【百科詩典】もんだいのせってい【問題の設定】

リシャールはためらい、じっとリウーの顔を見た――
「ほんとうのところ、君の考えをいってくれたまえ。君はこれがペストだと、はっきり確信をもってるんですか」
「そいつは問題の設定が間違ってますよ。これは語彙の問題じゃないんです。時間の問題です」
「君の考えは」と、知事がいった。「つまり、たといこれがペストでなくても、ペストの際に指定される予防措置をやはり適用すべきだ、というわけですね」
「どうしても私の考えを、とおっしゃるんでしたら、いかにもそれが私の考えです」
医者たちは相談し合い、リシャールが最後にこういった――
「つまりわれわれは、この病があたかもペストであるかのごとくふるまうという責任を負わねばならぬわけです」
この言いまわしは熱烈な賛意をもって迎えられた。
「これは君の意見でもあるわけですね、リウー君」と、リシャールは尋ねた。
「言いまわしは、私にはどうでもいいんです」と、リウーはいった。「ただ、これだけはいっておきたいですね――われわれはあたかも市民の半数が死滅させられる危険がないかのごとくふるまうべきではない、と。なぜなら、その場合には市民は実際そうなってしまうから」

~カミュ『ペスト』