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「言い切る」練習のためのnote

これまでの人生でうすうす気づいていることのひとつに、「文章でアウトプットするのがとても苦手」ということがあります。読み手のことが気になり、顔の浮かぶさまざまな人たちが「いったいどのようにこの文章を読むのだろうか」と、なかなか筆(キーボード)が進まないのです。

その最たるものがぼくの中ではFacebookのポスト。つながった多くの友達がどういう気持ちで見ているのかが"妙に"気になってしまい、苦手です。食べごろのアボカドを選ぶのと同じくらい、もしくは期限のすぎたナチュラルチーズの食べていいかの線引きをするのと同じくらい、苦手です。
しごとのことを書いたり近況報告をしている友達をみて、「いいなぁ」とか「ぼくも書かなきゃな」と思うことも多いのですが、実際にはぜんぜん書けていないという状況に凹んでいたりもします。だれかに届けることを考えると、途端に慎重になってしまうわけです。

それで、なぜ「やっぱり書いてみよう」と思ったのかというと、シンプルに言うと「もっと考えたい」から。日々いろいろなことを考えたりさまざまな人と議論する中で、言語化できずに終わってしまうこともわりと多い気がしていて。数日たつと結局、自分はどう考えていたんだっけ?結論はなんだっけ?となる。途中までは言語化するものの、言語化"し切る"(つまり、言い切る)までいけないことも多々あると感じています。

言い切る、というとちょっと強い言葉かなとも思いますが、「断言する」というより「整理して暫定の結論をだす」というニュアンスかなと。この「整理して暫定の結論をだす」ことは、さまざまな場面で考えを深める上で役に立つ(はず)なのですが、ぼくは意識しないとそのプロセスの途中でやめてしまう傾向がどうやらあるようで。しごとなど必要に迫られたときはなんとか頑張ろうとしていますが、なにはともあれそれが文章を書くのが苦手なもうひとつの理由。

ということで。

ぼくは、だれかに届けるためというより、まずは自分自身の整理のためのアウトプットという前提でnoteを書くことにします。だれも読んでいなくても、ぼく自身が最初の読者。メモ帳に書くのではないのは、誰かに向けた文章という緊張感をもちたいから。だれかが読んでくれることを想定して、できるだけ分かりやすく、できるだけ伝えたいことの多くが伝わるよう、工夫しながら言い切りたいです。ひっそりと、でも「読んでみたい」と思ってくれる人には届いたらいいな、とも思っています。

みなさん、どうぞよろしくお願いします。

*ちなみに最初のnoteは2020年のしごとの目標について書こうとおもっていましたが、その前になぜ書くことにしたのかを書きはじめたら長くなってしまったので、また次にしようと思います。だいたい〜1,400文字(10ツイート分)くらいにまとめることを、ひとまず目指してみます。

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