「望ましい投資単位」(1)

今更ながら『宗教の経済学 -信仰は経済を発展させるのか-』を読んでいて、「地獄信仰」(現世での行いによっては来世で罰を受ける=いわば「鞭」)と経済成長と明確な相関関係があり、しかも「天国信仰」(いわば「飴」)よりも相関関係が明確、ということで、とても面白く感じた、ひろです。

でも確かに、もし現世で罰されずに済むのであり、かといって人知を超えた「地獄」も存在しないのであれば、もうモラルとかどうでもよいですよね。「正直、節約、勤勉等の美徳が否定されるが故に経済成長が阻害される」というのは大変に興味深い話です。逆説的にとらえれば、「経済成長のためには道徳を維持する必要がある」とも言えそうですね。

さて前置きが長くなりましたが、今回は「望ましい投資単位」という、耳慣れない言葉についてお伝えしようと思います。

「望ましい投資単位」

実は東証には「望ましい投資単位」というものがあります。
ここで言う「投資単位」とは、「取引所で取引される単位」のことであり、株式の場合は「株価×単元株数」の意になります。
その投資単位に、「望ましい」水準があると言うのです。
一体どのような水準だと言うのでしょうか。

実は東証は明快に水準を出しており、「望ましい投資単位」とは端的に以下の水準です。

「5万円以上50万円未満」

東証は、個人投資家が投資しやすい環境を整備するために、上記の水準を明示しています(参考)。
現在における上場株式の単元株数はすべからく「100株」ですから(後述)、株価で表現するとずばり「5百円以上5千円未満」ということになります。

されこれは「個人投資家」が念頭に置かれた水準ということです。
確かに、個人投資家で「売買の都度何百万円・何千万円という金額を動かさなければ取引所取引ができない」ということなら、余程の富豪でもない限り、そもそも投資をすること自体、難しくなってしまいますね。
個人投資家を十分に取引所に引き付けるために設定した水準ということなのでしょう。

※厳密には単元未満株取引により何とか取引できなくもないですが、約定タイミングに制限があるので不便です。魅力的な取引環境とは言えないでしょう。
たとえばSBI証券ですと、注文は24時間可能ですが、約定タイミング(及び価格)は以下の通りになります。

SBI証券HPより)

※「なぜ『5万円』という下限があるのか? 高過ぎると取引しづらいのはわかるが、低い分には個人投資家は困らないのでは?」との疑問も生じる所です。
調べた所、どうも大幅な株式分割を行った結果投資単位が低額になり投機的な取引が誘引されて東証が全面売買停止に陥ったライブドア事例等を受けて設定されたようです(参考)。


これまでに、以下の通り50万円未満の投資単位となる会社は年々割合として増加し、2021年9月末時点では93.1%となっています。

東証HPより)


「望ましい投資単位」の維持

東証は、「望ましい投資単位」を各社に維持させるべく、有価証券上場規定において、以下のような「努力義務」を課しています。

(望ましい投資単位の水準への移行及び維持に係る努力等)
第445条
 上場内国株券の発行者は、上場内国株券の投資単位が5万円以上50万円未満となるよう、当該水準への移行及びその維持に努めるものとする。
 追加〔平成21年8月24日〕

有価証券上場規定

努力義務であるため強制的なものではありませんが、このように義務として明示することで、一定の効果を図っています。

また、投資単位が「50万円以上」となった会社については、以下のように、投資単位の引下げに関する考え方及び方針等を開示を求めることとしています。

(投資単位の引下げに関する開示)
409条
 上場内国株券の発行者は、上場内国株券の最近の投資単位(1単位当たりの価格をいう。以下同じ。)として施行規則で定める価格が50万円以上である場合は、事業年度経過後3か月以内に、第445条に規定する水準へ移行するための当該発行者の投資単位の引下げに関する考え方及び方針等を開示しなければならない。
 一部改正〔平成21年8月24日〕

有価証券上場規定

なお、投資単位が「5万円未満」の場合には特段考え方や方針を開示する義務はありません。
これは、「望ましい投資単位」にするための能動的な手法(株価の上昇・下落を受動的とするならば)として、上昇した場合には株式分割(1株→2株等)、下落した場合には株式併合(2株→1株)がありますが、株式併合のハードルが高い(株主総会特別決議が必要・単元未満株式が発生、等)ことを踏まえたものでしょう。
いくら「望ましい投資単位」にするためとは言え、考え方や方針として何か出させるのも難しい、ということなのでしょうね。

さて、このような「望ましい投資単位」を維持するための手法や事例については、次回の記事にてもう少し深堀りをしたいと思います。

ではではまた。

補足:単元株数について

上述の通り、現在の上場会社の単元株数は全社「100株」です。
2007年から東証が「売買単位の統一」のために動き出し、「100株」に統一完了したのが2018年です。

こんなに時間がかかったというのも、2007年時点では単元株数は「8種類」も存在していました(1,000株、100株、1株、500株、10株、50株、200株、2,000株、の8種類)。
もうカオスですね。株価が「100円」でも投資単位は10万円、1万円、100円…のいずれでもあり得るわけです。
それが何とか2014年に100株と1,000株の「2種類」に統一され、2018年に晴れて100株の「1種類」となったという経緯です。

東証HPより)


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