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詩とおもう(スケッチ)

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情景やら心象やらを集めました。
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2019年9月の記事一覧

初秋(2019.9.13)

鈴虫の耳が 鈴虫の音を聞く 鈴虫の耳は脚にある イの音で回転し続ける音色 無音の耳鳴りにも似た 奥歯の噛みしめ もう誰も迎えに来ないと 諦めているこども 乳歯だから欠けても構わない 付き添っているのは 血の繋がらない大人 もう夕暮れも過ぎた 入り組んだ草むらから イの音は鳴り続ける やがて夜の中へ歩み出る 耳のついた細い脚で 奥歯を噛みしめたこどもが 鈴の音に耳を澄ませて

アステロイド(2019.9.10)

天井の高い石造りの校舎 触れる指からひんやりと熱を奪う 伝言板にチョークで書いた クロッキー帳のページを裂いた わたしは読んだ 大きな木枠の濁った窓ガラス 決して笑わない道化 わたしは描いた 長くひきずる化繊の布 原語で歌う交響曲第九番 わたしは踊った 天井の高い石造りの校舎 瓦礫になり発掘され 失われた記憶あったという記憶 いやあったのだ確かに わたしはそこにいた 天井の高い石造りの校舎 わたしの周りをいまも公転する アステロイドとして

遠吠え(2019.9.7)

花束をたてがみにして 声を限りに吠える その先に月がいるのは偶然だ てらてら光る黒いビニール 発情した猫に擦り寄られ 痛む喉をいっそ掻き切る 汗に塗れた髪をふと思い出す チルド室の不凍液は わたしの喉を通り 傷口から滲み出した それを合図に 花束を引き剥がす 枯れたたてがみを捨てて 黒いビニールの軽やかな音に 耳を貸そうとしている もう吠えるための声も出ないのだ 月がいるのはほんの偶然

受容(2019.9.7)

ときどき、女を着て出掛ける 跳び箱をとぶには遠くに手を伸ばす 白いシャツ 枕木を侵食する草のみどり 消失点から現れる小さな車両 もう来なくなった患者 髪を束ねる腕の動きを想像する 資料に質問される ひとかたまりになって箱の中 小さく眠る心臓 ショットグラスで飲み干す液体 骨の色は変わらない 男が好きそうな 細くて白くて柔らかい女 土を纏うように 女を着て、出掛ける