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きれいな目をしたクライマー

 加藤保雄さんという登山家がいた。天才クライマーである。数々の偉業をなしとげながら、1982年、冬のエベレストに登頂後、下山中に消息を絶った。

 加藤さんが冬のエベレストに挑む数年前、お会いしている。長く生きてきて、多くの人々にお会いした。有名人の方たちにもお会いしてきたが、加藤保雄さんは別格だった。あんなきれいな目をした人には会ったことがない。

 いま、平出和也さんと中島健郎さんという、現代のふたりの天才クライマーが、パキスタンのK2で滑落したとの情報を、彼らの所属する石井スポーツが公式ホームページで報じた。ぼく自身、山はやらない。にもかかわらず、山岳アスリートたちが大好きなのは、加藤保雄さんのきれいな目が忘れられないからである。

 ある山岳番組で、画面に写っている人よりも、それを撮っているカメラマンのほうが何倍もすごいと気づいた。平出さんが絵を撮っていたと知って納得したものである。さすがだった。

 俗に“黒子”あるいは“黒衣”と呼ばれる歌舞伎の舞台での後見役は、役者以上に芝居に精通していなければつとまらない。平出さんたちも主役以上の動きで番組を支えていた。世間にはさまざまなところに黒子の能力が発揮されている。

 中島健郎さんはドロンを駆使して、新しい映像を見せてくれてきた。きっと、このふたりも、加藤保雄さんと同じようなきれいな目の持ち主なのだろう。

 20代の終わり、休日の朝、小田急線で始発の次の電車を利用するとき、車内には前の晩、終電に乗れなかった酒臭い男、ゴルフバッグを持参した男、釣りにいく男、そして、丹沢のどこかの山を目指す男たちがいた。登山姿の男たちはいずれもりりしい。ぼくのザックの中には釣竿がおさまっていた。渓流釣りを早々とやめてしまったのは、彼らに圧倒されたからである。

 K2で滑落した平出さんと中島さんの無事をひたすら祈ってやまない。

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