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読書『世界観をつくる』

水野学×山口周『世界観をつくる』(朝日新聞出版2020)を読みました。哲学書でも美術書でもなくビジネス書です。この本を手に取った理由は、制作のBGMとしてずっとYouTubeを観ているのですが、この方々の話は抜群に面白いんです。特に水野さんはファンと言ってもいいほど。ただ、最近の代表的な仕事の相鉄の件は初めて知りました。と言うか、この本を読んで相鉄の存在そのものを初め知りました。へぇ、そんな電車あるんだぁ、という感じ。

僕は、芸術も人間の営みなので、人間の属性が反映すると考えるタイプです。だから逆に、人間の営みは等しく重要です。で、この本は、ざっくり言うと「経営や企画には、初めからデザイナーが関わるべき。従来のように役に立つ機能だけを追い求めていては、通用しない世界に、すでになっていますよ」という内容を伝えている本です。それは産業構造の変化の話なので、普遍的な芸術性とか、長いスパンの話ではありません。しかし、短期的であれ、人間のある種の思考が現象したものなので、人間の属性やその構造を確認する絶好の機会です。

このお二人の考え方には、対立するところがないので、お互いが事例を順番に出し合って、ひたすら共感する流れになっています。それがいちいち面白いのですが、一つだけ例をあげると、トヨタについて川の比喩が出てきます。トヨタはより多くの人に、品質の高い車を届けようとしている会社なので、川の石に例えると、川下の角が削れて丸くなった、河原に並んだ石みたいな会社です。それは触っても安全で、誰が見てもきれい。そして誰にでも好かれて、拒否されないものです。良し悪しは別にして、確かにそうですよね、トヨタの車は。

で、それを美術に当てはめて考えてみると、上流の不揃いで、色もバラバラ、触ったら手が切れそうな角がある石が現代美術でしょうか。それは河原の丸い石のように、ポピュラーなものとは相入れません。つまり、現代美術はフェラーリやポルシェでトヨタではないわけです。維持費がかかり、性能を活かす道はなく、実用性はまったく無いけれど、それでも所有したいのが現代美術なわけです。それって、作る人も、観る人も、買う人も、限定されていて当たり前ですよね。

言葉を変えれば、美術のトヨタ化は「ゾンビフォーマリズム」に近いと思いますが、みんながセザンヌやデュシャンにはなれないので、美術作品は容易にゾンビ化しますよね。作っている本人は自分がゾンビとは気づいていないだけで。これは「思想としてのトヨタ車」と一番相性がいいこの国では、要注意ですね。その沼にはまらないように常に気をつけたいところです。

という感じで、一部を抜き出しただけでも、いろいろと発見がある本です。しかも、哲学書のように難しくなく、スラスラ読めます。まあ、人にはいろんなタイプがあるので、無理にはお勧めしませんが……。

#アートの思考過程

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