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医療イノベーションの新時代 - 厚生労働省によるヘルスケアスタートアップ振興のホワイトペーパー解説(5000字)

日本の医療・ヘルスケア分野は、世界に誇る国民皆保険制度と高度な医療技術を持ちながら、少子高齢化、医療費の増大、地域間格差など、多くの課題に直面しています。

2020年には高齢化率が28.8%に達し、2025年には団塊の世代が後期高齢者となる「2025年問題」を目前に控えています。このような背景の中、イノベーションの担い手としてヘルスケアスタートアップへの期待が高まっています。

この期待に応えるための具体的な施策の提言として
厚生労働省が2024年6月27日に
「ヘルスケアスタートアップの振興・支援に関するホワイトペーパー」を発表しました。

ここでは、このホワイトペーパーの内容を深掘りしつつ、ヘルスケアスタートアップの可能性と課題、そして医療従事者の皆さまへのメッセージをお伝えします。

1. ヘルステック・チャレンジ:医療イノベーションの新たな推進力


ホワイトペーパーで注目すべき提言の一つが、「ヘルステック・チャレンジ(仮称)」の創設です。これは、難病創薬や医療機器開発等の加速に向けたマイルストーン型開発支援制度です。

従来の支援制度では、リスクの高い領域での開発が敬遠される傾向にありました。
例えば、希少疾患用医薬品の開発では、患者数が少ないため市場規模が限られ、大手製薬企業が積極的に参入しにくい状況がありました。しかし、ヘルステック・チャレンジは、アーリーステージから段階的にサポートすることで、こうした領域での開発を促進することを目指しています。

具体的には、米国のDARPA(国防高等研究計画局)型の支援を参考に、テーマに合わせたマイルストーン型の開発支援を実施します。達成目標をクリアするたびに追加で補助金を拠出する仕組みにより、長期的な視野での研究開発が可能になります。

この制度は、アメリカのSBIR(Small Business Innovation Research)制度を参考にしています。SBIRでは、年間予算約2300億円のうち、1/3程度がヘルスケア分野に投じられています。日本版のヘルステック・チャレンジが同様の規模で実現すれば、ヘルスケアスタートアップにとって必ず大きな追い風になります!!

起業家の人たちにとっては、この制度を活用することで、リスクの高い革新的な研究開発に挑戦しやすくなります。特に、難病や希少疾患など、社会的意義は大きいものの市場性が不透明な領域での研究開発が促進されることが期待されます。

2. 医療機器・SaMD:世界市場を見据えた成長戦略


医療機器・SaMD(Software as a Medical Device)の分野では、日本企業の国際競争力強化が急務となっています。
日本の医療機器市場は世界第4位の規模を持ちますが、貿易収支では大幅な赤字となっています。特に、治療用医療機器の分野での競争力が弱く、2018年の約9,500億円の医療機器貿易赤字の約87%が治療用医療機器に由来しています。

この状況を打開するため、ホワイトペーパーで

は革新的な治療用医療機器等による世界市場の獲得を目指した支援策が提案されています。特に注目すべきは、米国市場をターゲットとした海外展開支援の拡充です。

具体的には、JETRO等の組織と連携し、海外展開戦略の構築や臨床試験等への支援、世界展開する大手企業とスタートアップの連携強化を促進します。また、現地のキーパーソンへの紹介や、医療機関における試用プログラムへの参加機会の提供なども計画されています。

さらに、SaMDの開発・事業化の制約となりうる業許可規制や広告規制等の緩和も検討されています。例えば、医療機器製造販売業の業許可取得における人的要件の緩和や、SaMD領域での業許可規制の見直しが提案されています。

これらの施策により、日本の医療機器スタートアップが世界市場、特に最大市場である米国でのシェア獲得を目指しやすくなります。
起業家の人たちには、初期段階から海外市場を視野に入れた事業戦略の立案をお勧めします。

また、SaMDの分野では、AIを活用した画像診断支援システムや、治療用アプリなど、ソフトウェアベースの医療機器開発が注目を集めています。
例えば、自分もChief Medical Officerとして関わったCureAppのニコチン依存症治療アプリは、2020年に日本初の治療用アプリとして承認を受け、2022年にはCureApp HTが高血圧治療補助アプリとして承認されました。
このような成功事例を参考に、自身の専門性を活かしたSaMD開発に挑戦することも一案です。

3. 医療DX・AI:データ駆動型医療の実現に向けて


医療DX・AI市場においては、マイナポータル等の医療データの民間事業者との持続的なAPI連携の実現や、連携項目の拡充が提言されています。これにより、個人の健康・医療情報を扱うPHR(Personal Health Record)サービスの発展が期待されます。

日本のPHR市場は、2024年時点で約260億円規模と推計されています。しかし、この市場規模は米国等と比較するとまだ小さく、今後の成長が期待されています。
PHRサービスの普及により、個人が自身の健康データを一元管理し、より主体的に健康管理や医療選択を行えるようになることが期待されます。

また、AI開発促進に向けたルールの明確化や、製品・サービスの普及を後押しする施策も検討されています。例えば、ヘルスケア分野のAI開発で特に問題となる規制及び論点の特定や、規制の適用関係の明確化が進められます。

これらの施策により、AIを活用した新たな製品やサービスの開発に取り組む起業家にとっては、事業展開の可能性が広がるチャンスといえるでしょう。
例えば、AI問診システムやAI画像診断支援システムの開発、さらにはAIを活用した創薬支援など、幅広い分野での事業機会が生まれると考えられます。

一方で、AIの医療応用には倫理的な課題も存在します。例えば、AIの判断の透明性や説明可能性、データの偏りによる不公平な判断の可能性などが指摘されています。これらの課題に対応するため、AIの開発・利用に関するガイドラインの整備も進められています。
起業家の人たちは、技術開発と並行して、これらの倫理的課題にも十分な注意を払うことが求められます。

