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ミーナ、廃線になる電車に乗りに行く


-1- 廃線が決まる

ある私立大学。
鉄道研究会。
部室。
午後2時。

一回生のミーナ、二回生の明(あきら)と隆(たかし)が、雑談している。

部長(三回生)、入って来るなり、
「また廃線だよ!」

ミーナ「どこ? 北海道だったら、もう、お金ない!」

部長「もう、インターネットに出てるんじゃないか? 
ミーナ、調べてよ」

ミーナ「はい」と言って、パソコンに向かう。
「あ、ありました。
完全な廃線ですね」

部長「今夜8時、“大漁”に全員集合!」

部員たち「ハイ!!」

夜。
午後8時。
居酒屋“大漁”。
ミーナがアルバイトをしている店。

部員の明と隆と、部長の3人が入って来る。

ミーナ「さすが、みんな、遅刻せずに来ましたネー」

隆「ミーナはバイト中なんだから、ちゃんと仕事してろよー」

ミーナ「みんな、チューハイレモンでいい?」

テーブル席に3人、座る。

部長「予定してた京都の『梅小路』行きは、とりあえず延期だな」

ミーナ、いつの間にか座っていて、
「『梅小路』、早く行きたかったなー」

明「ミーナは、きちんと仕事してろ!」

ミーナ、立ち上がる。

部長「写真部、連れてこうと思ってんだけど、どう思う?」

明「賛成!」

隆「賛成」

ミーナ、いつの間にか座っていて、
「賛成!!」

部長「ミーナ、いい加減にしろよ」

ミーナ、立ち上がる。

隆「写真部の野上博ってヤツが、動くモノ撮るの上手いって聞いたけど――」

部長「じゃあ、隆、明日、写真部に交渉に行ってくれないか?」

隆「はい。分かりました」

いつの間にか、座っているミーナ
「写真部の博くん、格好良いんでしょ?! 
あたしが交渉しに行く」

全員「ミーナ!!、さっきから!」

-2- ミーナ、一人でパソコンに向かう

ある私立大学。
鉄道研究会。
部室。

部室には、ミーナ、一人。

「あー。誰もいない。
そうだ。
データ入力でもしよ」

ミーナが、パソコンに向かう。

「ビスタだから、遅いんだよネ。
誰が買ったんだろ?
ビスタ、使いづらいのに。
これ一台しかないから、使わなきゃしょうがないけど。
やっと起動した。
写真部の野上博くん、格好良かったなー。
写真部員一人、借りるのに、よく快諾してくれたなぁ。
写真部は偉い!
博くん、動くモノ撮るの上手いって言ってたけど、美しいものだったら何でも撮るかもなぁ。
アタシが、もっとカワイくなったら、撮ってくれるかな。
鉄道研究会、唯一の女子だから、可能性あるかも! 
どうしよう! 
どうしようってことはないか。
今年の夏の行き先、青森かー! 
北海道へ行くより、逆にお金かかるかもしれないな。
やだなぁ。
“大漁”のバイト、もう辞めたいんだけどなー。
一番、手っ取り早く稼げるバイト先だからなー。
辞めらんないな。
とうとう、部室に、誰も来なかった。
珍しいな。
アタシも、そろそろ行かなきゃ! 
――アタシ、一人で、何、喋ってたんだろ?!」

