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「真夜中のドア」はどうやってシティポップのアンセムになったのか(その3)

もう1ヶ月前の情報になってしまったがジャパニーズシティポップ界を揺るがす大きな出来事があった。ジャパニーズシティポップの名曲の一つ亜蘭知子さんの「Midnight Pretenders」(1983)を超人気オルタナティヴR&B人気アーティスト:ザ・ウィークエンドがまるまるサンプリングしている事件、詳細は前回のnoteでも触れた日本における最重要AORエヴァンジェリスト、金澤寿和さんのブロクを引用させていただく。

ドッヒャ~ コイツはかなりの事件かも。空前のシティ・ポップ・ブームの中、来月2月に村田和人『ひとかけらの夏』、松下誠『FIRST LIGHT』、亜蘭知子『浮遊空間』の3枚が、それぞれボーナス・トラック入りのSACDハイブリッド仕様で再発される。年末~年明けにかけてその解説を書いていたが、そのうちの亜蘭知子『浮遊空間』にコトが起きた。コレはもしかして、竹内まりや<Plastic Love>、松原みき<真夜中のドア~Stay with me>に匹敵する…、イヤもしかしたら、それを凌ぐような世界的人気曲になっていくかも。(中略)それは、オルタナティヴR&B人気アーティスト:ザ・ウィークエンドが、今日デジタル先行リリースした2年ぶりのニュー・アルバム『DAWN FM』に於いて、上掲アルバムの収録曲<Midnight Pretenders>を、“まんま” サンプリング使用しているのだ。問題の曲は<Out Of Time>で、<Midnight Pretenders>のヴァース部分をほぼそのまま、ネタ使いしている。(中略)シティ・ポップの人気曲がネタ使いされる例は、アジア圏のDJやシンガーなど数多い。…というか、話題になるのは、そちら系がほとんどだ。でもそれが本場USの第一線で活躍しているアーティストとなると、ラッパーのタイラー・ザ・クリエイターが山下達郎<Fragile>をネタに<Gone, Gone, Gone / Thank You>作ったのが目立つくらいか。それがザ・ウィークエンドなら、完全にそこを覆すことになる。

金澤氏の指摘通り、海外に於ける「ジャパニーズシティポップブーム」は一過性のものではないようだ。これ以降、日本のJ-POPのインフルエンスを受けた新たなポップミュージックが北米のみならず様々な国から少なからず登場する可能性が高い。「Plastic Love」から約5年、「真夜中のドア」から約2年、インターネットが世界のシェアのスピードを上げたとは言ってもいろんなカルチャーがしっかり行き渡るのにはそのくらいの時間はかかる。このことは2000年以降、フィジカルとデジタルの両方の領域でマーケティングに携わっていたおかげで自分の中で体感している「時間感覚」で予想がつくようになってきた。

前回まで「真夜中のドア」がどのような背景でジャパニーズシティポップのシーンにフックアップされていたをついてを書き連ねてみたがなぜ数多くの70年代80年代のシティポップの名曲の中で突き抜けることが出来たのかについてより具体的に考えてみたい。

すでに数多くの記事でも指摘されているが「真夜中のドア」は様々なことが同時に自然発生的に起こっている。フィジカルでのリイシューが先行して完成されていたことに合わせてストリーミング配信での旧譜カタログを強化するためにプレイリスト「おとラボ」シリーズを準備していたこと、それに先立ってレーベル内のカタログを再整理していたこと、さらに旧譜カタログの配信実績の定点観測を始めていたことで2020年秋頃からストリーミングの再生回数が上がり始めたことをいち早く察知することが出来た。その時点ではまだTiktokでの動きは察知できていなかったが、先のクラブDJからの和モノ人気、SpotifyやYoutube上の北米インフルエンサーたち作るジャパニーズシティポップのプレイリストの存在を踏まえ、ある仮説というかキャッチコピー的なタグ設定を立てた。

「真夜中のドア」は「Plastic Love」と並ぶジャパニーズシティポップの2大アンセムである。

「プラスティック・ラヴ」はすでにYouTubeにて非公式にアップロードされた同曲の動画が2400万回以上の再生回数を記録しており2020年秋の時点では「真夜中のドア」はUGCのみで公式動画は存在していなかった。しかしこのタイミングで松原みきのベスト盤ジャケを使用したアートトラックの投入、さらに新たなイラストを元にしたリリックMVを追加投入した。上記のタグ設定のもとに各メディアにへのプロモーションに走り出す。前後するが11月には東京中日スポーツで大々的な記事展開を実施、この記事がYahooニュースのトップを飾ったことから国内メディアの流れが一気に変わってきた。


