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前金のもらい方

ビジネスには着手金とか前渡し金なるものがあります。中小企業にとってスパンの長い仕事は資金繰りが大変なので先にいくらかを支払ってもらうと助かります。また前金をもらう事でキャンセルをされにくくなるというメリットも出てきます。

そこで問題はその切り出し方です。『ウチも苦しいのでお願いできますか?』は最悪。正当な要求でありながら相手から見下されます。評判を下げる事もあります。それで前金を取れればいいが、断られたら目も当てられません。お願いしてはだめです。

『経費が掛かるので弊社が半分立て替えておきましょう。御社は半分で結構です』といった言い方をします。あるいは、もし先方が『半金を先にお渡ししましょうか?』と言ってくれても『ハイ』と喜んでもらってはいけません。

『有難うございます』と丁寧に礼を述べた上で『上司に相談してご返事させて頂きます』ともったいぶる。人間の心理は不思議なもので『払ってやろうか』と高飛車に出てみて、相手がモミ手をしてくれなければ、今度はムキになって払おうとします。

昭和以前の時代の格言かも知れませんが、『性悪女と知りながら、ソデにされれば貢ぐ』という心理です。同じ貰うのでも土下座してもらえば価値が下がり、胸を張ってもらえば上がるものです。

ウクライナState TVプロジェクト

すでに25年近く前の事ですが、自分が経験した最高額の前受け金を頂いた時の話です。

25州あるウクライナ州都の国営TV局の機器を更新するプロジェクトがあり、これに取り組まないかと当社のモスクワ代理店から話がありました。聞けば全局とも旧ソ連時代に購入した旧式の機器ばかりで、機器の老朽化で今にも放送が止まる寸前のようでした。案件に取り組む為に1998年後半から数回キエフの局を中心に対策会議に参加させてもらいました。

翌年の春入札があり、当社が一番札でした。その後、正式な契約調印式があり、その様子はTVのニュース番組でも大きく報道されました。当時日本の政府系金融機関である国際協力銀行がファイナンスする予定でした。ところが欧州の銀行団への債務不履行が起こってしまいました。

結局、パリスクラブ(欧州債権国会議)でウクライナへの追加融資は不可との結論が出され、日本の国際協力銀行もその決定に従う事になりました。このプロジェクトは残念ながら、死んだと思っていました。

あの当時、自分の無力さと役人の無気力さを感じ、自己嫌悪に落ちたものです。後で聞いた話ですが、当時のウクライナ政府の人事は不安定で閣僚が度々変わり、こういう案件はまとまりにくいということでした。

それから5年程経ったある日、モスクワから『あのプロジェクトが復活しそうだ』との連絡を受けキエフに出張しました。『このままでは放送が止まってしまう。今、政府にある現金で支払うのであのプロジェクトを進めてほしい』とのことでした。しかし経済破綻した国からのLCでは日本の銀行は誰も買い取ってくれません。『工事費を含む全額を前金で頂けば、対応します』と答えました。

受注金額は1局あたり約70万ドルでしたので合計受注金額は約20億円にもなりました。それで前金が来た分だけ商品手配し、施工技術者の出張者も出しました。送金は何回にもわかれ、2008年のリーマンショックが始まるまで続きました。メンテナンスと商品の国内陸送の為システックウクライナを大統領府前に設立しました。その後会社は名前を変えて今も番組制作会社として運営されています。

当時、全額前金を頂いても課題はいくつか残りました。
1) 契約から5年経っているので、殆どの商品はモデルチェンジで新製品に変わっている。
2) メーカーの販売組織更新で、ウクライナ向けは中近東部門では扱えないことになった。
3) TV局側の都合として、破綻している国ではあるものの、政府のお金を当社のような海外の小さな会社に全額前金で支払うのは簡単ではない。

各対応策は平行して実施しました。
1) 機能を考えて商品を現行のものに作り替えた変更契約書を作り、調印した。
2) モスクワのメーカー販売会社からの抵抗と妨害はあったものの、一番札の当社以外の納入であれば再入札。とのウクライナ政府の対応で、今回はそのメーカーの商品はモスクワ営業所から購入して、当社のドバイ支店で他メーカー品と同梱して出荷することとなりました。

その後約一年かけて副首相をはじめ各地方局の責任者や政府内の関係部署に対して粘り強く、根回しして交流を深めました。ほとんど毎月、日本の民芸品などを持って出張し、小さなパーティーを開催しました。当時は経済破綻していた事もあり、日本人はほとんど見かけませんでした。

前金を頂くには自分自身の信用を高める事が一番の課題でした。このプロジェクトを進めた事で様々な勉強をすることができて有意義でした。結局リーマンショックにより世界経済が大混乱するまでこの方法で納入を続けました。

スタジオシステム


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