-3- 野上くんとデート

夜。
午後8時。

ミーナのバイト先。居酒屋“大漁”。

部長「ミーナ、話があるんだ」

ミーナ「あたし今、勤務中ですヨ」

部長「店長にはことわってある。
写真部が野上くんを貸してくれるかわりに、交換条件を出してきたんだ」

ミーナ「何デスカ?」

部長「野上くんが、一日、ミーナとデートしたいって言ってるんだ。
実は、もうOKしてしまった!」

ミーナ「アタシ、そんな承諾してじゃないですか。
いいですヨ。
野上くんなら。格好いいから。
他の人なら嫌だったけど」

部長「よっ、ミーナちゃん!」


ミーナの部屋。
携帯をかけている。野上と話をしている――。

ミーナ「野上くん、どこに行きたい?」

博「写真撮影できるとこ」

ミーナ「美術館は行けないし。
映画館は行けないし。
『交通科学館』は、どう?」

博「それでいい!」


交通科学館の入口。

博「意外と狭いんだネ」

ミーナ「駅に併設だからネ!」

博「さ、入ろ!」


館内。

ディーゼル機関のパネルがある。

ミーナ「“ディーゼル機関”、分かる?」

博「全然、分からない。
“蒸気機関”とは違うの?」

ミーナ「違う。
小学生にでも、分かるように書いてあるから、読むと分かるわよ」

博「撮影していい?」

ミーナ「いいわよ」

デジカメを取り出す博。

ミーナ「わ、デジカメで撮るんだ! 
フィルムのカメラに、こだわっているのかと思った!」

博「用途によって、使い分けてるだけ!」

博、フラッシュをたく。

博「外の機関車は、撮影できるの?」

ミーナ「もちろん、できるわよ!」


館外。
機関車が二台ならんでいる――。

ミーナ「いったい何枚、撮るつもりなの?」

博「やっぱり、機関車は、いいねェ」

ミーナ「答えになってない!!」

-4- ミーナ、再び、ひとり言。

鉄道研究会。
部室。

ミーティングが終わる。

部長「ミーナ、この間は、サンキューな!」

ミーナ「いえいえ! 
とんでもない!」

部員たちも出て行く――。
「お疲れー!」
「ミーナ、またな!」

ミーナ「また、私一人に、なっちゃった――。
時間があるから、データ入力でもしよう!」

ミーナが、パソコンに向かう。

「本当に、ビスタは、使いづらい。
しょうがないから、使うけど――。

青森に行くの、いくらぐらいかかるかな。
貯金も、もっと、しなきゃいけないし。
もう“大漁”のバイト、辞められないなァ。

それにしても、この間の『交通科学館』のデート、楽しかったなー。
 
野上くん、機関車のこと何も知らなかった。

ディーゼル機関と蒸気機関が、違うことも知らなかった――。

あそこまで知らないとは思わなかったな。

まあ、青森に行ったら、電車の外観さえ、ちゃんと撮ってくれたらいい訳だけど…。

今度は、『梅小路』に、一緒に行きたいなァ。

それはそうと、野上くん、あのデートから何も言って来ないなァー。

本当に、私とのデート、1日で良かったんだ! 
淋しい!」


-5- 山も撮る

ある私立大学。
鉄道研究会。
部室。

部室にミーナが、ひとり、入ってくる。

「あー。また誰もいない。
そうだ。
夏に行く“青森”の検索でもしよう!」

ミーナが、ウィンドウズ・ビスタに向かう。

「アオモリ、アオモリ……。
あった! 
『白神山地』が見えるんだ! 
しかも“世界遺産”。
こんな線を廃線にするなんて…。
第三セクターにすべき」

部長が部室に入って来て――。

部長「ただいま!」

ミーナ「部長!、部室に入るのに、『ただいま』はないでしょう?」

部長「そうか!」

ミーナ「部長、本当に“J鉄 T海”に行くんですか?」

部長「私鉄は、ことごとくダメだったからな。
“J鉄 H日本”もダメだったし」

ミーナ「J鉄、駄目ですよ。
夏に行くところ、『白神山地』ですよ! 
世界遺産が綺麗に見える線を廃線にするんですよ、J鉄」

部長「知ってるよ。
だから写真部から、ひとり、連れて行くんだ」

ミーナ「そうか! 
野上君を連れて行くのは、『山も撮る』つもりだからなんですネ?」

部長「野上が納得する撮影ポイントが見つかるまで、何度でも乗り降りするつもりだ」

ミーナ「さすがは、部長!」

部長「ちょっとは、見直したか?、ミーナ」

ミーナ「でも、“J鉄 T海”に行くのはなァー。
