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生産現場の要望に応え、育種家の少ないアスパラガスの開発に取組む・・・30年以上をかけてグリーン品種と紫品種の6品種を育成

    皆さん、こんにちは~。お変わりなく、お元気でお過ごしでしょうか。
 新年も早いもので、もう2月中旬となり、東京でも春一番が吹きました。1年で最も寒い月ですが、春は着実に近づいています。乾燥していますので、風邪などにかからぬように、お互いに注意していきましょう。

 さて、私トゲルは、これまで21人の植物の新品種を生み出す育種家の体験記事を書いてきました。花や果物の新品種に取り組む個人育種家(主に農家)を、多く取り上げてきました。穀物、野菜等は、県などの試験場や種苗会社が育種に取り組んでいるので、個人育種家が少ないのです。

 それでも、何とか野菜などの育種に取り組んでいる人の育種体験も記事にしたいと思って探したところ、酪農学園大学教授の園田さんが、以前育種家の団体(全国新品種育成者の会)で講演をしてくれたことを思い出し、今回話し手となって登場していただくことができました。

 野菜というと、キャベツ、大根、ニンジン、ほうれん草等を思い浮かべると思いますが、園田さんは世界を見ても品種育成を行う人がとても少ないアスパラガスの育種に30年以上携わって、6品種のアスパラガス新品種を開発されました。

 生産者からの要望を受け、他に育種された事例も少ないからこそ、自分がやり遂げようとの意欲をもってアスパラガス新品種を作り出すという大変に困難な挑戦に取り組まれた体験を聞き、私も感動して貴重な体験を聞いて記事にできる喜びを感じながら、文章を書かせていただきました。

 では、どうぞ、酪農学園大学の園田教授の育種体験です。最後まで読み、感想等をコメントいただけると幸いです。


話し手  園田高広さん

❒母の育てるバラを見て、花の育種家になる夢を持つ

 北海道の石狩平野の中央、札幌市の東側に位置する江別市。そこにある酪農学園大学の教授をしている園田高広です。

 大学の職員となったのは2011年ですが、その前の福島県農業試験場にいたときの1992年からアスパラガスの品種開発を行っています。

 私は福島県の太平洋に面し、スパリゾートハワイアンズ(旧常磐ハワイアンセンター)のあるいわき市で育ちました。母は、自宅をバラの庭園にするほどバラが好きで、たくさんのバラを育てていました。そんな環境でバラに囲まれて育った私は、いつのまにか将来は花の育種家になりたいと思うようになっていたんです。
 

❒福島県農業試験場職員となり、病害研究を担当

 東京農業大学農学部に入学し卒業して、洋ランセンターを作るという会社に3年勤め、国の生物資源研究所に移った後、27歳で福島県農業試験場の職員となりました。そこで、病害を研究対象とする病理昆虫部に配属となったんです。

❒産地の要望に応えるアスパラガスの新品種育成の業務に就く

 そしたら、しばらくして試験場にこれまでになかった育種部門が創設されることになり、県内の農業現場から試験場が取り組むべき育種の要望の聞き取りをしたんですね。そこで、国内有数の露地アスパラガスの産地である会津地方から「被害が多発している茎枯病▾に抵抗性を持つ品種を作ってほしい」という要望が出されたんですよ。

 それで、病理を担当していた私が野菜部研究班に入ることになってね。アスパラガスの育種を行うことになったんです。思っていた花ではありませんでしたけど、1992年27歳で育種に携わることができました。
 
 

❒北海道農業試験場での研修でアスパラガスの育種を学ぶ

 アスパラガスについては、十分な知識がなかったんで、1994年に我が国で唯一アスパラガスの育種研究をしていた北海道農業試験場(現北海道農業研究センター)で半年間研修を受け、アスパラガスの育種について学ばせてもらうことができました。
 
 

❒県内の生産圃場を巡回し、遺伝資源を収集

 当初は、茎枯病抵抗性品種の育成をめざすことにしたものの、元となるアスパラガスの遺伝資源が1株もなく、さらに病害抵抗性を評価する手法もありませんでした。

 ですから、初めは遺伝資源の収集から行ったんですよ。福島県内の100圃場以上を巡回し、茎枯病が多く発生している圃場の中で発病していない株のうち、若茎の頭部の締まり、色、太さなどが優れていそうな株にマーキング(印をつける)して、それを3年間継続観察するんです。その結果、安定していた株を遺伝資源として採種しました。
 
