見出し画像

シチズン時計と続けてきた映像制作について『感情のデザイン』篇

先日公開されたシチズン時計のデザインフィロソフィー「感情のデザイン」映像のお話。HIROBAが映像を制作する上で大切にしている思いや、作り方を詰め込んだお仕事だったので、どのように考えて制作したのかをご紹介させて頂ければと思います。

シチズン時計さんとは2013年のバーゼルワールドからのお付き合いなので、かれこれ10年以上、様々な映像を制作させて頂いてきました。

2018年にはシチズン時計、創業100周年の貴重なタイミングで記念映像を制作させて頂き、僕らにとっても特別な思い入れのある会社です。

10年の月日の中で、時計の組立て職人の方、部品を加工する職人の方、内部のメカニカルを担当する技術の方、デザイナーの方、宣伝部の方など、様々な社員の方と関係性を育ませて頂きました。

その中で、皆さんから感じた自分達の時計に対する愛情や誇り、そして、それを僕らに伝える時にみせる、少しの気恥ずかしさのようなものに、とても好感を持っていました。こんな実直に自分達の時計に向き合い、一本ずつの時計を生み出しているこの人たちの声をもっと伝えられる機会があれば、とずっと考えておりました。

企業の広告的な役割となるとシチズン時計に限らず、有名人や著名人の方を起用し、具体的なものよりも想像を喚起させるようなイメージ戦略に近いものを制作することが多いかと思います。

それはブランドの価値形成や、一定の層に届けるためのある種の夢を見せるための選択だと思いますが、コロナ禍を越えても尚、不安定な世界情勢の中では具体性のないイメージよりも、より目の前のこと、日々の延長線上にあることに目を向けようとする人々が多くなっているような気がします。

先日、テレビで若い世代の有名人が「夢ハラスメント」というものがあるという話をしていました。

将来の夢を若い人に聞くことも、年長者が夢の話を若い人にすることも、その世代にはハラスメントなんだそうです。その有名人は夢なんてないと言っていました。

夢を抱くことが当たり前だった上の世代が、今の若い子たちへ夢を強要することで、それがプレッシャーになっているという話や、手に届くものが多くなった今の時代では、昔は夢だったものが現実的になり、夢というもの自体が存在しなくなったというような話をしていました。様々なものが一般化して、水準が上がったとも言えるので、悲しいこととは言い切れないでしょうし、夢自体がプレッシャーになるというのはとても納得できました。

コロナや不況、または紛争など不安定な時代を生きてきた中で、夢なんて不確定で見えないものを強要されるよりも、今を必死に虎視眈々と若い世代は生きているのかもしれません。

その一方で、SNSのフォロワーやマッチングアプリに見る、人と繋がることには非常に敏感で価値を見出しているような流れは、そんな時代の中でも、一定のコミュニケーションを求めている人々が多いと言えるのではないでしょうか。

夢を持ち、語り合うことが一つのコミュニケーションだった時代から、それがハラスメントとなった今の時代でも、どこかでコミュニケーションを求めている人々が多くいるというのは、移りゆく時代の中においてもポジティブに感じます。

夢を持つことよりも、目の前の生活を必死に生きること、そして人と繋がることに価値があるというこの時代にシチズン時計から依頼されたのが、今回のデザインフィロソフィー「感情のデザイン」の映像制作でした。

シチズン時計の会社名には「市民のための時計」という思いが込められています。誰もが時計を持てる時代ではなかった100年前に「シチズン(市民)」と名づけ、様々な時代の変化の中で100年にもわたって時計を作り続けてきた会社です。

僕は今こそ、シチズン時計の方々が時計を届ける意味を自分たちで語るべきなのではないかと考えました。あらゆる所にフェイクな世界があると皆が気づいている今の時代、夢やイメージよりも、正直で実直な思いや、モノを買うにしても信頼出来る確実性が若い世代を含め、普遍的に届くのではないかと思ったのです。

そこでまず行ったことは、時計のデザイナーの方26名に「感情のデザイン」という言葉の捉え方、そして時計をする人が少なくなった今の時代に時計を作る、時計を届ける意味を問いかけました。今回の映像の言葉は、その時に出てきたデザイナーの方自身の言葉を使用しています。

僕らのメインのお仕事は映像制作ですが、多くの場合、リサーチをし、その中から大切な核を探し、どのような表現が良いのか考え、映像化していきます。

もともと大きく決まったものがあるというよりも、HIROBAの目を通して、探しながら作っていくというイメージです。それはブランディングやコンサルティングに近いと言われることもあるのですが、それらと違うことは、その会社を分析しているのではなく、共感をするということを最も大切にしていることだと思います。

「感情のデザイン」の映像もその様にして、少しずつシチズン時計デザイン部の方々と共に制作しました。

100年前に、市民のための時計を作り始めたシチズン時計が、100年後の今、
「何のために、誰のために、時計を作るのか?」
そう投げかけた僕らの問いでしたが、シチズン時計の皆さんは自分達の中でずっとその答えを持っていました。

「この世界を生きぬく人のために」


今回の映像のサブタイトルです。
市民のための時計、それはどんなに時代が変化しようともシチズン時計の変わらない思いであり、シチズンにしか言えない言葉です。

今であれば、不安定で不確実な時代の中で、優しい強さを持って、この世界を生きぬいている人々の後押しになるような時計を作る、ということになります。その広く優しい思いは100年後の今の時代でも、輝きを持てる思いなのではないでしょうか。

この仕事が出来て、そんな思いを持つシチズン時計の様々な方の言葉をたくさん聞けてとても幸せなお仕事でした。というわけで、よかったら是非、映像をご覧頂ければと思います。

それでは、また次の仕事に向き合います。

感情のデザイン企画書表紙
普段デザイナーの方々が使用している筆記用具と実際のデッサン
シチズン時計デザイン部の方の後ろ姿
本編より好きなカット、子供がお尻をフリフリして踊っている

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?