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フィッシュマンズ「Chappie,Don't Cry」

最近ふとした機会からフィッシュマンズの1stアルバム「Chappie,Don't Cry」を聴き直す機会があった。佐藤伸治の音楽の本質的な部分やコアだけを抽出したかのようなアルバムが持つピュアネスは一旦置いておいて改めてその音の良さに驚愕している。「映画フィッシュマンズ」でも欣ちゃん(茂木欣一)も譲君(柏原譲)も「それまでどこの馬の骨とも分からない大学生のバンドにいきなりオーストラリアですよ!」、「とにかくレコーディンが楽しかった、U2とか使っているようなスタジオでピーター・ブライトンという一流のエンジニアが素人の演奏に丁寧に付き合ってくれた」「世界規準のレベルで録音されたフィッシュマンズ唯一のアルバム」といった発言がされているのを改めて思い出した。

当時の自分はまだ音楽業界に参加したばかりでよく分かっていなかったが1991年2月まるまる1ヶ月かけてオーストラリアのメルボルンでレコーディングを行っていたらしい。ディレクターのY本君も一緒に行っていたし音楽雑誌担当のK川君も途中からカメラマンとか取材ライターさんを連れてメルボルンにいったような気がする。今思えば丸々1ヶ月の海外レコーディングなんて新人のバンドとしては相当に破格な待遇だがヴァージン・ジャパンとして海外でも通用するアーティストに育てたいと考えた制作ヘッドの大川さんの意向もあったと思う。後から調べてみるとエンジニアのピーター・ブライトン氏もヴァージン・レーベルの仕事が多い方だったから正に「世界基準の録音レベル」な作品だったわけで当時は湾岸戦争も勃発し海外への渡航も制限される中、新人アーティストがデビューアルバムで海外レコーディングに臨めたのは電気グルーヴのマンチェスターとフィッシュマンズのメルボルンぐらいだったのではないかと思う。

「Chappie,Don't Cry」は元ミュート・ビートのこだま和文さんをプロデューサーに迎えたことでリズムの基礎を徹底的に叩き込まれた、中でもレゲエの前身となる60年代中盤のスイートなスタイル、ロックステディのエッセンスを取り入れたという情報は後のインタビューなどでもよく語られている。特にこだまさんがメンバーの教育のために作った「ベスト・オブ・ロックステディ」のテープのこだまさんのダブの効いたナレーションメッセージは自分もディレクターのY本君から聞かせてもらって衝撃を受けた記憶がある。それを元にリハーサルを重ねていったと思われるがそれ以前のスカやレゲエなどのブルービートを取り入れながら今ひとつ腰が決まっていなかった感のあったフィッシュマンズのサウンドから大きく変貌し前進していったことは確かだ。特にソリッドで太いドラムスとあくまで低いベースのリズムセクションの二人は徹底的に鍛え上げられた印象だ。

そんな中で今年の映画公開時のプロモーションで放送されたJ-WAVEの深夜番組「TOKYO M.A.A.D SPIN」にギター小嶋謙介氏が出演し当時の知られざるエピソードが公開されたのが「Chappie,Don't Cry」に収められたインスト曲で唱歌のカバーである「夏の思い出」は日本のRinnky Dink Studioで収録されたものがそのまま採用されたという事実。これは同番組のナビゲーターでありサウンドプロデューサーであるWatusi氏から明かされ、またすでにその頃からZak氏もスタジオに出入りしていたという発言もしていた。Zak氏も当日の番組に出演していて当時のレコーディングの様子を語っているように聞こえたのだがこれについては自分の聞き違いの可能性もあるのでもう一度番組を聞き返せる機会があればよいのだが。アルバムのクレジットを改めて確認するとWatusi氏の本名のAtsushi Tsunodaさんの名前が確認できるのでこれまで特に指摘されなかっただけかも知れないが佐藤伸治の「聞こえる?」というトークバックはメルボルンでのものだと信じ込んでいたから個人的にはちょっとした衝撃ではあった。確かに「夏の思い出」だけスタジオの鳴りが他の曲と違うと感じてはいたが・・・。


それにしても「Chappie,Don't Cry」の音は30年前のサウンドとは思えない質感だ。マスタリングも当時国内マスタリングは最高峰のスタジオの一つと言われていた六本木のサンライズ・スタジオで行われていて当時の邦楽/J-POPではありえない低音域を入れ込んでいたことが分かる。そしてシンプルな楽器で構成された隙間の空いたロックステディのリズムと佐藤伸治が描く優しいメロディと日本語の詞の世界が2021年に聴いても全く古くなっていないということがいまだに世界中に増え続ける若いリスナーたちによって証明されている。今年デビュー30周年に「Chappie,Don't Cry」のアナログLPが重量盤として再発売されたがネットのオーダーサイトに最初にオーダー入れたのはUSに住む18歳の少年だったことをアナログ再発チームのメンバーから教えてもらったことが少し嬉しかった。

最後まで読んでいただいたありがとうございました。個人的な昔話ばかりで恐縮ですが楽しんでいただけたら幸いです。記事を気に入っていただけたら「スキ」を押していただけるととても励みになります!