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地獄の沙汰も金次第、生きた予算の使い道。

地獄の沙汰も金次第?生きた予算の使い道を考えさせられる内容だった今回の川田十夢のnote更新。
ネオ・トキオのそしてネオ・ニッポンの未来をどうしたら明るいものにできるのか軽妙さは忘れずにどストレートに書いてあった。

昨日私は誕生日だった。まったく浮かれることもなく、老母の入院している病院に行った。退院日だったのだ。事務手続きと入院費を払い、医師から今後の注意事項と薬の説明を受けて、今後世話になる病院の下見に行くことになっていた。途中俺たちのシャトレーゼに寄って食べたがっている和菓子を購入し、すべてを終わらせて自宅についたのは午後も深く過ぎていた。

ひと息ついて受け取った書類の束の中から領収書を取り出して生命保険申請の為にコピーしなければと思った。
どんな内容の治療を受けたのかと診療明細書と合わせて詳しくみたなら今回老母が受けた処置は保険がきかなければ500万円の支払いになる内容で、後期高齢者なのでその額の1割負担、さらにそこから自己負担限度額を支払ったということが領収書でわかった。限度額がなければ入院治療なんて怖くて出来ない。皆保険すばらしい。と思った。


血税を老人につかうことを時折反対する意見を目にする。たしかに患者及び患者家族としてこんな高額の医療費とどれだけの人的リソースを必要とするのかはわかってない。その金額に驚くとともに妙な罪悪感が生まれる。


私自身も持病があり毎月の医療費に対してもっと強く、こんな人間が血税を使っていいのか…と思わずにはいられないなんとも言えない罪悪感がある。


私は心臓の手術を受けたとき、保険がなければ280万円請求される医療を受けて生きながらえさせてもらった。それ以降も薬と検査が欠かせない。その度に税金が使われる。そんな価値のある人間か?と病床でさえ思っていた。


未来ある子供のために使った方が世界のためになる。だから老人福祉の費用に批判的になる人の気持ちもわからなくはない。


だが目の前でこのまま治療を受けなければ確実に苦しみながら死んでゆく。そんな生命の存在に治療をうけさせないでいるなんて出来るわけがない。選択として1ミリもない。特に誕生日ケーキも食べなかったせいであまり浮かれる余白もなくてダークな余韻に浸っていた。ところが。


なんだよ国!死に金で人がどんどん危険にさらされるのマジでなんで!なんで?ねえなんで!と川田十夢のnote『ネオ・トキオ金融道、4兆円の使い道。』を読んで思った。これはやばい。と思わずにはいられなかった。漠然としていた4兆円が俄に具体を帯びた。


まず、川田十夢はオリンピックについて4兆円もの巨額経費が使われ、この支出を埋めるべき当然の収入の目処が立っていないことを指摘する。『政治家が口に出す覚悟と言う言葉がいよいよ信用できない。』と同意するしかないことを言う。


が、当然アスリートには罪はない。ゴン攻めの実況者の存在も忘れない。しかし生活者には余裕がない。私のように車検の存在を忘れていて8万円捻出するのに四苦八苦する者もいる。コロナウイルスが怖くて新規の仕事ができない。ジリ貧である。しかし、確かに住民税は支払いつづけているし、ここ数年恥ずかしながら所得税を支払う対象にないがその実質は体調と新型コロナのせいで収入が地の底だからだ。余裕がないというより地獄に近い。


そのせいかオリンピック競技の放送を見る気にならない。アスリートのことは応援している。川田十夢が指摘するまでもなく百合子にも国にもIOCにもうんざりなのだ。

クラスター特定班として働く医師の話を人を介して聞いたばかり。少し前まで沖縄に飛んでいた。離島での感染拡大は本当に厳しい。医療者の疲弊も医療自体の疲弊も限界。


しかし川田十夢、この負の連鎖を断ち切るためにまずはプラクティスとして巨額のスケール感を生活目線で捉えることをするという。4兆円あったら何が何回できる?という考え方で。


まずは庶民のみる夢、宝くじ。宝くじは買わないのにCMを見かけるたび当たったらなにに使おうかなぁと胸算用する存在。その高くじ、サマージャンボ含めても4兆円あったら向こう2000年の宝くじの賞金が確保できるという。2000年この間にはいくら清志郎が宝くじは買わないって歌っても買ってしまう。当たった時の夢想だけが広がる。当選金の使い道はもう決めている。


フジロック、2015年の開催費用は16億円。それを例にするなら4兆円で2500回もフジロックができてしまう。一年に一回にしてしまうと2500年かかってしまうから年2回にしてもいいかも。頻発すると有り難みが無くなる可能性もあるだろうか。


フェスよりダムと言う人もいる多様性を配慮した川田十夢は4兆円あれば黒部のダムが77.97基作れることをあかす。宝くじ好き、音楽好き、ダム好き、ダムド好きには届いたと思う、というがダムド?ダムド・ダムド・ダムドの邦題が「地獄に堕ちた勇者ども」っていうの現代のネオ・トキオ、ネオ・ニッポンに住む人を指すんじゃないですかね。
しかしこういう作風の川田十夢、まったく油断も隙もあったもんじゃないがダム好きにも、ダムド好きにも届いたと思います。4兆円が大変な数字であることが。


