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女子ボクシング性別騒動から男女の線引きを考察する

パリオリンピックでXY染色体の遺伝子を持つイマネ・ケリフというアルジェリア代表の”女性”が女子ボクシングのアスリートとして参加していることが物議を醸している。ケリフの性染色体はXYで確かに“男性”に分類されるが、実はこの問題は性染色体やテストステロン値だけで割り切れるほど単純な問題ではない。

私たちは普通「男性と女性はあらゆる意味において対立する概念」と考えがちだ。文化的・社会的な性差を一切認めようとしない一部の極端なジェンダーフリー論者でさえも生物学的な男女差は認めている。しかしながら、よくよく考えると、すべての人間が「男性」もしくは「女性」という相反する特別なイデアや原理のどちらか一方に単純に分類できるわけではないことに気づくはずだ。

ある種の魚や昆虫では周囲の環境に合わせて自らの性をオスからメスに、あるいはメスからオスに容易に性転換することが知られている。高等な種になればなるほど、それほど容易に性転換は行われないが、それでも私たち人間の性も常に性ホルモンの影響を受けており、体内の男性ホルモンと女性ホルモンの比率のわずかな変化が私たちの思考・行動パターンに大きな影響をもたらす。

いわゆる男性特有の性質(男性性)と女性特有の性質(女性性)を決定しているのは性ホルモンの支配下にある脳である。人間の肉体はY染色体があれば第一次性徴期(胎児期)と第二次性徴期にアンドロゲンのシャワーを浴びて男性特有の変化を生じる。この際人間の意識をコントロールする脳にも大きな変化が生じる。このシャワーを浴びなければそのまま女性になるわけだ。女性が男性より長生きでストレスに強いのは、元々性の原型が女性であるからではないか。

この脳の変化こそが両性の違いを決定的にするものなのだが、性徴期に浴びるアンドロゲンのシャワーの量には個体差があり、それによって平均的な女性脳とあまり変わらない脳を持つ男性から、平均的な女性脳とは大きく異なる(変形した)脳を持つ男性まで連続して存在することになる。しかもイマネ・ケリフのように、Y染色体を持ちながら第一次性徴期にアンドロゲンのシャワーが不十分だったために男性化が正常に行われず(「性分化疾患」という)生物学的に男性と女性の中間的な性質や外形を有する人間が存在するのだ。

女性の場合も脳形成期における性ホルモンのわずかなバランスの違いにより典型的な女性脳を持つ女性から比較的男性に近い脳を持つ女性まで存在することになる。すなわち男女の違いは外形や生殖器によってのみ決まるのではなく、むしろ脳こそが男女の違いを決定していると言える。男女の違いを決定づけるはずの脳には典型的な女性脳と典型的な男性脳の間にさまざまなレベルの脳(スペクトラム)が存在しており、男女の性は決して対立しているのではなく連続しているのだ。

とはいえ、スポーツ競技における現在の「男女の線引き」の基準が果たして妥当なのか。現在のテストステロン値の検査基準、あるいはそもそもテストステロン値だけで男女の線引きを行うことが果たして本当に適切かどうかを含めて今後改めて検討する必要があるだろう。

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