J鉄だからなァー。
ちょっと駄目だなァー、部長!」

部長「今晩、“大漁”で、夏に向けての最後のミーティングをする!」


-6- 一眼レフのカメラ

夕方。
空港。

ミーナ「やっと青森に降り立った。 
鉄研が飛行機で現地入りするのって、荒技じゃないですか? 部長」

部長「そんなことは、ないぞ! 
大事なポイントで勝てばいいんだ!」

ミーナ「なるほどネー! 
バックに白神山地が綺麗に入る撮影ポイントがあるかなー?」

博「あるよ! 
昨日、調べてきた!」

ミーナ「用意周到ネ、野上くん」

部長「今夜は、みんな、ゆっくり休んでくれ。
行動は明日だ!」

鉄研の面々「わかりましたーっ」

夜。
午後8時。
宿泊しているホテルの外で話すミーナと写真部の野上博。

ミーナ「何で写真をやろうと思ったの?」

博「一眼レフのカメラの構造を、たまたま人に聞いて、興味を持った」

ミーナ「一眼レフのカメラの構造は、わからないなー。アタシ」

博「わからなくて、いい。
とにかく、いい写真が撮れれば」

ミーナ「いい写真を見て、写真をやろうと思ったのかと、思ってた。博くん」

博「違う。
キャパの写真を見て、やろうと思ったのでもないし、カルティエ=ブレッソンの写真を見て、やろうと思ったのでもない」

ミーナ「好きな写真家は、いるの?」

博「土門拳が好き!」

ミーナ「やっぱり好きな写真家が、いた。
写真家に贈られる、あの賞は狙ってないの? 
木村…、なんだっけ?」

博「もちろん狙ってるよ」

ミーナ「そうだろうと思ってた。
プロには、なろうと思ってるってこと?」

博「親が大反対してる」

ミーナ「そんなの無視してプロになればいいじゃない!」

博「そういうわけにはいかない。
今回の列車の撮影をした写真を見せて、親を説得するつもりなんだ」

ミーナ「重要な旅行になるわネ、今回の旅行」

博「絶対、失敗できないネ!」


-7- 最初の撮影ポイント

青森県内。

鉄道研究会の面々が、廃線の決まった電車に乗っている――。

ミーナは、ほおづえをついて、座席にすわって窓から外を見ている。
涼しい風。


博「部長、最初の撮影ポイントが見つかりました!」

部長「さすがだな、野上。
まだ、5分も走ってないぞ。
写真部を借りるものだな。
さっそく、次の駅で降りよう! 
みんな、次の駅で降りるぞ!」

ミーナ「え? もう見つかったの?」


線路から、少し離れたところを歩く、鉄道研究会のメンバー。

ミーナ「どんなところかと思えば、田んぼのど真ん中じゃないの」

博「そうだよ」

ミーナ「アタシ、もう、ドロドロ」

部長「次の列車が来るまで、5分ある。
セッティングできるか? 野上」

博「5分あれば、完璧にできます」

ミーナ「自信満々ネ! 野上くん」

博「これでも写真部だからネ」

部長「野上、何枚撮るつもりだ?」

博「1枚です」

部長「1枚だけ撮るつもりなのに、
田んぼに、みんなを降ろしたのか?!」

博「そうです」

部長「1枚だけで、キメるという自信だナ?」

博「その通りです」

部長「野上、全部で何枚撮るつもりだ?」

博「10枚です」

部長「たった10枚か!?」

博「いいのを、10枚です」

部長「言い切ったな、野上。
いいのじゃなかったら、ウチの部員の総ブーイングだぞ!」

博「分かっています」

部長「バックに白神山地が入るんだろうな?」

博「もちろん入ります」

部長「さあ、そろそろ列車が来るぞ! 
腕の見せどころだな、野上」


-8- 廃線が決まっている最終電車

電車の車内。
廃線が決まっている。
最終電車。

ミーナ、部長、明、隆が座席に座り、写真部の博が、そばに立っている。

ミーナ「第三セクターにも、なんないの?」

部長、うなずく。

明、うなずく。

隆、うなずく。

博も、うなずく。

ミーナ「完全な、廃線?」

部長、うなずく。

明、うなずく。

隆、うなずく。

博が、うなずく。

ミーナ「揺れてる音が、泣いているみたい…」
と言って、窓辺に、ほおづえをつく。

博、ミーナの横顔を、写真に、一枚、撮る。

ミーナ「博くん、11枚目!」

走り去る電車。

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