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育種とは、個性を伸ばそうと根気よく作った品種をきれいだ!と感動してもらうこと

皆さん、こんにちは~。
植物の育種家の体験記を聞き書きしている岩澤です。

私の聞き書きを読んでくれた数人から、「育種家について、これまでこのような文章が書かれたことはない」と言われました。本当かなと思って探しましたが、確かに見つかりませんでした。
これまでになかった新品種、オンリーワンの優れた品種を生み出している育種の記録がなぜ文字に残されていないのか考えてみました。

1つには、「こうやって新品種を作った」と言うと、真似をして同じような品種が作られてしまう恐れがあるので、それは秘密事項であることです。

2つには、交配育種を例にすると、親品種を交配することによって生じたたくさんの子供の個体から目標とするもの、これまでにない特性を持ったものを選ぶときは、いろんな調査もしますが、咲いた花や稔った実を眺めて「これは良さそうだ。これは面白い」とその育種家の感性によって選んだものが新品種になります。
感性で選んで品種にしているわけですから、料理のレシピのように「こうやればできる」と文字に書くことはできないんですね。

育種家にいい品種が作れるとの確信があっても、花が咲いたり実がなるまでは、良い品種ができるかはわかりませんので、口に出さずに育種を続けているのが育種家の姿なんです。

 その長年にわたる育種の労力と経費は、できた品種が売れないと回収されませんから、「時間がかかる、夢を追っても結果が出るとは限らない、儲からないのが育種だ」と言われてきました。そのような状況から跡継ぎが育たず、育種家の高齢化が進んでいるのです。
そして、その育種家が亡くなったりすると、その育種家の経験などから得たノウハウなどは消えてしまいますし、さらに生産する後継者がいないと、誕生した新品種までが消滅してしまうことにもなってしまいます。

 それでも、私達が豊かな食生活、緑あふれる潤いのある生活ができているのは、育種家の努力の賜物です。しかし、育種家の姿はほとんど知られていません。

 私は育種体験を聞いて文章に書いているのは、地道に粘り強く育種を続ける育種家の皆さんの姿を賞賛し、多くの人にその努力の姿を伝えたいと思い、個人育種家が加入する全国新品種育成者の会の委員にもなっているので、書いた育種体験を投稿することにしたのです。
今後も体験を話してくれる育種家の皆さんがいる限り、投稿を続けていこうと思いますので、よろしくお願いいたします。

 今回の体験記は、ラナンキュラスを育種されている宮崎県の綾園芸の草野修一さんです。ラナンキュラスをチューリップ並みに普及させようと、皆に「きれい」と感動させる品種をつくために頑張る話に私も感動して文章にさせてもらいました。

 前置きが長くなって申し訳ありませんでした。
 では、草野修一さんの語られた育種体験記です。


話し手  草野 修一さん

❒ 就農

 宮崎市の西に位置し、国内最大級の照葉樹林を有し、2012 年にユネスコ・エコパーク▾に登録された綾町でラナンキュラスを育種し、生産している綾園芸の草野修一です。私は、千葉大園芸学部を卒業した1978 年 に、22 歳で義理の兄と共同で神奈川県に「愛川園芸」を開設し就農しました。

共同経営は順調でしたが、父が取り組むラナンキュラスの育種のために1990宮崎県に「綾園芸」を作り、独立した経営を始めました。

❒ 花屋でラナンキュラスと出会い、育種を始めた父

 父がラナンキュラスの魅力に出会ったのは、1930年頃渋谷の花屋さんでした。当時書生をしていた父は、来客用の花を買ってくるよう言いつけられて、その花屋でラナンキュラスを見てバラよりもきれいだと思ったそうです。その後、雑誌で日系人のカリフォルニアでのラナンキュラスの大規模栽培の記事を読み、夢に見た父は1933年に花の世界に入りました。

 戦後、サカタのタネの仕事を始め、1950年代前半にその創始者坂田武雄氏▾がアメリカから持ってきた大輪系のラナンキュラスの種苗を見て育種をさせてほしいと懇願し、それからラナンキュラスの育種を始めたと聞きました。

