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「真夜中のドア」はどうやってシティポップのアンセムになったのか(その2)

ABEMA TVでやっているドラマ「30までにとうるさくて」のエンディングに松原みきの「真夜中のドア」が毎回かかっているらしい。ABEMAのドラマは今の地上波ではできなくなったいろいろな部分にちゃんと向き合っていることが感じられるからとても気になる。ただ完全に女子向けドラマようなのでおっさんにはちょっと気恥ずかしいがチェックしてみようと思う。


2000年代前半にインコグニートのブルーイによるインターナショナルな最初のフックアップがあったことは前回のnoteでも触れたが、同時に注目しておきたいのが90年代後半の和製女性R&Bシンガーのムーブメントだ。MISIA, DOUBLE, そして宇多田ヒカルの登場によって女性R&Bシンガーの大ブームとなり各レーベルから様々なR&Bスタイルで歌う女性シンガーたちが登場した。その流れは2000年以降の女性シンガー・ソング・ライターたちにも大きな影響を与えたがこの和製女性R&Bの源流が松原みきであり「真夜中のドア」ではないかという考察がこの頃あったのではないかと予想される。2000年以降Tiptory、洞口桃子、市川藍、平松八千代、土屋浩美といった力のある若手女性アーティストたちによるカバーが再び活発になる。その中でも注目したいのが唐沢美帆による「真夜中のドア」カバーだ。

2004年11月にシングル「君のかけら」のc/w曲としてカバーされた「真夜中のドア」、これが驚くほど原曲に忠実なカバーだった。と云うのも当時の唐沢美帆のプロデュースを担当していたM田氏は先の「Stay With Me (Original Club Mix Mixed By – D.O.I.)を仕掛けた人物だからだ。「真夜中のドア」のオリジナルのトラックの構造を知り尽くした上でのプロダクション、ここで聴ける唐沢美帆のハスキーな声は非常に松原みきを思わせる。ミックスバランスが当時のR&Bの影響が強いものの、かなり確信犯的なプロデュースだと思う。そしてその後、舞台活動など経てTRUEとしてアニソン界でも活躍している彼女の存在が2010年代後半に顕著になるアニソン領域へのシティ・ポップの流れを早い段階で橋渡ししたのではと密かに考えている。


2010年代に入ってくると日本の音楽市場は本格的なダウンロード配信のスタートとCD不況が同時に深刻化する中、過去の邦楽名曲カバーの流れも本格化しこれまで以上にビッグなアーティスト〜岩崎宏美、中森明菜、稲垣潤一、今井優子らによる「真夜中のドア」のカバーが多数登場する。これらの動きと並行して海外、主に北米の音楽好きな若者たちのAORへの再評価とともに日本の70〜80年代シティ・ポップへの人気が高まる。それは90年代後半のロンドン、ゼロ年代のイビサでの和モノバレアリックから来たのか、または2000年以降のファイル交換文化の流れからyoutubeの登場によりVaporwaveやFutureFunkに発展していったのかは自分には分からない。だがいろんな現象が自然発生的に重なり結果として2016年のSpotifyやApple Musicなどのグローバルストリーミングサービスが日本でもスタートする頃にはインターネット上にはすでに竹内まりや「Plastic Love」を筆頭に松原みき、泰葉、杏里、大橋純子、大貫妙子などのジャパニーズ・シティ・ポップの楽曲動画のクラスターが数多くうごめいている状態になっていた。

そして「真夜中のドア」がこの混沌から抜けてきたのにはさらにもう一つ理由がある。長年にわたり日本にAORの魅力を紹介し続けてきた人気音楽ライター、金澤寿和氏による松原みきオリジナル・アルバム・カタログのリイシュー作業だ。2009年に「Pocket Park」を始めとするキャリア前期の6作のアルバム、そして氏のライフワークでもある「Light Mellow」シリーズでの和モノでのコンパイルがスタートし「Light Mellow 松原みき」(2014)をはさみ「彩」以降のキャリア後期の全アルバムをCDリイシュー(2015年〜)を手掛けてくれた。これまでベスト盤やコンピレーションアルバムでしか知り得なかった松原みきの活動の全容が2010年代の早い時期に公開されていたことが大きなアドバンテージになっている。またこの頃からタワーレコードの各店頭では「Light Mellow和モノ」シリーズがレギュラー・コーナー化し配信/フィジカル両面での「ジャパニーズ・シティ・ポップ」の下地が完成されたと言えよう。

金澤寿和氏は最近でも「真夜中のドア」の生みの親でもある林哲司先生のコンパイルを多数プロデュースしている。中でも「松原みき meets 林哲司」では林氏自身に松原みきとの邂逅をインタビューした感動のライナーノーツが掲載されているので機会があればぜひ一読してほしい。


次回は「真夜中のドア」がどうやって世界的なシティ・ポップのアンセムになり得たか、その核心に迫りたいと思います。

最後まで読んでいただいたありがとうございました。個人的な昔話ばかりで恐縮ですが楽しんでいただけたら幸いです。記事を気に入っていただけたら「スキ」を押していただけるととても励みになります!