株式譲渡契約書(4)

ひろです。
さて、株式譲渡契約書(SPA: Share Purchase Agreement)の続きです。

~ここから過去の記事~

今回は「誓約(Covenants)」と「補償(Idemnification)」を紹介します。

誓約(Covenants)
「誓約」(または「義務」)ですが、株式を売買するということ以外の、売買に付随・関連する買手・売手の義務を規定するものです。
「●●をすること」と「●●をしないこと」と、作為・不作為の双方が誓約になることが想定され、不作為を求めるものについては、特に「Negative Covenants」と呼ばれることもあります。

誓約はその時期について大別すると、①クロージング前の誓約と、②クロージング後の誓約、の2つに分けて考えることができます。

①クロージング前の誓約
これには、(i)そもそも取引実行上で必須の行為、(ii)取引実行を円滑化する上で必要な行為、等があります。

前者(i)の例としては、株式譲渡の承認や、(重要な)契約にChange of Control条項がある場合の対応(株主の変動が契約解除事由となる場合に、契約を解除しない同意を取得すること)、許認可の取得、取締役変更のための手続きの実施、取引実行の前提条件(CP: Conditions Precedent)の充足のための努力、等が挙げられます。
まあ、「CP充足のための努力はいたしません! よって取引は起こりませんのでよろしく!」ではどうしようもないので、順当な内容かと思います。

後者(ii)の例としては、「善管注意義務に違反することなく、通常業務の範囲内で(ordinary course of business)、過去の業務と矛盾がないように、事業の運営を行う」というものがあります。
その延長線上にありますが、組織再編行為(合併等)や定款変更、新株発行等を行わないように、個別に義務付ける場合も多いです。
また、他の例としては、買収対象会社の情報に、必要な範囲で買手にアクセスさせる義務(PMI【Post-Merger Integration】のため等)や、Confirmatory Due Diligenceとして補足的なDue Diligenceに協力する義務を、売手に負わせること等があります。

なお、既にご紹介の通り、「誓約が履行されている」ことがCPとして規定されているため、誓約に従わない場合は、「CPを充足しないため、クロージングが起きない」ということになります。
よって、「買手・売手が望む条件を満たすことなく、クロージングすることはない」ということになります。

②クロージング後の誓約
「②クロージング後の誓約」については、たとえば売手の競業避止や勧誘禁止、買手の既存従業員の雇用条件の維持、辞任する役員の役員責任の不追及等があります。

「競業避止」は、売手がその後の一定の期間、買収対象会社と競合する事業を行わないようにするものです。
何しろ売手は当該事業のノウハウを持っているわけなので、それこそ「売却で獲得した資金を使って、改めて新規事業として参入します!」とか言われたら、買手としては困ってしまいますよね。そのようなことを抑止します。

「勧誘禁止」は、厳密にはSPA締結時点から(クロージング日からではなく)クロージング後まで一定期間、継続するかと思いますが、「さて、売却も決まったことだし、対象会社の優秀な人材を今のうちにどんどん引き抜いておいて、売却する時にはもぬけの殻にするぞ~!」と言われても買手としては困ってしまうので、それを禁止するものです。

「雇用維持」は、まあ、売手が気にする場合は義務付けるものですね。
ただ、義務違反になったからと言って、売手に損害が発生するわけでもなく、SPAはあくまでも買手と売手との間の契約であり、従業員と買手が契約を締結したわけでもないので、法的な責任追及には若干のハードルがあるようです(どちらかというと、モラルやレピュテーションの問題)。

「辞任する役員(売手から派遣された役員等)の責任の不追及」は、表明保証等で一定のリスク分担(何を買手負担として、何を売手負担とするか)について整理しているにも関わらず、役員としての責任の追及を可能にしていると、結局「SPAの枠外で買手が売手(関連の役員)に対して責任追及することが可能」ということになるので、買手が責任を追及しないようにしておくものです。

補償(Indemnification)
さて、今まで「表明保証」と「誓約」について紹介してきましたが、クロージング前・後に、それらに違反があったと分かった場合は、それらに起因して発生した損害に対する「補償」を相手方に求めることになります(買手・売手とも)。

これは、たとえば「表明保証に不正確な点があるけど、いい機会だし、黙ったまま売却してしまえ!」と売手が考えたとしても、「クロージング後に発覚すれば、それによって買手に生じた損害については回復が要求される」状況を担保しておくことで、「当事者間での公平性を保つとともに、そもそもそのような事態が生じることを抑止する」ということです。

さて、実際に補償を請求する際には、その金額については、たとえば以下のような考え方を経ることになります。

①1つの事由による損害金額が一定の下限を超えている場合で(de mini mis)(たとえば2.5百万円)、
②①に該当する損害の累計金額が一定の下限を超えた場合に(basket/floor)(たとえば50百万円)、
③一定の上限金額(cap)まで補償を請求できる。

①と②は、軽微な金額の損害まで逐一補償していたら実務的にあまりに煩雑であることを踏まえ、「一定の下限を設定することで、いたずらに補償を請求するようなことがないようにしよう」というものです。
補償の対象が②の全額なのか(threshold)、累積額が下限を超過した金額分なのか(deductible)は、考え方として分かれることになります。

なお、以上は補償の対象金額の代表的な考え方の1つですが、他にも複数パターンがあります。

補償金額の下限・上限にしても、たとえば「株式保有そのもの等の根本的な表明保証について違反があれば補償金額の下限・上限は適用しない」、「意図的であったり、詐欺的行為であったりする場合は上限を適用しない」等となることもあります。

さて、以上が金額の考え方ですが、補償の請求可能期間については、さすがに「際限なく永久に補償をします!」というのはさすがに売手にとって厳しいですから、数年間等の一定の期間の区切りをもって、補償を請求できる期間が終了することが一般的です(どんなに短くとも、1回の本決算をまたぐような設定になるかと思います。不正が発覚するとしたらその場面が想定されますので)。

さて、このように損害を相手に請求できる便利な「補償」ですが、実は補償に関連して「モラル・ハザード」問題が起きることがあります。
ここで、買手・売手とは関係ない第三者との間で紛争が生じ、かつ、それに起因した損害がSPAに基づき補償の対象となるような場合を想定しましょう。
すると、当該SPA締結者としては、「後からSPA相手に補償が請求できるんだから、とっとと紛争相手の要求を呑んで終わらせてしまおう」と、まともに交渉を行わなくなってしまうことが考えられます。
すると、「本来的には金銭的損害を交渉によって減少させることが可能であったにも関わらず、相手の主張をあっさりと受け入れて過大な金銭を支払う」という問題が発生することになります。
そこで、「そのような第三者との紛争が生じた場合は、その対応については補償の請求先となるSPA相手方に一定の関与を認める」ことを、SPAに規定することがあります。「関与を担保することで、相手方がモラル・ハザードに陥ることを封じる」ということです。

補償についてはこんな所です。

~ここまで過去の記事~

ではではまた。

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