 長年かかって切り花系F1ラナンキュラス「ビクトリアストレイン」を世に出し、その後鉢物のラナンキュラス「F1ワンダーランド」を作り、共に欧米で大ヒットしました。

❒ チューリップ並みに普及させたいと育種を始める

 しかし、1990 年当時切り花ラナンキュラスは欧米では人気があったのに、日本では評価が低く普及しておらず、その訳を知ることとその壁を破り、「ラナンキュラスをチューリップ並 みに普及させたい」との思いから、1990年切り花の生産と育種を始めたのです。

 私は大学時代、浅山栄一先生と横井政人先生に園芸全般を、農場の渡部重吉郎先生に栽培を、育種と農場長を兼務していた飯塚宗男先生に育種を教えていただきました。また近くに父と技術の高い従業員もいて、栽培、育種、採種を学びました。サカタのタネの先輩たちからも、様々な育種のアドバイスをいただきました。

❒ 欧米で人気でも売上げが伸びなかった「ビクトリアストレイン」
 
 育種を始めた当初は、栽培する農家が儲かる品種を作ることに重点を置きました。その当時の品種(ビクトリアストレイン)は、花は大輪で花色もクリアーな原色でとてもきれいでした。しかし、晩性で茎が太く曲がる性質がありました。

 欧米で人気があったのは、気候的に栽培適期が長いため、一番花の切り始めが早生系より1か月遅くても、栽培期間を通してみるとトータルでは沢山切れ、初めは太くて曲がる茎も途中から割と素直な茎になるからでした。しかし、栽培適期の短い日本では一番花の切り始めが1か月遅いことは致命傷になってしまい、売り上げが思うほど上がらなかったのです。

茎の太い品種
茎の細い品種


 またバブルの最盛期は、カスミソウの最盛期で軽い雰囲気のものが好まれ、重たい感じのラナンキュラスは流行とは真逆でした。

❒ 様々なきれいな花を育成し、コレクションを始める

 そこで早生、豊産、中輪、茎がすらっとしてしなやか、花色はクリアーな原色、そしてF1という目標を設定しました。それに向かって育種を進めていると、原色ではないのにいろいろな綺麗な花が出現しました。主にパステル調や、グリーンの要素のある花、奇形とも思える変わった花弁の花等です。

それを見て、妻や従業員の女性たちが、「これは綺麗!絶対売れるよ!」と言いました。花屋のことは良くわからないので、「そういうものなのか?!」と、その花の活かし方、さらに先に花を進めたらどうなるのか?と思いつつ材料として保存し、目標のF1育種と並行して別方向にも漠然とした目標を持ちました。

 そのころ、私の育種の恩人でもあるサカタのタネの須田元専務から、「作ったものが儲かる育種、いいね!でも、花の育種で最も大切なのは、見た人にうわー綺麗!素敵!という感動を与えられることなんだよ!」と言われ、ハッとさせられました。そして、ラナンキュラスのコレクションが始まったのです。

 不安でもやってみないとわからずに育種を続ける

 育種は「簡単でいて難しい」と言うと「一体どっちなんだ!」と言われそうですが、私なりに感じたのは「やってみないと分からない!」ということです。

大学では、F1育種▾は「二つの純系に近い系統を作って掛け合わせると、両親より優れた性質のそろった子供ができる」と学びました。「純系系統」他殖植物▾の場合、近親交配を繰り返すことになり「弱勢」になっていきます。

 この時にこのまま近親交配続けていいのか?かなり不安を感じてしまいました。結果5-6代目でF1を作ったところ、思った以上の子供を得ることができ「大学で学んだ理論は正しかった」と思いましたが、途中では目標に近づいているかわからず、不安ながらも続けるしかないと進めていました。経営が決して楽ではなかったので、なおさらのことです。周りの許容があったからできたことです。「継続は力なり」と言われますが、その意味が良く分かりました。

 メリクロン技術の活用により、どう売るかの悩みが解消する

 F1品種の育成で目標以外の副産物もたくさん集まり、「どのように売ればよいのか?」と思い悩んでいるとき、幸運にもメリクロン▾技術を活用できる環境を手に入れることができました。メリクロン技術は既に実用化されていましたが、ビジネスとしての利用は別の話でした。かかった経費以上の利益を上げなければ事業は成り立たないのですが、その道が一気に開けたのです。

