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【Adama 21日間瞑想2024夏 最終日を終えて】

2022年から始まったadamaの21日間瞑想も、もう6回目!?(だと思う)を迎え、最初の頃とは視ているものも、感じるものも変わったと思う。備忘録として。

今回の21日間瞑想を参加表明してから直ぐに
私に色々な揺らぎがもたらされる…という
これまでの瞑想会とは違う
鍛練??修行??お試し???
というような、思い出に残る会になったと思う。

私の中で何が起こっていたのかは、具体的には書かないけれど、最終日に気づいた【何のための瞑想なのか】ということ。

魂を磨く為のものだと思っていた【瞑想】が、実は違うのではないか…と思った時
これまで私が瞑想することに関して積み上げてきていたものが、一気に崩壊した瞬間だった。
ゼロに戻る…というのか、これまで積み上げたものがあれば有るほど、崩れると、その分マイナスに傾いていく。
これまで見ていた風景は、幻想だったのだろうか。。とすら思った。光が身体に入ってこない感覚。

感覚が戻ってきたのは、2週間も過ぎてからの事だった。
どうやって戻ってきたのか。。それも私には解っていた。

光の瞑想が楽に出きるようになるには、いかに【Relax】しながら呼吸できるかということが、とても大切なことで。
【心身共にリラックスしている状態での呼吸するということ】が、社会の中で生きている人間にとっていかに難しい事か。

【力が抜けた状態でいること】というのが、その人の持つポテンシャルを最大限に活かすことができる状態となる。
瞑想においても、この事は同じ。

恐らくアダマは今回この事に気づいていて、敢えてあの宿題を出してくれたのではないのか。。と最終日にして気づいた私。
現実社会で生きる私たち人間の魂は、【Relax】が必要なのだ。心も身体も力を抜いて、自分らしく魂が向くままに過ごせるのが【瞑想の時間】なのかもしれない。
私の魂が向くままに...これからも光の瞑想を続けていこうと思う。

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