エクイティ・ファイナンス(3):公募増資②

ひろです。
それでは公募増資について、ケーススタディを続けていきましょう。

~ここから過去の記事~

前回は公募増資のコストである

①公募増資公表による株価下落による機会損失
②公募価格のディスカウント
③証券会社に支払う手数料

のうち、①について書きましたので、「②公募価格のディスカウント」から話を再開します。

さてリリース(『発行価格および売出価格等の決定に関するお知らせ』)を見るとわかる通り、公募価格は、「3,138円」と決定されました。
リリース中にも最後に<ご参考>として記載がありますが、6月16日の終値は3,236円でしたから、発行価格は時価から▲3.0%のディスカウントとなりました。平均が3.3%なので、概ね「平均的なディスカウント率」と言えそうです。

さて、そもそもですが、なんで「ディスカウント」なんてしないといけないのですかね。
しないで済むのなら、是非とも時価そのもので発行したいですよね。
そしてまた、このディスカウント率は、何を背景に決定されるのでしょうか。

この点についても、いろいろと説があります。例の通り、『日本のエクイティ・ファイナンス』から紹介していきます。

(1) 情報の非対称性仮説:
投資家間に情報の非対称性があり、情報劣位の投資家は公募に応募すると割高株を掴むことになり損をするため、結局は応募しなくなってしまう。
すると公募を販売し切れないため、ディスカウントによって情報劣位の投資家にも安心して購入してもらう。

(2) 不確実性仮説:
不確実性が高いと投資家は情報収集にコストをかける必要が出てくるので、不確実性が高いほど大きくディスカウントをする。

(3) 保証仮説:
引受主幹事証券会社の名声や投資家からの信頼を考えると、割高な株を販売すると名声の失墜のコストが大きい。よって、名声の高い証券会社が引き受ける株式は過大評価されたものではない可能性が高いため、ディスカウントは小さくてすむ。
また、銀行系証券会社は銀行を通じて内部情報を把握しているため情報優位な状況にあり、また名声失墜を恐れるため、銀行系証券会社が引き受けた場合はディスカウント率が更に抑えられる。

(4) 利益相反仮説:
銀行系証券会社について、親会社の銀行が融資先企業の経営危機を情報の優位性から市場よりも早く把握した場合、株式を発行させて融資の保全を図る可能性がある。
その場合、子会社の証券会社は、名声の失墜リスクはあるものの、親会社の意向・利益を優先させる可能性がある。
銀行系証券会社のそのような行動可能性を考えると、投資家は、銀行系証券会社が主幹事である場合にはより高いディスカウント率を要求する。((3)とは真逆の結論が導けてしまうのです…)

(5) マーケティング仮説:
新株の需要曲線が右下がりであると想定し、右下がりの傾きが激しいほどディスカウントが大きく要求される所、たとえば共同主幹事である場合などでマーケティングが多く行われるのであれば、需要曲線がよりフラットになるため、ディスカウント率が下がる。
また、景気拡大期には需要拡大から需要曲線がよりフラットになるためディスカウント率が低くなる。
また、発行規模が大きいと、需要との関係からディスカウント率はより高くなる。

(6) 機関投資家による情報生産仮説:
情報を収集する機関投資家が購入する規模が大きい会社は、将来性について有望とみる機関投資家が多いことを意味しており、販売が比較的容易となるためディスカウント率が下がる。

(7) 一時的なプライス・プレッシャー仮説:
大量の株式が市場に流入すると投資家はポートフォリオ再構築が必要となり追加的なコストが発生する。
発行規模が大きいほどコストも大きくなるため、発行規模が大きいほど要求されるディスカウント率は高くなる。

…等、書籍には他にも紹介されていますが、ちょっと多すぎるので、いったん止めておきます。

実証検証結果も記載されていますが、情報の非対称性仮説、不確実性仮説、銀行系証券会社による保証仮説、マーケティング仮説、機関投資家による情報生産仮説、プライス・プレッシャー仮説、空売りによる情報生産仮説(本ブログ未紹介)、リスク・ヘッジ仮説(同左)、端数切り下げ仮説(同左)、と整合的な結果が得られたとのことです。

さて、次に、「③証券会社に支払う手数料」に行きましょう。
発行手数料については、今回はいわゆる「スプレッド方式」がとられました。つまり、差額(スプレッド)を証券会社が手数料として徴収する方式です。

ご参考に、公表時のリリース(『新株式発行および株式売出しに関するお知らせ』)には以下のような記載がありました。

引受人の対価:
引受手数料は支払わず、これに代わるものとして国内一般募集および海外募集における発行価格(募集価格)と引受人より当社に払込まれる金額である払込金額との差額の総額を引受人の手取金とする。

上記の通り、先ほどの価格決定のリリースでは「発行価格」が3,138円とされていますが、「払込金額」は3,008.56円となっています。どうやら発行価格の4.125%が引受人の手数料として支払われたようです。平均が5.4%ですから、平均よりも低くなったようです。
余談ですが、リリースの通り、資本金は手取りの1/2しか増加させませんが、これは資本金を増額させると登録免許税(0.7%)を支払う必要があるからですね。そのため普通は1/2より多くを資本金に入れることはしません(残りは資本準備金)。

さて、この手数料水準にも決定要因についての仮説が存在しています。
上記で紹介したディスカウント水準の決定要因のように、不確実性や証券会社の名声、銀行系証券会社等に関する仮説が出てきます。
仮説の列挙もちょっと疲れてきたのと(笑)、手数料については「証券会社の名声が高いと手数料が高くなる」と「証券会社の名声が高いと手数料が低くなる」、「引受証券会社と継続的な関係があると手数料は低くなる」と「引受証券会社と継続的な関係があると手数料は高くなる」といった、真逆の仮説が普通に出てくるので紹介が面倒なので(笑)、本ブログでは詳細の紹介はしませんが、興味がある方は書籍を是非とも手に取ってみて下さいね。

実証研究としては、名声の高い証券会社の手数料は高く(交渉力がより高く、また審査も丁寧であるため)、銀行系証券会社は非銀行系証券会社よりも手数料が高く(密接な関係から証券会社がより高い交渉力を持つため)、販売が容易であると手数料が低く(流動性が高く、発行規模が小さい、空売り制約が少ない等)といった結果が得られたようです。

…さて、こうして、様々なコストを支払っていくことで、めでたく三井不動産は3,000億円をGETすることができた、というわけです。
公募増資についてはここで終わります。

~ここまで過去の記事~

ではではまた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?