この記事でも触れているがインドネシアのYoutuber、Rainichさんによる「真夜中のドア」のカバーもタイムリーだった。彼女がカバー動画をリリースしたのがまるで示し合わせたかのようなタイミングの良さだったが、後にこのプロジェクトを仕掛けたグリッジ藪井社長のインタビューを読むと東南アジアでのシティポップ人気を踏まえいろいろ試行錯誤した上でのリリースが偶然にもピッタリ一致したことが分かる。個人的には2017〜2018年頃に新しい音楽の動きを感じ、ツイッターやSNSなどで評判になっているバンドやアーティストのライブを飛び込みであちこちのライブハウスで観まくっていた時期に、とても印象的だったevening cinemaの原田夏樹さんのアレンジを手掛けていたこともとても運命を感じたものだった。そういえばウィークエンドはRainichさんのことも絶賛していたことも「DAWN FM」に繋がる流れだったのかと思うと興味深い。

さらに国内では2019年1月に声優/アニソン歌手の中島愛さんによるカバーがリリースされたことも象徴的だ。アレンジはtofubeats、聞くところによると「真夜中のドア」のカバーはtofubeatsさんからの提案だったとか。各セクションのディティールごとにオリジナルスコアにとてもリスペクトを感じるプロダクション、中島さんのコケティッシュなヴォーカルともとてもフィットしていて素敵なカバーに仕上がっている。tofubeatsさんはほぼ同時期に「Plastic Love」のカバーリミックスも手掛けていることも象徴的だ。この中島愛さんによるカバーによりかねてより蠢いていた「ジャパニーズシティポップ」と「アニメクラスター」がコネクトされたのではないかと個人的には感じている。


もう一つ公式の音源化ではないが藤井風氏により2019年2月に公開された「真夜中のドア」弾き語りYoutube動画も大きなインフルエンスを残したのではないかと思う。藤井風さんのような若く才能あるアーティストによるカバーは、中島愛さんと同様にこれまでの「真夜中のドア」を知る層とは全く違うクラスターにリーチすることになったのではないかと思う。そしてここでも藤井さんは「Plastic Love」も引き語りカバーしている。


このような背景が偶然に&奇跡的に重なったこともあり、早い時期から全カタログをグローバルストリーミングサービスに投入完了させていた松原みきの「真夜中のドア~Stay With Me〜」はミームとなってSpotifyのバイラルチャートの上位に入る現象へと繋がっていったが、決定的になった要因はやはりTikTokだった。それまではユーザーが勝手に上げた音源=UGCしか無かった「真夜中のドア」を11月19日にTikTok内で使える公式の音源としてリリースしたことで大きく拡散していく。本当にたくさんの動画に「真夜中のドア」が使われていくことになるのだが最も印象的だったものはこの日系の女の子が日本生まれであろうお母さんに「この曲知ってる?」と聞くこの動画だ。

TikTokの拡散力は本当に半端なく結果として世界中のDSPのチャートアクションを動かし、Apple Musicでは92か国のJPOPランキングでTop10入りを記録、Spotifyグローバルバイラルチャートでの2020年12月10日から12月27日までの18日間連続世界1位にまで到達することになり「真夜中のドア」は名実ともに「Plastic Love」と並ぶジャパニーズシティポップの2大アンセムになったのである。

と、ここまで書いてもう一つだけ「真夜中のドア」という楽曲・トラックが持つ奇跡のような特異性があることについて書ききれていない。「真夜中のドア」シリーズの最後にそのことについて書いてみたいと思うのでもう少しだけお付き合いください。

【追記】

本文中では触れられなかったがシティポップを積極的に取り上げていたバーチャル・シンガー、EMMA HAZY MINAMIさんのカバー(2019)も注目すべきトラックだった。膨大な曲数になってきた「真夜中のドア」のカバーを一つのプレイリストにまとめたものを最後に掲載しておく。


最後まで読んでいただいたありがとうございました。個人的な昔話ばかりで恐縮ですが楽しんでいただけたら幸いです。記事を気に入っていただけたら「スキ」を押していただけるととても励みになります!