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挿絵小説『ラッキーボーイ』第4話

「見合い写真」

みなさま、ごぶさたでした、お元気で生姜。あ、パソコンが噛んじゃった。もとい、お元気でしょうか。さて、翔子さんが姿を消してから五年の歳月が流れました。不屈の精神で彼女を探し続けている哲也君ですが、真夏の暑さで夏バテがピークを迎えているせいか、少し弱気になるようなところがございます。今日は彼女に似た人を見たという情報を友人から入手して、目撃したというコンビニ店員君に話を聞きに行きました。(ぶっちゃけた話、彼は友人たちの情報に報奨金を払っていました。もちろん基本金目当てでガセネタを持ち込む者がほとんどなのですけれど)会ってみると彼は金髪で片方の耳に七つのピアスを空けた二十代のチャラい男性店員です。やぶにらみが少し怖いですよ、君。

「なんだ、ヤンキーじゃないか、信用できないな……」と絶対にリアルには口に出せないつぶやきを心の中で吐きながら、哲也君はスマホで翔子さんが写っている顔写真を見せました。

「あ、この人、見たっス」コンビニ店員君は表情一つ変えずに、それが何なんスか? とでも言いたげなニュアンスです。少し語尾が雑なしゃべり方ですね。「どこで?」「ここっス」「いつ?」「二、三日前っス」「一人で?」「一人っス」とぶつ切れの単語の応酬がつづきました。文章にならないところが現代っ子ですね。ところが年齢をたずねると、「……四十ぐらいっス」と答えたので、哲也君のふくらんだ期待が、プシュと針を刺した風船のようしぼんでしまいました。

「ありがとう、彼女は二十五歳なンだ。そんなにおばさんじゃないよ」あら哲也君、そんなことを言っていいンですか、四十路のお姉様方を敵に回しますよ! いえいえ、のちに彼は「四十歳なんて、まだ青春真っ最中だよ」、といけしゃあしゃあと前言をひっくり返すことになりますからご安心を。

「もういいっスか?」どうぞどうぞ、仕事にもどってください。哲也君はコンビニ店員君を解放しました。もう少し語尾を丁寧に話した方が、好感度が上がるよ、と心の中でつぶやきながら。

松井さんが黒田家を久しぶりに訪ねてまいりました。松井さんは何かニヤニヤしております。何かあったンでしょうか。満さんと純子さんも出迎えてニヤニヤしております。思い返せば五年前、松井さんは満さんから予約が超絶困難と言われている豪華貸し切り寝台列車オリオン号の予約を依頼されたのでした。それも夫婦の結婚記念日にあたる八月三十一日限定です。

もうお判りですね。松井さんがオリオン号の予約チケットをゲットしたのです。「お待たせしました五年越しでやっと抽選に当たりましたよ!」三人はビールを注いで乾杯をしました。うまい酒です。

「でも……」純子さんは深くため息をついて言いました。「五年経ったら、哲也が結婚して、孫の顔でも見ながら、それなりに忙しくやっていると思ったンですけどねえ。まったくそんなそぶりもないし、それどころか……」純子さんはやれやれといった表情です。松井さんはそれを察して「まだ失踪した彼女を探しているンですか?」と尋ねました。「ええそうなのよ。まったく何を考えているのやら……」

そんなところに哲也君が「ただいま」と帰って来ました。三人は気まずそうに顔を見合わせます。噂話をしていると本人が帰って来る。噂話あるあるですね。

三人は哲也君の顔を見ると、翔子さんが今日も見つからなかったのが一目瞭然なので、妙にやさしい笑顔で迎え入れました。菩薩顔の純子さんの面目躍如です。それに対して哲也君のテンションは高くもなく低くもなく、松井さんへの挨拶を済ませると、自分の部屋に向かおうとしました。しかし、父が誇らしげに持っているチケットに自然に目が留まりした。「旅行でも行くの?」と当たり障りのない質問をしました。それを受けて満の目が、自分の意志とは無関係に、否応なく輝きを増しました。鉄道オタクは隠ぺいできませんね。

「お、気づいたか?」満さんは嬉しそうな顔をしました。「見ろ、オリオン号のチケットだ。松井君がついに手に入れてくれたンだ。五年は長かったが、ちょうど結婚記念日の八月三十一日に予約できたのが奇跡だよ。そういうわけで、母さんと二人で楽しんでこようと思う」満さんはニヤニヤを極力抑えながら言いました。それに対して「おめでとう」と低めのテンションのまま哲也君はお祝いの言葉を述べると、純子さんは「やだ、もっと喜んでよ、そんなお通夜みたいな顔して」と言いつつ、「ちょうど良かった、今思い出したけど」とわざとらしく独り言を言いながら、大きめの封筒を取り出しました。そこから出てきたのはお見合い写真です。

「何の写真? 何にも見る気ないから」とわざとそっけないふりをするのは、哲也君のささやかな抵抗の証ですが、純子さんには通用しません。「そんな堅苦しく考えなくてもいいわよ。一度軽い気持ちでデートしなさい。悪い人じゃなさそうだから」と言うと、哲也君は強引に見合い写真を押し付けられました。「見合いなんてまったくする気はないし、デートなんて浮気じゃないか、絶対に嫌だよ」とはっきり宣言しました。ところが、言った先から哲也君の目が写真に釘つけになりました。

そこに写っている南野美恋さんは都内でOLをしている二十三歳です。どこか古風で落ち着きを感じさせる丸顔の美人さんです。これが哲也君の好みにドンピシャ。ストライクゾーンのど真ん中で、バリー・ボンズなら月まで飛ばせるほどの絶好球なのです。

「会うだけで浮気なんて、なにを言っているの。そんなの昔の話でしょ。今は男女の友達同士でも当り前みたいに食事に行くわよ。行ってらっしゃい」哲也君は写真に目が行って、母の言葉に反論するタイミングを失いました。だって、少なくともビジュアルは百点満点ですから。

「こんな可愛い子とデートする機会なんてめったにないわよ。もしかしたら一生できないかもしれないわ」純子さんのダメ押しは続きます。「親孝行と思って、デートしてよ。このままじゃ死んでも死にきれないから!!」純子さんは百歳まで余裕で生きて、できれば長寿世界一になりたいと思っているのに、上手いことを言いますね。哲也君はやれやれといった顔をしながら、まあ、一度くらいデートしてあげてもいいかな……と思いました。本心では、もう翔子さんは見つからないと、あきらめているのではないでしょうか。五年という歳月は人の心を変えるのに充分すぎる長さです。誰もあなたを責めたりしませんよ、哲也君。

しかし、この決断がこの後、彼を予想外の展開に導くことになるのですが、哲也君はまだそれを、知る由もありません。

つづく

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