コーポレート・ファイナンス サーベイデータ②投資決定・流動性管理

ひろです。

とても大好きな漫画にジャンプ+で連載されている『左ききのエレン』があります。原作はこちらですが、リメイクによりジャンプ+版ではストーリーも読みやすくなり、かつ、1巻から今に至るまで飛躍的に作画のnifuniさんの画力が上がっていき見ごたえもあります。

さて『日本のコーポレートファイナンス: サーベイデータによる分析』を引き続き眺めていきたいと思います。

投資決定

投資決定の基準・手法について問うたサーベイです。
2011年の調査であるため現在は多少は状況が変わっている可能性もありますが、大幅には変化していないとひろは想定しています。
日本企業は、実際には何を駆使して投資決定に至っているのでしょうか。設備投資の結果について、上位から見ていきたいと思います。
(上位=「ほとんどいつも」「いつも」(使う)を選択した割合の高い順)

1位:回収期間(56.9%)
栄えある1位は回収期間です。キャッシュフロー(CF)を算出し、累積CFが当初投下資金金額に至るまでの期間を算出し、一定の基準(T年間)を満たしているのであれば投資を実行する、というものです。
いわゆるファイナンス理論における現在価値といった観点は入っていない点には留意が必要ですが、わかりやすさが重視されたのだと思います。

2位:会計上の収益率(43.4%)
こちらは、会計上の利益率が目標数値を上回っていれば投資を実行する、というものです。たとえば、投資プロジェクトの予想利益の平均を投資金額で除算して算出します。
これまた、ファイナンス理論における現在価値云々とは無縁の指標ですし、また、キャッシュフローに注目した指標でもありません。

3位:収益性指標(32.4%)
正味現在価値(NPV: Net Present Value)を応用した指標として、NPVを当初投下資金で除した指標です(PI: Profitability Index)。PI>0であれば投資実行となります。
NPV>0の時点で投資実行という判断で問題はないですが、資金制約がある場合にPIの多寡を比較し高い順に実行する、という判断のための指標です。

やっと3位に「the ファイナンス」っぽい内容が出てきましたね。なおNPVそのものは5位ですし、4位はIRRでした。
一応高位に入ってくることはよかったですが、なんということでしょう、「ファイナンス」を学んで日本企業に入社すると、意思決定に最も使われているのはファイナンスではなかった、という落ちが待っているのです。

ここで面白い分析が続いているのですが、なんと、そういった日本企業の中でも、①時価総額が大きな企業は様々な手法を駆使している、②PERが高い企業はNPV、IRRやハードルレートをより用いている、といったことも明らかになっています。
時価総額が大きな企業はスタッフも有能であったりマンパワーが潤沢であったり、ということはあるかとは思いますが、PERといった株価指標から見ても差異があるとは驚きです。
「PERなどの価値評価を高めたい企業は、NPV等のファイナンス理論をしっかりと実践すべき」という含意があるようにも思います。

脱線した少し面白い話としては、経営者持株比率が低い企業の方が意思決定に投資基準を用いる傾向が強いことですね。逆に言えばオーナー意向が強くきく企業にはフォーマルな投資基準とは異なる判断基準があるのかもしれませんね。

なお書籍には米国やドイツとの国際比較もあります。端的には、米国はさすがにファイナンス理論に基づく投資基準(NPVやIRR)が上位となります。会計上の収益率は5位にも入らないです。
日本ではまず用いられないリアルオプション分析も27%が「ほとんどいつも」「いつも」用いるというのは驚愕ですね。
ドイツは、回収期間が1位ではありますが、ほぼ同様にNPVやIRR、リアルオプション分析が用いられれているようで、日本と似ている面もありつつ、やはり違いは見受けられます。

現金保有と流動性管理

書籍の章立て全て1つ1つ通すと結構な分量になってしまうので、1つ飛んでこちらを取り上げます。
このサーベイは、
①企業は将来の有利な事業機会や投資機会への備え、あるいはキャッシュフロー不足に備えて余剰資金保有をするのかという、動機・目的を明らかにする
②過剰な余剰資金保有は株主への利益還元を損なうという考えに対する企業の考え・意識を調べる
ことを目的に実施されました(他の目的もありますが、本稿で取り上げないポイントは捨象しています)。

サーベイの結果としては、「将来、予想外の投資案が生じた時の備え」「将来のキャッシュフロー不足に対する備え」が重要と回答した企業が8割を超えました(いわゆる予備的動機)。「マクロ的な金融危機に対する備え」も5割と意識する企業が多く、実際に手元流動性を確保する傾向を強めていったこととも整合的な結果となっています。
また、かといって資金調達するにしても「資金調達時の取引コスト」や「資金調達にかかる時間」も5-6割が意識しており、株式や負債を公正な価格で発行できる能力も4割と重要なファクターであることから、資金調達すること自体へのハードルがあることもうかがわせています。

特徴的な点としては、「余剰資金の少なさが効率的な経営を可能にする」としたのは2割に過ぎず、活用しないことのマイナス面よりも上述のようなメリットの方を重視しているようです(あるいは、マイナス面をあまり意識していない)。
別の国際調査では2位の重要性であったようなのですが、日本では低位です。余剰資金の運用収益率と、負債利子率や総資本コストとの差もあまり意識されておらず、低金利環境の影響もあると思われます。

書籍ではほかにもいろいろな分析があるので、是非とも手にとってみてください(というか、結構はしょりました。全てに言及するとものすごい文章量になってしまうので…)。
今回はここまでとします。

ではではまた。

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