メリクロン技術を活用できるようになると、今まで「いかに均一にそろえることができるか!」が一番の育種の目標でしたが、たった一つでもよいから「いかに飛びぬけた個体を得るか!」という別方向にも目標を持つことができました。

 無駄な物を捨てることから、個性を引き出す育種に転換

 これまでのF1育種は、「無駄なものや余計なものをいかにそぎ落とすか!」「いかに均一のものを作り出すか!」に重点を置いて、外れるものは見つけ次第捨てられていました。グリーンや茶色の要素が見られると、目の敵のように捨てられたのです。

しかし、メリクロン増殖が利用できると発想が一転し、「いかに植物が持っている隠れた特性を引き出してくるか!」ということが大事になりました。そのために実生から出きた個体の特徴を見て、今までにない特徴を見逃さずに観察・考察することが大切になります。そして、その後代がどうなるかを期待を持って進めていくことになります。

❒ コレクションは、求めに応じたスピーディーな供給を可能にする

 実生していくと変わったものが出てきますが、その先は「育種は捨てること!」となるわけです。でも、私は「育種は捨てることであり、同時に育種は捨てないこと」だと思っています。自分の持つ手ごまをいかに沢山にするか?それは市場に求められたときにいかにスピーディに供給できるかにつながるからです。

それでも、それが経営の負担にならないようにバランスをとることが求められます。実際に種苗販売していくと、定番品種と流行品種をいかにバランスよく販売するかが難しい問題になります。

 個性化の時代となり、持っていた多くの品種を送り出せる

 20世紀は全ての産業で「規格品を大量生産し市場に投入していく時代」でした。自動車にしろ、家電にしろ、花にしろ製品を安定的に大量に供給することが第一でした。しかし、平成になってバブルがはじけた頃から「個性化の時代」が始まったと思っています。全ての商品で、バラエティー豊かな商品がどんどん出てきました。

花の世界でもパリ発そして東京発で、結婚式やパーティーの飾りつけやブーケ等が日本中に広がっていきました。そんな時にたまたまというべきか綾園芸では沢山の品種が圃場にあり、それがちょうど時代に受け入れられる形で世に出していくことができたのです。幸運でした。

 ラナンキュラス、ラックス等多くの品種を育成し、生産者の安定
 した評価を得る

 これまでの育種により、ラナンキュラスでは「エムホワイト」他21品種、種間雑種▾のラナンキュラス・ラックスでは「アリアドネ」他8品種を品種登録及び商標登録することができました。 ラナンキュラスでは、早生、豊産、茎が固く真っすぐ、バラエ ティ豊かな特性、ラックスでは花弁に強い光沢のあるスプレー咲き、高温に強くボトリチス病に強い特性の品種となっています。

花びらの細いラナンキュラス  ラムリア


ラックス アリアドネ(2012ジャパンフラワーセレクション 最優秀賞受賞

 
 ラックスは、世界に数百種あるラナンキュラス属の原種のひとつと従来の園芸ラナンキュラスを交配して育成した種間雑種です。交配親の原種には花びらがピカピカと輝く特性があり、もしピカピカのラナンキュラスができたらどんなに感動的な花になるだろう!という思いで育種したので、できあがった花の輝きを見たときは言葉にならない感動を覚えました。

 花弁が光るので「ラナンキュラス+ワックス」から「ラックス」と名づけました。個々の品種名は、ギリシャ神話に登場する名称を付けています。ラックスの花の色は、咲き始めは濃く、咲き進むにつれてシルバーやゴールドのような模様が出てきて輝くようなつやがあり、光が当たるとピカピカ輝くように見えます。
さらにラックスはスプレー咲きで、蕾も開花する素晴らしい性質も一緒に獲得し、目標を一気に解決したようなまれな幸運に恵まれました。近年当社では、このラックスの販売に力を入れています。

