7つの習慣③ 主体的である(前半)

「主体的である」のパートの中の「率先力を発揮する」に書かれていることは今の私にとても響く。

私たち人間に本来備わっている性質は、周りの状況に自ら影響を与えることであって、ただ漫然と影響を受けることではない。自分が置かれた状況に対する反応を選べるだけでなく、状況そのものを創造することもできるのだ。
わが家では、子どもたちが問題にぶつかったとき、自分からは何もせず、無責任にも誰かが解決してくれるのを待っているようなら、「RとIを使いなさい」(RはResorcefullness=知恵、IはInitiative=率先力)と言ってきた。最近では私に言われる前に「わかってる。RとIを使えばいいんでしょ」とぶつぶつ言う。
率先力を発揮する人としない人の違いは天と地ほどの開きがある。効果性において25%とか、50%どころの違いではない。率先力を発揮でき、そのうえ賢く感受性豊かで、周りを気遣える人なら、そうでない人との効果性の差はそれこそ天文学的な数字になる。

単なるポジティブシンキングと主体性の違いについても住宅改修業界団体に対するコンサルティングの事例解説がわかりやすい。

当時は市場全体が深刻な不況だったがこの業界はことさら打撃を受けていた。会合は重苦しい空気の中で始まった。初日は「業界では今何が起こっているのか、業界が受けている刺激は何か?」というテーマで話し合った。業界では多くのことが起こっていた。業界を取り巻く環境の圧力はすさまじいものだった。失業者は増える一方だった。会合に参加していた企業の多くも生き残るために大幅な人員削減を余儀なくされていた。その日の話し合いが終了する頃には朝よりも参加者の落胆は大きくなっていた。二日目のテーマは「この先はどうなるか?」だった。業界の動向を予測しながら、おそらく予想通りの結果になるだろうという悲観論が広まった。二日目の終わりには、全員がさらに意気消沈した。誰もが景気のの底はまだ売ってないと予測していた。さて、三日目である。このままではいけないと、「我々はどう反応するのか?我々は何をするのか?この状況で我々はどのように率先力を発揮するのか?」と主体的なテーマに集中することにした。午前中は経営の合理化とコスト削減をテーマに議論し、午後はマーケットシェア拡大の方策を考えた。午前も午後も活発にディスカッションし、現実に即し、実行可能なアイデアに議論を絞った。そうしているうちに活気が生まれ、希望が見え、主体的なムードで会合を締めくくることができた。

少なからず、我々の未来は厳しい状況であることが多い。日本だって、前途多難だ。進む少子高齢化、膨らむ国債、、私も自分の勤めるメーカは中国メーカーにいろんな分野で追いつかれ、さらにコロナの影響を受けて苦しんでいる。いつだって困難にぶつかったときに自分ができることは、率先力を発揮し、現実に即し、実行可能なアイデアを実行していくしかない。

企業、自治体、家庭も含めてあらゆる組織が、主体的であることができる。どんな組織も、主体的な個人の創造力と知恵を結集し、主体的な組織文化を築ける。組織だからといって、環境の変化に翻弄される必要はない。組織としての率先力を発揮すれば、組織を構成する全員が価値観と目的を共有できるのだ。

会社ではよく、前の〇〇社長が、、、だから、とか、親会社が、、とかそういった反応的なコメントや態度をよく耳にする。これは、組織文化自体が主体的でないからだと思う。事実は事実として受け入れる必要があるが、その先自分がどうするか?会社がどうするか?については自分たちを主語に考え、率先力を発揮して、現実に即し、実行可能なアイデアを実行していくしかないのだろう。



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