日本のコロナ感染者数が「少なすぎる」と疑念を持たれる本当の理由

日本は本当にうまくやっている? コロナ感染者数が少ないことへの勘繰り

 世界に新型コロナウイルスが広がる中で、日本は比較的うまく感染の広がりを抑え込んでいます。日本にいるとその感覚に疑問は湧かないのですが、欧米では「日本だけが例外的に感染を抑え込んでいる」ということに対して、統計上の疑念が提起されています。

 ドイツのウィルトシャフツウォッヘ誌が「日本のコロナの謎」という記事を掲載し、飲食店などが普通に開いているにもかかわらず感染者が少ない状況を謎だと捉え、検査数が少ないことが一因ではないかと問題提起しました。

 データベースによれば、PCR検査数は韓国の31万件、イタリアの20万件に対して、日本は1万5000件しか行われていないことから、アメリカのメディアも同様に日本の検査数の少なさを指摘しています。

 直近(3月24日時点)で公表されている感染者数は、イタリアが6.4万人、アメリカが4.2万人、スペインが3.3万人、フランスが2.3万人といった拡大を見せている一方で、日本はいまだに1128人と1ケタ少ない状況です。

 我々から見れば「日本人は手洗いを頻繁にするし、外出時にはマスクもつけている」「イベント自粛、休校、リモートワークなど早い段階から動いた」といった結果、パンデミックをぎりぎりのところで抑え込めているという認識なのですが、「検査していないだけで、本当は他の国と同じようにもっと感染者がいるのではないか?」と勘繰る人たちが、海外にはいるということです。

 実際のところはどうなのでしょうか。先に結論を言うと、3つの別々の問題が絡まり合った状況になっているようです。これらの論点を1つずつ検証し、解き明かしていきたいと思います。

● 日本の感染者数をめぐる 検証すべき「3つの論点」

 (1)検査数の少なさの影響は多少あるが、実際は日本の感染者は欧米ほど増えてはいない。

 (2)検査数が少ないことについては、その是非について議論すべき論点が存在している。

 (3)別の問題として、「日本の公的統計は国際的な信頼を一度失っている」ことを憂慮すべきである。

 まず1つ目の論点ですが、検査漏れのせいで把握されていない感染者がいることは事実です。実際、新規の感染者の中に感染経路不明の人が増えているという報道があります。これは裏を返すと、数的に把握されないまま外出行動をしている感染者が一定数存在していると考えて間違いありません。しかしそういった人が、欧米のように何万人もいるということはあり得ません。

 その根拠は、コロナによる死亡者数の違いです。イタリア6077人、スペイン2182人、フランス860人、アメリカ471人に対して、日本は42人と、死亡者数はやはり一ケタないしは二ケタ少ないのです。日本の医療現場を知っている我々であれば、「新型コロナによる死亡者の把握漏れがあって、実際の死者はもっと多い」などということは、起こり得ないことを誰もが知っています。

 ただ同時に理解しておくべきことは、日本では高熱が4日続くなどの感染した可能性が高い人しか検査を行わない方針をとってきたことから、把握されていない感染者が一定数いることは、現実問題としてあり得ます。その人数を推論で見積もってみましょう。「コロナの致死率は実際は低く1%程度だ」という学説に基づき、日本の死亡者数から逆算すると、把握されていない人を含めた日本の本当の感染者数は4000人程度いる可能性があると考えるべきです。
そして、この推定値あたりが実際の感染者数の上限であって、数万人単位であることは決して考えられません。また欧米でも、さまざまな事情により、把握されていない感染者は把握されている感染者の数よりもたくさん存在するはずです。それを考慮すれば、パンデミックの規模感として、日本はやはり欧米よりも一ケタ低い数に感染者を抑え込むことができているとみるべきです。

● PCR検査数を抑えることは デメリットばかりではない

 次に2つ目の論点ですが、日本の「PCR検査数を抑える」という政策についてはその功罪が議論されています。功罪のプラスの面についていえば、検査希望者が病院に押し寄せることで起きかねない医療崩壊を防げているという意見があります。実際、医療現場では他の病気で治療を受けている重症患者が圧倒的に多く、それらの治療に支障を及ぼしていない点は高く評価すべきです。

 一方でマイナス面は、行政が把握できていない感染者が前述の推論のように、把握されているよりも多く存在する可能性があること。そういった人たちは知らずに出歩いてしまうので、新たなクラスターを発生させるリスクが社会に生まれています。

 背景には、検査をして陽性反応が出ると軽症者であっても専門医療機関に入院させなければいけないルールがあることから、検査を増やすことで医療崩壊につながるではないかという論理があります。

 ただ、コロナ発生からずいぶん期間がたち、軽症者や無症状者の存在もわかってきたので、「入院させるというルールを早く変更して柔軟に治療すべきだ」という意見が正論のように思います。これは、立法府や行政府が素早く動けば解決する問題だと思います。

 さて、今回一番厄介なのは、3つ目の「日本の公的統計は国際的な信頼を一度失っている」という論点です。その1つは、昨年発覚した厚生労働省による「毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実」として公表されている事案のこと。2004年以降、2019年に問題化するまで統計法に違反した調査が続けられており、その統計に基づいて行われる雇用保険の給付額が述べ1973万人に対して567億円も過少だったことが、問題になった事件です。

政府の公式見解としては「組織的な隠ぺいはなかった」という報告に落ち着き、日本のメディアも統計法違反ではなく「不適切調査」と見出しを統一しました。「現場の担当者が起こした不祥事であって大きな問題ではない」という雰囲気が醸成されて、幕引きが行われたのです。ただ、海外では捉え方が少し違うようです。

 海外のアナリストの間でその前年に問題になったケースとして、2017年12月と2018年1月の間に、毎月勤労統計の公表値が連続性を失ったという現象がありました。調査にあたってサンプルとベンチマークが変更されたにもかかわらず、新旧のデータを段階調整せずに接続する方針に変えたことで、賃金指数が2018年に入って高い伸び率を示すようになったという問題です。これは国内のアナリストからも指摘され、当時社会問題になった事件でした。

 海外のアナリストたちは、こうした事件を覚えています。官邸がデフレ脱却を主張した時期に統計方針が変更され、不連続ながら賃金指数が上昇したという事実と、その後に発覚した統計法違反事件を見て、「厚生労働省は統計を操作している」と考えるようになったようです。

 まあ、私が海外のアナリストの知人から直接小馬鹿にされた体験でいえば、彼らは厚生労働省が統計をいじるというところまでは理解しておらず、「日本政府の統計はときに信用できないことがある」くらいの、ざっくりとした認識で揶揄してくることが多いのですが。

● 海外からケチをつけられたら 大いに反論すべき

 さて、東京五輪の延期が決まったとたんに東京のコロナ感染者数が1日で40人以上も増加したというニュースは、日本の統計に疑念を持つ海外のアナリストたちを、いかにも喜ばせそうです。しかし、本稿の結論として私が言いたいのは、コロナに関する統計にケチをつける外国メディアに対して、日本人も大いに反論すればいい、ということです。

 しかし3番目の論点で触れた通り、彼らの疑心暗鬼はそもそも厚生労働省への信頼が2年前から揺らいでいることに端を発していることを、我々も肝に銘じるべきです。

まあ時間がてば真実がわかるでしょう。

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