奇跡ではない - 日記・2021年10月14日 -

最近とある番組(録画)をみました。昔放送していて好きだった番組。
【ヒーローたちの名勝負】
それも、競馬ファンである私にとって忘れることができない1990年・有馬記念

有馬記念と言えば、日本ダービー同様、競馬ファンでなくても知っている超有名レースで、年間最高額の金額が賭けられる一大イベント。

さて、時代はバブル真っ最中。
その中で1頭の競走馬にスポットライトが当たります。
馬の名はオグリキャップ
競馬に詳しくない人でも知っている馬ではないかと思います。

地方競馬から中央競馬に移籍。
移籍するや中央競馬の重賞(格の高いレース)を6連勝してあっという間に大人気。
強くてどこか憎めないところがある馬でした。
競馬のグッズとして今や当たり前である「ぬいぐるみ」になった最初の競走馬でもあります。

怪物と呼ばれたオグリキャップはG1レースで勝ったり負けたりして、その後も走り続けますが、5歳になって足元を故障し、復帰後は勝てなくなります。
それも惜敗ではなく2戦続けての惨敗。
今までのオグリキャップに一度もなかった事態でした。

競馬マスコミはこぞって「オグリキャップはもう終わった」と書き立てました。

そして迎えたレースがこの1990年の伝説の有馬記念でした。
このレースはオグリキャップの引退レースでした。
もちろんオグリキャップが勝つと予想していた競馬マスコミ関係者は一人もいなかった記憶が鮮明に残っています。

しかしオグリキャップはこのレースで復活して勝利します。

そのとき競馬マスコミはこぞって「奇跡が起こった」と表現します。

でも私は思うのです。これは奇跡ではなく、普通に起こりえることだと。

騎乗依頼を受け、何とかオグリキャップを勝たせるために考えに考えた武豊騎手。
当時21歳の若手騎手だったのですが、只者ではないと思ったものです。
その後の武豊騎手の活躍は皆さんもご存じの通りで、とんでもない記録を次々に樹立して、50歳を過ぎても第一線で活躍しています。

競馬マスコミ(や多くの人)は自分の理解を超えたことが起こると奇跡というけれど、決してそれは奇跡ではなく、人が努力するがゆえに起こる必然ではないかと思ったのです。

その日以降、
世の中には奇跡などはない。自分が理解できないことを「奇跡だ!」という人がいるだけ。
というのが私の持論になりました。

【今日の学び】

インタビューを成功させる要因として大きいのは下調べ
(Webマーケッターボーンの激闘より)

では振り返りです。

【昨日投稿後から今日ここまでにやったこと】

〇SEOライティングの勉強(1日10分で1つ気づきを得るのが目標) ⇒ 【今日の学び】参照
〇日課のTwitter・1日5ツイート以上 ⇒ クリア!
〇個人事業主からの依頼業務 ⇒ 対応中

【これから明日にかけてやること】

〇SEOライティングの勉強(1日10分で1つ気づきを得るのが目標)
〇日課のTwitter・1日5ツイート以上

【近い将来やること】

〇家の売却:家の内覧(10月4日予定だった内覧予定案件は延期)
〇家の売却:要検討事項あり。
〇次回経過観察は11月24日
〇引っ越し日が確定したら主治医にその旨連絡
〇SEOライティングの勉強としてSEOに意識をした記事をnoteに投稿

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?