ほどの経済大国がブラックボックスなのです。
・そもそも経済とは
なぜ政府が資金不足に陥っているのでしょうか。
政府の収入源は言わずもがな「税金」です。そしてそれが足りない時に国債を発行しています。
ではその税金は「何に対して」課されるでしょうか。税金は何もないところには課税できません。当然ながら「あるところから」しか取れません。
皆さんは学校の「社会科」や「政治経済」の授業で、税金の種類は「直接税と間接税」に分けられます、などと教わったと思いますが、これは税の本質から目を遠ざけています。
そもそも「経済」というものの本質は「交換活動」です。
お札や小銭といったものは単にその交換活動・物々交換を円滑にするための単なる道具・手段に過ぎません。
そして多くの税はこの「交換活動」において課されています。何故かと言うと無人島にでも住んでいない限り、ほとんどすべての人間は誰かと何かを交換して財やサービスを得ないと生活ができないからです。
つまり「否が応でも」生きるために必要な交換活動に税を課すことができればほとんどの人から漏れなく税を取ることができるからです。
こうして書くとすごく政府が悪辣な存在に見えますが、そもそも私たちが平和に安心して経済活動ができるのは政府がきちんとインフラを整備したり、警察力を担保したり、国防をしっかりしているからです。
国家の中で経済活動をしている人全員がその恩恵を受けているのだから、なるべく全員がその費用を負担するのは至極当然です。だから日本では憲法第30条にて国民の三大義務の一つに「納税」を挙げているのです。
国家という安全なクルーズ船でタダ乗りはダメよ、というわけです。
さてその税ですが、景気が良くみんながしっかり給与をもらい、たくさんの商品を消費するようになれば交換活動が活発になり、それに伴って消費税や法人税、所得税、印紙税といった形で政府の収入が増えます。
しかし不景気なときや現在のようなコロナ禍で大手を振って経済活動ができない状態が続けば当然に税収が減っていきます。
それでは政府はおろか国家としての勢いがすぼんでしまうので、政策金利をなるべく下げて多くの国民がお金を回し、交換活動が活発化するようにテコ入れをしているのです。
つまりこのことから察するに、今までブラックボックスで景気が悪いか良いかの定例的な観測ができなかった中国が政策金利をわざわざ下げたということは「今中国が景気が悪いですよ」ということと「中国政府はよりたくさんのお金を欲していますよ」というメッセージを発したということなのです。
やはり恒大集団の債務整理が思ったより負担となっており、人民から少しでも多くの税をとるために経済を回そうとしているのだろう。中国政府もマクロ経済学の教科書通りの政策をしているな。
・・・と思っていました。このニュースを見るまでは。
・ななめ上の解決方法
まずはこのニュースを見ていただきたい。
一個人が2兆元、日本円にして約36兆円の偽札作りとはごっついでぇ。さすが中国。銭形警部も思わず衛星放送で造幣局のような場所を世界に放送してしまいたくなるスケールのでかいニュースです。
むろん中国の国家としての威信に関わりますし、当然に「根も葉もない噂」と一蹴していますが、それにしてもこの数字どっかでみたことがあります。
そうそう恒大集団の負債総額もちょうど2兆元ぐらいでしたね。たまたまかなぁ。きっとそうでしょう。さぁ明日も早いんで寝よう寝よう。
・・・んなわけあるか!
にわかに我々日本人の感覚として信じがたい話ですが、ブラックボックスの中国政府なら「やりかねない」と思えてしまうのがお笑いです。こんなのでアメリカやユーロ圏などに勝とうと考えているなら「ワロスw」って感じです。
ちなみに人民元の一番金額の大きいお札は「100元札」です。だいたいお札100枚で1cmほどの厚さになりますから、2兆元ともなると2億cm=2,000kmにもなるお札の量です。
・・・一個人が作れる偽札の量なんですかねぇ。明らかに国家レベルの造幣量が必要になると思いますがどうでしょうか。
仮定の話はあまりすべきではないでしょうが、もし恒大集団の債務を偽札で何とかクリアしたとしても別の問題が発生します。
それは急激なインフレーションが中国を襲うということです。
インフレーションと聞くとなぜか反射的に「景気が良くなっている」と思い込む人たちがいますが、これは部分的にあっていることもありますが多くの場合は誤りです。
インフレーションとは、全体的な物価水準が持続的に上昇する状態と定義されています。物価が「上がる」と聞くとなんだか「良いこと」のような気がしますが、ではこのように言い換えてみましょう。
「お金の価値が下がること」
そうです。インフレーションの本質は、皆さんの財布の中に入っている貨幣の価値が下がることを意味します。
昨日までスーパーで100円で買えていたリンゴが1000円札を出さないと買えなくなる。それがインフレーションです。
インフレーションには悪いインフレと(比較的)良いインフレとがあります。この詳しい話は別の時にさせていただきますが、今回の中国のように急激に紙幣を刷ったことによるインフレはかなり悪いインフレになります。