いざ4兆円、あなたらどう使う?と尋ねられても答えはひとつあるのだが、まずは開発者の川田十夢が開発費として捉えなおしたものを見てみる。
GAFAの2018年度の年間開発費はAmazon3.2兆円、アルファベットで2.4兆円、アップル1.6兆円、フェイスブックで1.1兆円。オリンピックの4兆円、何に消えたの。10000人超えの感染者が出たと夕方のニュースで見たが、どうにかできたのではないか4兆円でと思ってしまうのは当然だろう。


川田十夢は4兆円の使い道にどんなことを考えているだろう。来日したCNNの記者が自動販売機の性能に感動していたと川田十夢。そこでたとえば人工知能と自動販売機の機能をマッシュアップさせるのはどうか。と提案している。


ジュースを選ぶ指で、生体センサーに触れる。生体センサーが拾った体温や血圧、心電図、活動量や睡眠状態、血中酸素飽和度、脳活動状態などの情報を元に、個人にとって最適な飲み物やサプリを簡易診断のうえで提供してくれる。と、具体的。


これは常に川田十夢が言い続けている自動販売機の拡張のひとつだ。某飲料メーカーの自販機の拡張を手がけた時から自動販売機をプラットフォーム化することを目指していた節がある。
法改正がふたつほど進んだあかつきには薬剤も自動販売機から提供することができる。血液や体液を採取しなければならない糖尿病予備軍のセンシングも可能となる。予防医学が進めば医療費逼迫の不安材料がひとつ減る、と主張する。

糖尿病は重篤な合併症を引き起こすし食い止めることで医療費逼迫は確実に見込めるだろう。ついでに自販機でとはいわないが遺伝子的な臓器の弱さもセンシングできればずいぶんと変わる。家系的な遺伝子の負のスイッチは高確率で入ることを中高年が知っていたら予防もできる、と家系的な遺伝子のスイッチが入った私は特に思う。

そして世界より後発になっている人工知能に既存技術を組み合わせることで再び世界にゆけると川田十夢は言う。触覚、味覚、嗅覚で独自の研究をしている開発者が確実にいるのだし必ずしもワクチン開発だけが新型コロナウイルス対策ではない。と、いうことだ。全面的に同意する。経済の復活も両輪でやるべきこと。川田十夢はデジタル化したミラーワールドへの誘致をずっと呼びかけている。

たとえばシャッター街をデジタル化。ゲーム会社を誘致する。コロナが終息したあかつきには聖地巡礼で人々が実際のその街にやってくる。そのデジタル化の為に自治体に予算をつけるべきなのだ。コロナ禍がすぎた後のことも視野に入れなければ立ち上がることが更にむずかしくなる。

ところが。次の一文で眠たい目がクワッとひらいたのだが、日本経済新聞によると政府は新型コロナウィルス禍を受けて積みました2020年度の予算のうち約30兆円を使い残しているらしい。のだ。

え、じゃあやることなすこと死に金じゃないかと思える後手後手の後手な現状、コロナ禍の国民に対する配慮なんて微塵も感じられない現状、30兆円あったなら医療の充実も直接的な援助もその後のための開発資金も拠出できるではないか。抗体カクテルをバンバン点滴できる仮設の病院だって建設できるだろう。

いまの圧倒的死に金で人が命の危険に晒されてるの、なんで?どうして?と素で驚いた。キービジュアルになってる人たちのリアルに明確な憎悪を向け罵詈雑言を一瞬言いたくなった。そんなことしても何にもならないとグッとこらえた。グッと堪えて考える。いや考えるまでもない。私の4兆円の使い道がさらに強固に決まった。

宝くじの当選確率を拡張するでも、デジタルに特化したフジロックのような音楽フェスを企画するでも、黒部ダムのように国内第4位の水力発電能力を誇りつつ年間100万人が訪れる観光材料にもなるような建造物を企画するでもいい。巨額であっていい。大きく支出した分、大きな収入という名の現実的な夢が見たい。あなたなら4兆円、どう使いますか?
と川田十夢が尋ねる。4兆円の死に金を生きたお金にするために、川田十夢に投資する。そもそも普段から買ったことはないが宝くじが当選したらそれを川田十夢に託すと決めている。

現実的な、もとい拡張現実的な夢がみたい。とても大きな現実的かつ拡張現実的夢を。それがすべての日本人のためだし世界の人のためになるとわりと本気で思っている。私の4兆円の使い途はそれで決まっている。誰かの命を誰かに選択させる地獄の未来を抜本的に食い止める為にははそれしかないだろう。

私が支払う税金などたかが知れているが高額な納税をしている人たちは具体的にどう税金が使われてるか、この国がどこに向かうのか口惜しい思いでみているだろう。私だって苦しい生活の中払った税金から切り貼りのテーマ性なんてない開会式に象徴されるいまの日本に愛想が尽きかけている。

どうしたら本当の美しい国になれるのか。まずは生きることに罪悪感を持たなくて済むようになるべきなんだろうなと私個人は思った。
でなければ医療費削減の為に安楽死への選択を言葉巧みに促すような法案をいつか提出してきても否とはいえなくなるだろう。

政府が医療費見直しという名目で皆保険を無くす方向に転換しないとも限らない。実はいずれそうなると思っている。そうなった世界をどう生きるのか。
というダークな締めになったのでnoteには投稿しません。と、blogには書いたがやっぱり投稿する。誰かが読むかも知れないから。川田十夢のことを新たに知るかもしれないから。

(太字は川田十夢のnote 『ネオ・トキオ金融道、4兆円の使い道。』より引用)

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