【百科詩典】ゆめにだにおもわなかった【夢にだに思わなかった】

1989年。ベルリンの壁の崩壊に象徴される「冷戦の終結」のあと、先進国でナショナリスティックな保護主義と排外主義が世界を席巻しようとは、当時、想像だにしなかった。
さらにあわせて、貧困と格差がこの社会の喫緊の問題になろうとはつゆ思うところではなかった。
「バブル」という名のモノ・カネの氾濫を見やりつつ、消費が生存の普通の形になることで共同体というものが鬆のようになってゆくのを目撃してはいたが、それがやがて少なからぬ人びとにとって、日々食いつないでゆくこと、生き延びてゆくことの困難として浮上しようとは夢にだにおもわなかった。

〜鷲田清一「小さな肯定」