 初めて市場にラックスを発表したとき、園芸界の専門家はすぐに高い評価をしてくれたのですが、一般の花店が欲しがってくれるも出には時間がかかりました。はがゆい思いの中、あちこちに宣伝したりサンプルを送ったりしていました。
余った球根を花壇に植えていたら、適した場所では宿根▾することが確認されました。また、あちこちで植えたまま2年目にも芽が出てきたという話が多くなって皆が大喜びし始め、興奮した人達がSNSで発信してくれたおかげで、その後は自分が思っていたよりもかなり速い速度で人気が広がっていきました。今年は、種苗供給能力が追い付かない問題に直面しています。

 自分で育種したラックスですが、新しい植物だけにわからないことだらけというのが現状です。特に栽培方法は地域によって違いもあり、それぞれに問題を解決していくしかありません。生産者や趣味化の方たちにもお知恵をいただきながら、前に進んでいきたいと思います。これからも可能な限り、皆さんに喜ばれる新色が出せれば幸いです。

 当社の出荷は、当初は市場出荷が主でしたが、現在は生産者への種苗販売がほとんどとなっています。今のところ、生産者の評価が安定し、種苗の注文も増加しています。

❒ 根気よく続けて、きれいと感動してもらえるのが育種の醍醐味

 育種は「子供を教育するように、植物が本来持つ能力を引き出し、個性を伸ばすもの」だと思います。目標がはっきりしていて根気よく続ければ、出てくるものがあるものです。

 育種は誰でもできると父は言っていましたが、その作業はできても続けていくことは意外に難しいと思っています。ある意味単純と思われる作業の積み重ねの結果、「これはすごい!」、「これはきれい!」と言ってもらえることが育種の最高の醍醐味だと思います。今後もしっかりした定番商品を作りながら、見たこともない新品種を目指していこうと思っています。

 最後まで読んでくださりありがとうございました。
 1つお願いがあります。
 育種家が高齢化していると述べましたが、秋田県横手市に住む渡部泰藏さん87歳の育成したバラの「秋田おばこ」は、現在品種登録に出願されて国の審査を受けています。

秋田おばこ

その渡部さんは「高齢となったので、どなたかに秋田おばこを生産して欲しい」と言われています。希望する方がいれば、お知らせください。
                          岩澤弘道
                  iwa,hinsyudebyu.512@gmail.com

                         

            用語(▾印)解説
 
ユネスコ・エコパーク: ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の認定制
            度の1つで、正式名称は「生物圏保存区域」。自然と人間社会の共生
            ができているモデル地域として登録された地域。日本では、綾、屋
            久島、白山、大台ケ原・大峰山、志賀高原の5か所が登録されてい
   る。

坂田武雄(1888-1984):  文部省役人の長男として東京に生まれ、東京帝国
   大学農学部実科を卒業。農商務省海外実業練習生として、アメリカや
   ヨーロッパの苗木商で経験を積み、1913年に横浜で坂田商会を創業し
   て植物種子の生産輸出を始め、1942年に坂田種苗と改称し、社長に就
   任したサカタのタネの創業者。

F1品種:  優良な特性を持った親株同志を交雑(交配)して作られている
   品種。交雑によって生まれた一代目の子で、雑種第一代(first filial)
   から「F1」と呼ばれる。でも、そこから採種した二代目は、そのF1の
   良い形質を維持できずに品質低下することがほとんどのため、F1品種
   を栽培し続けるためには、毎回種子を購入する必要がある。

他殖性植物: 別の個体の雄しべからの花粉が、めしべに受粉することに
   よってしか種子ができない植物。これに対して、同じ個体のおしべの
   花粉が、めしべに受粉して種子ができ、その形質が劣化せずに継代で
   きる植物を自殖性植物という。

メリクロン: 茎頂培養のこと。メリステム(主として茎頂のメリステ
   ム)とクローンをつなぎ合わせた言葉で、植物体の茎の頂端部分の細
   胞は分裂が激しく、一般にウイルス病にかかっていないため、この細
   胞を培養するとウイルスフリーの植物体を作ることができる。

種間雑種: 同じ属に含まれる異なる種同士の間の交雑によって生じる雑種第
   1代。

宿根: 宿根草の略。冬は地上部が枯れて、地下部が休眠状態で越冬し
  、春に再び生長・開花する多年草。

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