この悪いインフレは第一次世界大戦後のドイツで実際に発生しました。
当時大戦で負け、天文学的な賠償金を課されたドイツは圧倒的な物資不足の中ひたすら賠償金の支払いと公務員の給与を払うためにマルク札を刷り続けました。
しかし経済の本質は「交換」です。要は物と物を交換できる状態でないと紙幣があっても意味がありません。戦後まもない時期ですからパンとか牛乳とかバターなどの必需品すら不足しており、手に持っている人たちからすると価値のある商品があるのに「ただ」ではあげたくありません。
供給が需要に追い付いていないので当然に物の値段があがります。しかも交換する相手方が何も持っていないわけですからレートが天井知らずになってしまいます。
1918年11月時点では1ドル=約8マルクのレートでしたが、わずか5年後の1923年11月には1ドル=4兆2000億マルクという状態までインフレが進んでしまいました。
交換活動の担い手同士の交換物が伴っていないのに、交換の単なる手段でしかないお金を増やしても意味がないのです。
そしてこのインフレは多くのサラリーマン層や年金受給者層に直撃します。何故なら給与や年金は「額面の金額」で受け取るからです。
たとえばひと月に必要なお米が約10,000円としましょう。
あるサラリーマンの手取り給与やある年金受給者の月の受取額が25万円とします。もしここで急激なインフレが発生し、お米の価格が50,000円になったとします。
そうだとしても彼らの給与額や年金額は当面は「据え置き」になります。
すると手取りの中でお米以外に使える金額が小さくなってしまいます。当然お米だけが高くなるなんてことはありません。インフレは他の物も同様に値上がりしていきます。25万円で十分暮らせたはずなのにインフレのせいで今までの生活ができなくなるのです。
むやみやたらにお金を刷って何とか誤魔化すことができないのはこういう経済原理が働くからです。
しかし考えようによってはこのハイパーインフレーションも役に立ちます。お金の価値が下がるということは「額面通りの借金の価値も下がる」ということです。
たとえば先ほどのドイツの例で考えてみましょう。
戦前は1ドル=1マルクのレートで、あるアメリカ人はドイツの銀行に100万マルクの借金をしていたとします。しかしドイツでインフレが進行し、いつの間にか1ドル=100万マルクとなっていました。
するとこのアメリカ人はたった1ドル払えば100万マルクという額面通りの借金を返済することができたのです。
そうです。急激なインフレーションというのは、外国に資産を持っている人からすると借金の返済も容易になるし、場合によってはインフレ前にはとても買えなかった高い不動産やその国の一等地も手に入れることができるということになります。
もしこの2兆元の偽札ニュースが本物で、急激なインフレーションを引き起こすことで恒大集団の債務を目減りさせることが目的なら、とんでもないウルトラCの解決方法です。もちろん褒めていませんよ。
まるで油田火災を止めるために火災もろとも吹き飛ばす爆発消火戦法で国家規模の債務を文字通り吹き飛ばそうとしているかもしれないのですから。呆れて物が言えないというものです。しかもこれは人民の生活をないがしろにし阿鼻叫喚の地獄を作り出しても構わないという戦法なのですから。
そういえば習近平はこの言葉を意識した演説を先日していましたね。
「共同富裕」
なーるほど人民に一様にお金を配ってみんなでお金持ちになりましょうって政策なのですね。さすが毛沢東に次ぐ偉大な指導者様。北の将軍様なぞ小いせぇ小いせぇ。スターリンもあの世で笑って喜んでいることでしょう。
・・・同じ「地獄」に堕ちているとは思いますが。
・恒大ショックには次のステージが待っている
もしかしたら私は想像力が豊か過ぎるのかもしれません。とはいえ備えあれば憂いなし。もし中国が”官製”インフレーションを引き起こしておいて人民の生活は知らぬ顔ではさすがの中国人でも暴動を起こすでしょう。
混乱した人民元をどうやって収拾するのでしょうか。
これは想像の域を出ませんが、デジタル人民元なるものを政府は近々導入しようとしているようです。
なるほど急激なインフレーションをデジタルで管理して、人々が豊かな生活ができるレートで人民元の給与計算をしたり物価の計算をするようになるということかもしれませんね。
お金が単なる交換の手段でしかないのでそれが形を変えてデジタルになってもそれはそれで経済は回る可能性は十分にあります。
しかしそれを管理するのがビットコインのそれとは違って胴元の中国政府というのが何とも不安です。
実際に一人一人の「適正な」消費量などをどうやって政府が測定できるのでしょうか。
考えるのも必要ないほどの「杞憂」かもしれませんが、もしそうなれば中国は社会主義でも市場経済でもない、単なる「ソ連の再来」が約束されるだけです。
ベルリンの壁なんかでは足りません。
日本海の壁が必要です。
令和4年1月11日
坂竹 央