4. 総論:エコシステム全体の底上げを目指して


ホワイトペーパーの総論部分では、ヘルスケアスタートアップのエコシステム全体の底上げを目指した施策が提言されています。

その中心となるのが、MEDISOの機能・体制の充実・強化です。

MEDISOとは、医療系ベンチャー・トータルサポートオフィス(Medical Innovation Support Office)の略称で、2018年から厚生労働省が運営しているヘルスケアスタートアップ支援組織です。
自分も2016-2017年に厚生労働省に出向をしていたときに、このMEDISOのもととなる施策に関わり、2018年からはMEDISOのアドバイザーもさせて頂いています。

今回、新たに「MEDISO2.0」として、より継続的で能動的な支援へと拡充・移行することが提案されています。具体的には、予算の複数年度化や大幅増額、政府支援機関のハブとしての機能強化、海外展開支援の拡充などが盛り込まれています。

また、ヘルスケアスタートアップ関係者からの診療報酬改定等の要望を受け付け、検討を行う新たな一元窓口の設置も提案されています。これにより、スタートアップの声がより直接的に政策に反映されやすくなることが期待されます。

さらに、ヘルスケア分野でトップクラスのグローバルVCを日本に誘致する取り組みも提案されています。日本のヘルスケアスタートアップへの投資を促進すると共に、グローバルな視点やネットワークを持つVCとの連携により、日本のスタートアップの国際競争力向上が期待されます。

これらの施策により、日本のヘルスケアスタートアップエコシステムが、質・量共に充実していくことが期待されます。起業家の皆さまには、こうした支援策を積極的に活用し、自らのビジネスの成長につなげていただきたいと思います。

5. 今後の展望:日本発のグローバルヘルスケア企業の創出を目指して

ヘルスケアスタートアップの振興は、単に新しい企業を増やすということにとどまりません。それは、日本の医療・ヘルスケアの質を向上させ、持続可能なものにすると共に、グローバルな競争力を持つ成長産業を生み出す取り組みです。

現在、世界のヘルスケアIT事業の市場は高い成長率で拡大しており、2025年には800億ドルを超えることが予測されています。一方、日本のヘルスケアIT事業の市場は、2025年に4000億円程度に到達するにとどまるとの推計もあります。この差を埋めるべく、日本発のグローバルヘルスケア企業の創出が期待されています。

例えば、テルモ株式会社やオリンパス株式会社のように、医療機器分野で世界的に競争力を持つ日本企業は存在します。しかし、近年急成長しているデジタルヘルス分野では、まだ世界的に知名度の高い日本企業は少ないのが現状です。この状況を打開し、日本発のユニコーン企業やデカコーン企業を生み出すことが、ヘルスケアスタートアップ振興の大きな目標の一つと言えるでしょう。

そのためには、国内市場での成功を足がかりに、積極的に海外展開を図ることが重要です。日本の強みである高品質な医療データや、高度な医療技術、そして「おもてなし」の精神を活かした丁寧なサービス提供など、日本ならではの特徴を活かしたサービス・製品開発が求められます。

また、高齢化が進む東アジア諸国や、医療インフラの整備が進む東南アジア諸国など、日本の経験や技術が活かせる市場も存在します。これらの国々のニーズを的確に捉え、現地に適応したサービス・製品を提供することで、アジア市場でのプレゼンスを高めていくことも可能であると考えています。

 おわりに:ヘルスケアイノベーションの未来に向けて


ヘルスケアスタートアップの振興は、単なる産業振興策ではないと考えています。
それは、日本の医療・ヘルスケアシステムの持続可能性を高め、国民一人ひとりの健康寿命を延ばし、さらには世界の健康課題の解決に貢献するための重要な取り組みです。


新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、私たちに健康の大切さと、医療システムの重要性を改めて認識させました。同時に、遠隔医療・オンライン診療やワクチン開発など、ヘルスケア分野でのイノベーションの可能性と必要性も明らかになりました。

日本は、世界最高水準の平均寿命と、国民皆保険制度による高いアクセシビリティを誇る医療システムを持っています。しかし、少子高齢化や医療費の増大など、様々な課題にも直面しています。これらの課題を解決し、さらに進化した医療・ヘルスケアシステムを構築していくためには、従来の枠組みにとらわれない斬新なアイデアと、それを実現する情熱と行動力が必要です。

ヘルスケアスタートアップは、まさにそのイノベーションの担い手となる存在です。大手企業では取り組みにくいニッチな領域や、従来の常識を覆すような斬新なアイデアに果敢に挑戦し、医療・ヘルスケアの未来を切り拓いていく。そんな起業家の人たちの挑戦を、社会全体で支援していく必要があります。

同時に、長年の臨床経験を持つ医療従事者の皆さまにも、ぜひこの変革の波に乗っていただきたいと思います。日々の診療で感じている課題や、患者さんのニーズに基づいたアイデアこそが、真に価値あるイノベーションの種となるからです。

ヘルスケアイノベーションの未来は、決して遠くはありません。むしろ、私たち一人ひとりの中にあると言えるでしょう。日々の気づきや疑問を大切にし、「もっと良い医療・ヘルスケアを提供できないだろうか」という問いかけを続けること。そして、その問いに対する答えを、具体的な形にしていく勇気を持つこと。それこそが、ヘルスケアイノベーションの第一歩なのです。

ホワイトペーパーで提言されている様々な支援策は、医療・ヘルスケア領域を良くしたいと思っている人全員の挑戦を後押しするためのものです。これらを最大限に活用し、日本発の革新的なヘルスケアソリューションを世界に発信していきましょう!!

https://hiroakikato.jp/

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