六本木デート

「キミと会うと、曲のインスピレーションが降りてくるんだよね」と、Kさんからのメールには、そう書いてあった。

伊藤くんが大学で作っていた雑誌で、彼らのバンドを取り上げてから、そのバンドの音楽とライブの素晴らしさがどんどん噂になり、彼らはちょっとずつ、メディアに出るようになっていった。

そんなある日、彼らのデビューアルバムのジャケットを伊藤くんがデザインすることになり、わたしと伊藤くんと共通の友達の3人で、レコーディングスタジオに遊びに行くことになった。Kさんと事前に何度かメールはしていたけど、実際に会うのは、その時が初めてだった。

本格的なレコーディングを見るのなんて、生まれて初めてだったから、わたしたちは、スタジオの片隅で固まったようにじっとして、何も喋れなかった。

思わず、手にしてたコンパクトカメラでKさんの横顔を撮影したとき、勝手にフラッシュがたかれてしまい、Kさんが一瞬困惑した顔をしたので、慌てて、すいません!と謝ったら、Kさんの笑い声が響き、その場が少し和んだ。わたしは、本当に恥ずかしかった。

レコーディングに遊びに行ったあと、Kさんと後日ご飯を食べに行くことになり、わたしたちは、六本木のABCで待ち合わせをした。

仕事終わりで六本木のABCに向かい、雑誌コーナーなどを一通りみてまわっていると、慌てた様子でKさんが入ってきた。彼はいつも、どこか慌ただしく、急ぎ足で、常にタクシーで移動していた。

ABCの前に止めてあったタクシーで少し移動して、地下に降りていくフレンチレストランに入った。伊藤くんのことを、クールなアンファンテリブルだと思い込んでいたKさんに、いや、クールぶってるだけで、全然そんなことないですよ、と伝えると、キミと話してると、アメリカの友達と話してるみたいに、ヘルシーな元気をもらえるよ、と彼は大きな声で笑った。

その日は終始、話が盛り上がって、二人ともケラケラと笑って過ごした。

それから、何度か食事に連れて行ってもらったり、ライブにゲストで入れてもらったりして、憧れの人との距離が近づいて、わたしは完全に舞い上がっていた。


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