見出し画像

挿絵小説『ラッキーボーイ』第7話

「両親との対面」

みなさま、ごぶさたしております。さて前回、五年ぶりに再会を果たした哲也君と翔子さんは、思い切って彼の両親に会いに行くことを決めました。反対されるのは予想できましたが、一点突破で本丸を攻め落とす覚悟です。二人の仲を認めてもらえれば、周りが何を言おうと気にすることは無くなるからです。そこがクリアにならない限り、陰でコソコソしていると言われても仕方がありません。

とはいえ、いきなり紹介して感情的な対応をされては説得できる可能性は少なくなると考えました。まず、哲也君だけが一人で行って、やんわりと事実を説明する作戦を取ることにしました。たぶんそれが賢明な手段です。哲也君が帰宅して居間に入りますと、満さんが一眼レフカメラを構えて、純子さんを撮影しようとしているところです。何をいまさらと思いながら哲也君は尋ねました。「どうしたの?」満さんは意外そうな顔をします。「見りゃわかるだろ、母さんの成長を写真に収めているンだ。肉体は老化するけれど、人間の精神は生涯成長を続けるンだ。その崇高な精神をカメラで収めている」満さんは、そんなこともわからないのか常識だぞ、と言いたげな調子ですが、いえいえ、そんなことを考えているのはあなただけですから。

セミリタイアして時間を持て余すと、人間妙なことを考えるものだ、と哲也君は思いました。まあ満さんは時々、真顔で冗談を言いますから、哲也君はそのたぐいと思って軽く受け流しました。「母さんはよくわからないンですけどね」純子さんは正直です。でもそれに付き合うのがさすが夫婦です。

切り出すきっかけを待っていては、この人たちのペースに飲まれてしまうと哲也君は思って、姿勢を正しました。「ちょっといいかな……父さんと母さんに会わせたい人がいるンだけど、言っとくけどお見合い相手じゃないから」哲也君、いきなり攻めますね。「誰だ?」「誰なの?」と満さんと純子さんは期待と少々の不安を持って答えます。もちろん最大の不安はこれから哲也君が言おうとしていることと、ほぼ一致しているのですが。

「翔子さんだよ! 見つけたンだ!」哲也君は大げさに、無理に明るく言いました。「えーッ!?」純子さんの反応は思った通り驚愕の顔です。目玉をひんむいて大きく口を開けています。彼女は予想を裏切りません。ところが満さんは違っていました。「本当か? いま来ているのか? 何をしている、入ってもらえよ」と妙に積極的です。「ちょっと、この五年間でいろいろあって、前と感じが変わったけど、本人だからね」哲也君は布石を打ちます。「それだけ経っているンだ、少しは変わっているだろ、そもそも五年前を見てないから問題ない」満さんはポジティブで、逆に期待を膨らませているように見えます。それはそれでハードルが上がってやりにくいンですけど。

「そうなの、見つかったの……じゃあ、仕方がないわねえ」純子さんも渋々この現状を受け入れようとしています。第一関門は突破したということでしょうか。いえいえ、次の関門に比べたら、まだ序ノ口。次はケタ違いに困難です。ですが、とりあえずお父さんとお母さんが翔子さんに会う気になったのですから上々です。哲也君は外で待たせている彼女を呼びに出ていきました。

「いいじゃないか、これで安心してオリオン号の旅を楽しむことができる」やっぱりそこでしたか、満さんが考えるところは。「本人がいいならいいじゃないか。五年も探し続けてやっと見つけ出したンだ。私たちも親の反対を押し切って結ばれたから、歴史は繰り返すンだよ」おやおや、これは初耳です。「嫌だ、あの時反対していたお母さん、ずいぶんひどい人だと思っていたけど、いま私が同じことをやっていたのね」純子さんはそう言うとやれやれといった顔で大きなため息をつきました。つきものが落ちたいい顔です。どうやら風向きが哲也君たちに向かって吹いてきました。満さんと純子さんはお互いの顔を見て微笑んでおります。これ以上のタイミングはありませんね。

そこに哲也君と翔子さんが入って来ました。満さんと純子さんは彼女を見てキョトンとした目をしております。それはそうでしょう。外見は四十歳越えです。

「お母さまですね……」純子さんは思わずつぶやきました。「あれ、でも確か、翔子さんは施設で育って、お母さまはいらっしゃらなかったはずですよね……」純子さんの頭の中は混乱します。「なんだ、そうか。本人じゃなくてお母さんを探し当てたのか! どおりでおかしいと思った。はじめまして、哲也の父です」満さんは完全に勘違いしております。ここまで言われると、翔子さんも一瞬、話を合わせて母で通そうという気になりましたが、哲也君はあわてて否定します。「違うよ、信じられないだろうけど、この人が神崎翔子さんだよ! 五年間探してやっと再会した正真正銘の翔子さんだから!」満さんと純子さんは首をひねります。もちろんですよね。こんな話は理解できる方がどうかしています。

「ドッキリか!」満さんがひざを打ちました。「なあんだ、何の冗談かと思ったら」と純子さんは安堵の笑みを浮かべます。「良かった、五年間行方をくらませていた薄情な子が、本当に帰って来たのかと思っちゃった」ちょっとそれは言い過ぎです純子さん。本人が目の前にいるのに……。

「だから、本当に本物の翔子さんだって。僕の命を救ったせいで、この姿になったンだ」そう言われても、言っている意味がまったく伝わりませんよね。「なぜこの姿になったかと言うと、翔子さんはスケッチブックに絵を描くと、描いたものの寿命が延びるンだ。死にかけていた人が生き返ったり、元に戻ったり。僕は何回もそうやって命を救われたンだ」哲也君は熱弁をふるいますが、満さんと純子さんには思いが届かないようです。二人ともポカンと口が開いたままです。「実際に見てもらえばわかるけど、描いたものの寿命が延びる代わりに、翔子さんの寿命が短くなるンだ。僕は今まで何度も救われたから、翔子さんは、いま二十五歳だけどこの姿なンだよ」言っている意味はわかりますが、簡単には信じられません。特に純子さんは「何を言い出すかと思ったら……あなた、頭の中を蝶々がひらひら飛んでいるンじゃないの?」とあきれ顔です。

翔子さんは部屋の中に飾ってある、ひまわりのミイラに……いえ失礼、ドライフラワーに目をつけました。「それなら」と哲也君に取ってもらい、テーブルの上に置きます。「植物なら、それほど影響はありませんから、スケッチするところをごらんにいれます」翔子さんはそう言うと、トートバッグからスケッチブックと鉛筆を取り出して、ひまわりのスケッチを始めました。

「上手いねえ」と満さんは感心します。カリカリに干からびて水分が抜けきっているはずのひまわりですが、徐々に潤いを取り戻し始めて、彩度が増してゆきます。花びらがどんどん黄色く色付き、最後には今摘んだばかりのような、みごとな大輪のひまわりに戻りました。「どういうこと? どういうこと? どういうこと?」純子さんは頭の中が混乱しています。満さんは興味深そうに感心して見ています。「へえ、すごいね。どうしてそんな力を身につけたの?」純子さんと違って満さんは、翔子さんにそれほど嫌悪感は持っていないようです。確かに翔子さんは四十歳オーバーとはいえ、見かけはすごい美人ですからね。でも、そんなことは純子さんには何の価値もありません。「私はこんなトリックに、絶対騙されませんよ!! 帰ってください。そして二度と来ないで!!」純子さんは怒り狂って絶叫するように言いました。満さんが好意的なのも火に油を注いでいるようです。「私は絶対に許しませんからね!!」

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?