 

❒育種を効率的に行える育種方法を開発

 それと並行して、茎枯病を検定する手法であるVC検定法の開発もしました。病害以外のアスパラガスの特性についても、早期特性検定法と早期萌芽性検定法も開発しましたね。

 これらの手法を組み合わせた育種法を行ったことで、育種が効率的に行えるようになったんです。それまで、10~15年かかっていたアスパラガスの育種が6~8年に短縮できるようになりました。

❒育種目標を病害抵抗性品種から良質多収品種の育成に変更する

 育種開始当初は、茎枯病の抵抗性品種の育成を目標としていましたが、試行錯誤の結果、アスパラガスの栽培種の中には茎枯病に強い抵抗性を有する品種がないことが明らかになったんで、その後は良質多収品種を目標にする育種に取り組みました。
 
 

❒交配を実施できるまでに行った準備作業の苦労

 育種は交配することから始まるんですけど、私が取り組んだアスパラガスの育種では、当初は遺伝資源の収集と維持、育種手法▾の開発だけを行っていました。

 遺伝資源として収集したアスパラは、毎年鉢を大きくしてなくてはいけなかったので、最後は大きな果樹用の100ℓのポットで栽培して維持するようになったんです。育種手法を構築する必要もあったので、まだ交配に用いていない遺伝資源の株を途中で廃棄するわけにはいかないですからね。アスパラガスは雌株と雄株があって両方の株が必要ですから、維持していた遺伝資源の鉢は300株近くもあったんですよ。100ℓの大きな鉢は、とても重くてね。2~3月の寒い時期の移動や鉢替えする作業には、苦労しましたね。
 


❒収集した遺伝資源の交配を行い、3次に渡る選抜を実施

 やっと遺伝資源として収集した品種の交配にたどり着けたのは、4年後になってしまったんですが、その時は嬉しかったですね。

 その後、交配して播種した翌年に播種した幼苗を用いて1次選抜▾を実施しました。その選抜した系統を圃場に定植して、2年間の2次選抜(圃場試験)、5年間の3次選抜(圃場試験)を行いました。試験場で3次選抜を開始して2年後には、試験場以外のアスパラガスの栽培をしている現地での試験(現地試験)を行って、新品種としての開発を終了しました。

 育成の途中で、生産現場から「紫アスパラガスの品種が欲しい」との要望が出されたんですね。ですから、それに応える育種にも着手しました。 

二次栽培試験圃場(最初のカバー写真:ハルキタルの露地栽培試験圃場)

  

❒育成中はほとんど休まずに作業に当たる

 育成中は、収穫、管理作業、遺伝資源の維持保存(培養増殖を含む)、さらに現地圃場の巡回調査などを4月~9月まで、ほとんど休まずに仕事をしていましたね。

 そんな中を支えてくれた家族、同僚や上司、現地試験に協力してくれた生産者の皆さんには、感謝するしかありません。
 


❒グリーン品種「ハルキタル」外2品種、紫品種「はるまきエフ」を育成

 その結果、福島県農業試験場勤務のときには、交配から8年後にグリーン品種「ハルキタル」と「春まちグリーン」を育成し、続いて、紫品種「はるまきエフ」を交配後6年かけて育成、グリーン品種「ふくきたる」を交配後11年かけて育成し、それぞれ品種登録▾を受けることができました。
 

ハルキタル(4年生株)
 
ハルキタルのホワイト(4年生株)

❒大学でも育種を続け、紫品種「RG紫色舞ファースト」外1品種を育成

 私は酪農学園大学の職員になってからも、引き続きアスパラガスの育種を続けています。大学では、交配から6年をかけて紫品種の「RG紫色舞ファースト」と「RG紫色舞ルーチェ」の品種を育成、登録することができました。

RG紫色舞ルーチェ(5年生株) 

 

