コーポレート・ファイナンス サーベイデータ①時系列概観

ひろです。
今回からは、日本のコーポレート・ファイナンスに関するサーベイ(アンケート)調査を取りまとめた『日本のコーポレートファイナンス: サーベイデータによる分析』が興味深かったので、そちらを参考にしつつ所感を書いていきたいと思います。

コーポレート・ファイナンスの実証分析手法

コーポレート・ファイナンスの実証分析手法としては、アーカイバル調査(理論に基づく仮説をデータから検証する)、事例研究(特定企業の事例で分析)、サーベイ調査(アンケートをとる)、の3つがあります。
サーベイ調査のメリット・デメリットとしては、①担当者の考えを直接に問うことができる、②結果のみならず動機や目標も質問することが可能、といったメリットがある一方、①回答した企業群が母集団を代表しないことがある、②回答内容がそのまま正しいとは限らない(考え方と行動は一致していないかもしれないし、回答が本当の考え方を示していないかもしれないし、そもそも誤解して回答している可能性もある)、といったデメリット(注意点)があります。

とは言っても、本書を手に取ればわかる通り、日本の上場企業に対して、これだけ多様な内容についてのサーベイが取りまとめられたものはなかなか無いはずですから、本書のデータは相当に貴重なものと思います。
2003年から15年以上にわたり11回行ったサーベイを取りまとめたとのことで、論文形式でファイナンス専門雑誌に掲載されていたものを、1冊の書籍として取りまとめられた価値を感じられるものと思います。

さて以下は、基本的に書籍の構成に従いトピックを取り上げていきたいと思います。

日本企業の時系列概観

さて、日本の上場企業数について、1977年には1,500社程度でしたが、その後順調に数を増やしていき2007年前後には4,000社を超え、その後減少したりしたものの概ね3,500-4,000社の間に収まっています(2021年1月時点では、3,860社らしいです(参考))。
時価総額は上場企業数に比べるとボラティリティが極めて高く推移していますが、長期的スパンで考えれば上昇基調にあり、1977年には全上場企業で50兆円程度であったものが、2018年には600兆円を超えています。企業数も増えているのである程度は当然としても、それ以外の要因(個別企業の株価上昇、新規上場企業の大規模化)もあることは伺えます。

資産総額も、1977年には200兆円未満であったものが、2018年には1,400兆円近くまで上昇しています。1990年頃のバブル崩壊を契機に資産増加のペースはなだらかになっていますが、ほぼ一貫して増加傾向にあります。
一方、負債についても100兆円強→900兆円程度、と1990年頃を契機に増加がなだらかになることも含めて資産と類似した動きを見せますが、お気づきの通り、負債比率は減少傾向にあります。負債比率の平均値の推移としては、80%弱から50%弱にまでほぼコンスタントに下がり続けています。これは、負債を「有利子負債」に限定しても傾向としてはほぼ同様の結果が得られます。
このことから、筆者は「日本企業のメインバンクモデルなど金融機関などから負債に頼った成長モデルが変化していることを物語っている」としています。

負債比率が減少した一方、エクイティ・ファイナンス(普通株式、転換社債、新株予約権)に目を向けても、実はほぼ一貫して減少傾向があります。2003-2006年には5兆円超のエクイティ・ファイナンスが実行されましたが、傾向としては一貫して減少し続けており、2019年頃には2兆円を切っています。
2008年の金融危機以前の傾向としては、「TOPIXが高水準にあると(株式市場が好調だと)普通株式の発行が増加する」という相関が観察されていたものの、以降は「TOPIXが上昇していっても普通株式の発行は減少傾向にある」と、真逆の相関が観察されるようになりました。マクロにおけるこのような傾向については、筆者は「低金利政策による有利子負債の増加、伊藤レポートのROE水準を意識した財務選択など」が考えられるとしています。
そこで更に「普通株式の発行」を「公募増資」と「第三者割当増資」に分解したデータで見てみると、実は2011年以降、金額ベースで公募増資>第三者割当増資であったものが、2016年頃から第三者割当増資>公募増資、に切り替わるという現象が観察されています。
筆者は「ROE水準に対する投資家からのプレッシャーから、余裕のあるうちの公募増資を見送り、ギリギリまで追い込まれたタイミングで第三者割当増資を通じて資本増強を行っている可能性」を示唆しているものとしています。ただ、この点は本来的にはもう少し細かな分析が必要な気はします(第三者割当増資を行った企業が財務的に困窮しているのか否か等の精査)。

手元流動性(現金・現金同等物、短期有価証券)については、資産・負債とは異なり、1990年頃のバブル崩壊を経た後は徐々に減少傾向にありましたが、2008年頃の金融危機を経てからは顕著に上昇傾向を見せています(手元流動性比率も17.5%未満から23.5%へ)。
ただ、過去には確かに「日本企業の手元流動性が国際的にみても高い」との指摘がありましたが、近年はGAFA等も軒並み高く、国際的に(先進国も発展途上国も)手元流動性が増加している傾向が検証されているそうです。

書籍には他にも、有配比率のコンスタントな上昇傾向、近年の自社株買いの増加傾向、M&A総額の増加傾向、特にその中でもIN-OUT(国内企業(IN)が海外企業(OUT)を買収)が2006年以降ほぼ一貫して過半を占めていること、取締役会ガバナンスの変遷、株主構成としての金融機関持株比率の減少と、個人(中小型)・外国人(大型)の持株比率の上昇、といった概観が取りまとめられています。

このように、資金調達(負債も株式も)が減少していき保有現金が増加し、株主還元も増加していく成熟社会・企業がM&Aに取り組む、という大まかなマクロ的傾向を確認した上で、サーベイを眺めていきたいと思います。

結構長くなってきたので、いったんは概観で記事を終了させたいと思います。

ではではまた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?