2024/04/06、自然に楽しくて安心する
西興部の畜産家を訪ねている。
4時半に起きて、掃除、餌やり、搾乳と5時間くらい作業。同じ作業を夕方にもする。それ以外にやるべきことは、そのあいだにする。毎日やる。これが現場だぁ、と思う。
牛舎に入った時の牛たちのジロッとした、あのなんとも言えない目つきにはゾワっとしてしまった。しかし、そんなことを感じるまもなく、分娩されたばかりの、子牛を洗う作業を任せていただいた。
いやぁ、今日は疲れました。
ご主人は、少なくとも分かりやすくは牛に対する愛情を見せない。訊いてみても好きなわけじゃねぇ、とおっしゃる。でも、牛の細かい変化にも気がつくし、牛の周りの手入れには手を抜いていないのが、ぼくにさえよくわかる。対象を好きである以外にも、愛情の注ぎ方はいろいろあるのだ、という、当たり前のことに気がつく。ご主人にモチベーションに関する話を伺うも、もちろんそれもあるだろうが、上手くは言えない、もっと別のものもあるはずだ、という感じの、素敵なご主人である。
作業をしていて思ったが、俺は野菜より、あるいは人間より、何考えてるかわからないけど何かは感じてそうな動物と触れ合うのが好きなのだ。牛、ないし豚、ないし鶏は、その点自然に楽しみを追求できそうで、そんな自分に安心する。
奥さんが上映会を企画していて、午前の仕事を終えたあと公民館に行って観た。ずっと観たかったのだが、配信もソフト化もされていないのでずっと観られずにいた映画だ。
素晴らしかった。
毎年夏にみたいな。
利尻で上映会をする段取りをしよう。
屠殺、祭り、部落ーー卑しいものとして眼差されるものが一瞬にして聖なるものに変わる=至高の瞬間への逆転モチーフの連なりのなかに、人柄がよく映し出された表情のカットが敷き詰められている。
行政に掛け合えば予算を取ってドントでできるかもしれない。
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