❒生産者からの要望、育種家の少ない品目の育成に取り組むことがモチベーションに

 私が取り組んだアスパラガスの育種は、遺伝資源の収集、育種手法の開発を行わなければ育種を始めることもできず、交配後も長期間を要する作業でした。それでも、6品種の開発ができたのは、生産者からの要望がモチべーションになった気がします。期待されていると感じたことで、諦めずに取り組むことができたと思っています。

 また、アスパラガスの育種家は、世界でもとても少ないんですよ。それを思うと、自分がやらなければ生産者が必要な品種、消費者が望む品種が作られないんじゃないかとの気持ちが自分を奮い立たせてくれたように思います。
 
 

❒「ハルキタル」の普及状況と反響

 私の作った新品種の生産と販売の状況、反響などを話させてもらいますね。

 最初に育成した「ハルキタル」は、やや淡緑の全雄品種▾で、茎数が多く多収、生産物の揃いの良い品種です。開発当初は、許諾▾先が全農福島で福島県に限定した普及でしたが、許諾先が代わり全国で栽培が拡大しています。育成時に現地試験に協力してくれた生産者が、「これは俺が作りたかった品種だ」と言ってくれたのが印象に残っています。

 東北大震災で避難していた親戚が「おいしそうなアスパラがあった」と言って「ハルキタル」を買ってきてくれました。品種名は書いてなかったのですが、特徴から自分が作った品種だとわかりました。自分の仕事が社会から受け入れられたと感じ、嬉しかったです。
 

❒「春まちグリーン」の普及状況と反響

 「春まちグリーン」は、緑色で萌芽が遅く、ポリフェノール含有量の多い品種ですが、「ふくきたる」が後継品種となったことから、採種は取りやめられています。

 「ハルキタル」と「春まちグリーン」は、育成完了と同時に私が現地に入り、普及に当たったんですよ。それもあって、主要産地の会津地方で順調に普及が進んだと思っています。
 

❒「はるむらさきエフ」の普及状況と反響

 「はるむらさきエフ」は、南会津地域からの強い要望で開発しましたが、栽培面積は増えていないようです。試作中の九州では良く取れると言われていて、消費者から食味がグリーンより良くて柔らかいと評価され、高価格で販売されており、福島県外での普及が期待されます。
 

❒「RG紫色舞ファースト」と「RG紫色舞ルーチェ」の販売状況と反響

 「RG紫色舞ファースト」は、春の萌芽が早く着色が明るく鮮明、「RG紫色舞ルーチェ」は、若茎の着色が明るく鮮明で収量性が高く、共にギフト販売を手掛ける農業生産法人の要望で開発し、北海道内だけでなく関東や九州でも作付けが徐々に増えています。鮮やかな紫色でグリーンやホワイトと合わせたギフトとして好評だと聞いています。    

RG紫色舞ルーチェ(5年生株)


❒特性を最大限に引き出す栽培方法を検討

 でも、それぞれの品種とも、聞こえるのは良い評価だけではないんですね。育種した者として、100%要望を満たす品種はあり得ないと思うので、特性を最大限に引き出して短所を抑える方法を考える必要があると思っているんですよ。
 

❒育種の魅力

 育種をやってきて、その魅力を感じる機会はいくつもありましたよ。交配するときにイメージした特性を持つ品種が作れたとき、開発品種が生産現場で活用されたとき、スーパーなどで売られていたのを見たときなどですかね。自分の仕事が世の中に役立ったと思えますからね。

 育種は、品種の特性を引き出すことだと思っています。私は、育種に取り組むことで栽培法などについても学ぶことができ、若い時にやりたかった花ではありませんでしたが、アスパラガスの育種をして良かったと思っているんですよ。
 


❒多くの協力者の支えがあったことで、品種開発できたことに感謝

 これまで育種を続けてきて、本当に多くの方々に協力いただけたんですね。育種の仕事は基本的には一人だったんですけど、これらの人達の支えがなければできなかったと思っています。

 育種にかかわって30年以上が過ぎましたが、今でも付き合いが続いているんですよ。これが、育種の経験からつかんだ大きな収穫だと思っているんです。
 

❒長い年月がかかって困難でも、社会に役立つ育種ができることは幸せ

 これから育種を志す人や若い育種家の皆さんに言いたいのは、育種は品種ができるまで、そして普及するまでに長い年月が必要となる仕事です。作物によっては、私が行ったアスパラガスのように育種手法まで開発しなくてはならないこともあります。しかも、その苦労が実を結ぶかどうかは不確定なんですね。

 それでも、様々な人たちの協力を得て育成できた品種が世に出て評価される育種の仕事にかかわれることは、とても幸せな仕事ですから、ぜひ育種の仕事に踏み込んで頑張ってほしいですね。
 
❒今後も、高温耐性品種等の育成に挑戦
 現在アスパラガスでは、気象変動に対応するために高温耐性を有する良質多様な全雄品種、冬期の労働力と所得を確保するための早期萌芽性を有する伏せ込み促成栽培▾用品種の育成が目標となっていますので、それらの特性を有する品種開発に引き続き挑戦したいです。
 
❒東南アジアで生産できる新品種育成とその栽培法の開発に取り組む
 最近は世界、特に経済が発展してきた東南アジアでアスパラの需要が増大しているんですよ。でも、生産に様々な課題があって生産面積は増えていないんですね。今後は、東南アジアで安定して生産できる新品種とその栽培法を開発したいと考えています。

 一方で気候的な問題から、東南アジアでは日本のアスパラガスの品質を再現することは難しいと考えているんですね。したがって、東南アジアでのアスパラガスの需要を喚起することができれば、品質の良い日本のアスパラガスの需要も増え、国内生産の振興にも寄与できると思っています。 
 
           

        育種用語(▾印)解説

茎枯病: アスパラガスで最も被害の多い病気。土中のカビが原因で発病
   し、茎に褐色の斑点ができ、茎全体に広がり、枯れてしまう。
 
育種手法: 新品種を育成するために取り組む方法(技術)。アスパラガ
   スは茎枯病に抵抗性などを持つ品種を育成することにしたが、その品
   種を開発する育種の方法(技術)が定まっていなかった。
 
選抜: 交配などの育種作業により得られた多くの植物体の中から、有用な形
   質を持つものを選び出すこと。
 
品種登録: 苦労して植物の新品種を育成した者に、その生産・加工・販
   売を独占する権利である育成者権を与え、その権利を保護する制度。
   この精度は、関係国がそれぞれの法律に沿って実施しており、日本で
   は種苗法に基づいて申請のあった品種について、農林水産省が審査
   し、新品種として認めた品種を登録している。
 
全雄品種: 品種は、その特性がばらつかず均一であることが必要です。
   アスパラガスには雌株と雄株があり、半分づつ(1対1)の割合で混
   在しています。雌株の着果や形質が不ぞろいにな等の課題があるの
   で、特性が均一になるように全ての株が雄株となるように作られた品
   種が全雄品種で、アスパラガスで近年育成される品種は、この全雄品
   種が主流となっています。性染色体(X染色体とY染色体)を用いて説
   明すると、雌株はXX、雄株はXYですが、雄株に稀に発生することにあ
   る両性花(めしべと雄しべのある花)が自殖(自分の花の雄しべの花
   粉とめしべの間で受粉)すると、その後代が雌1(XX): 雄2
  (XY):超雄1(YY)に分離するので、そこから超雄株を選抜します。
   アスパラガスの育種では、この稀に発生する両性花を探し出して収集
   することが大変です。
 
許諾: 育成者権で独占的に育成者に認められている権利を、希望する第
   三者に許可を与えること。許諾により希望する生産者や販売業者など
   にその品種の生産や販売を行うことが認められる。許諾を行う場合
   は、育成者と許諾相手との間で許諾契約が締結される。 
 
伏せ込み促成栽培: 露路圃場で1~2年ほど生育させたアスパラガスの
   根株を掘り取り、ビニールハウスに設置した温床へ伏せ込むことで11
   月~2月の冬期間に収穫する寒冷地向きの作型のこと。この作型は、
   冬期間の所得確保、労働力と遊休施設の活用が図られるため、通年雇
   用する生産法人などでも取り組まれています。 


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