株式譲渡契約書(1)

ひろです。
ここからは株式譲渡契約書(SPA: Share Purchase Agreement)について記載していきます。
もちろん書籍を参考にしています。

~ここから過去の記事~

さて、実際に「では株式を譲渡しましょう」となれば、まさか口約束として「言った・言わない」の世界に突入するわけにもいきませんので、SPAを締結することになります。

その主な記載項目としては以下の通りです。

前文等
譲渡の基本条件
クロージング
取引実行条件(CP: Conditions Precedent)
表明及び保証(業界日本語で「レプワラ」: Representations & Warranties)
誓約(Covenants)
補償(Indemnification)
解除・終了
その他

項目だけを見ても「何のことやらさっぱり」ですね。順々に細かく見て行ってみましょう。

なお、ひろは弁護士ではないので、法的な内容にはあまり踏み込みません。あくまでも概要の説明とともに個人的な所感を記載していくのみです。
「細かな法律論について議論がしたいの!」という方は、素直に法律事務所や弁護士に相談しに行って下さいね。法律論の議論の相手先として、ひろはright personではございません。

前文等
これは、総則として「誰が何をしようとしているのか(誰から誰に株式が譲渡されるのか)」を平易に記載する所です。
英語の契約書の場合は「WHEREAS, …」という単語が各文章の冒頭に記載されることが多いため、俗に「whereas clauses」とも呼ばれています。
前文にどのような法的な効果があるかは、準拠法によっても異なり、日本においてはあまり明確ではないようです。とは言っても、冒頭に総括的な記載がある方が形式として通常であることは否めない、ということかと思います。
前文については他には特に言及するようなことはありません。前文に続いては、契約書中の単語の定義が続くことが多いですが、単なる単語定義に過ぎませんので、紹介は割愛します。

譲渡の基本条件
端的には、「いつ、いくらで取引を行います」ということを記載するものです。

「いつ」という点については、特定の日付の場合もあれば、「CP充足後●日後」というようにフレキシブルな記載になる場合もあります(たとえば独禁法対応等で「いつ終わる」と断言できないようなもの等)。

「いくら」についても、実は必ずしも定まっていないことがあります。
単純な「特定金額」ということにはならず、ここで「価格調整条項」というものが入り込んでくることがあります。
これは、「契約締結からクロージング日までにそれなりの期間があるわけで、その期間における価値変動分を調整した方がよい」という考えに基づくものです。
代表的なものは、「Completion Adjustment (Closing Accounts等の呼び方もあり)」と呼ばれる方法です。
これは、クロージング時点における貸借対照表(BS)を作成し、基本的には「純有利子負債が増加/減少している!」→「株式価値をその分だけ減額/増額」、「運転資本が減少/増加している!」→「株式価値をその分だけ減額/増額」、という調整を行うものです。「企業価値ベースの評価を前提に、株式価値の調整を行うもの」と捉えると分かりやすいですね。
「何故純有利子負債と運転資本の双方で調整し、その調整方向が逆(増加・減少と株式価値調整の関係が逆)なのか?」という点については、たとえば、「純有利子負債だけが調整対象になっていたので、売手として在庫を出来るだけ積み上げないようにして現金を捻出し、純有利子負債を減少させた」→「株式価値向上!」とやられてしまうと、買手としては、結局在庫を今後また正常な水準まで積み上げるのに資金が必要になってしまうからです。そのような悪意なくとも、「契約締結後にたまたま大口の注文が入りました!」→「在庫減少による現金創出」→「株式価値向上!」といったことも十分に考えられます。こんなことで株式価値を逐一向上させていては大変です。よって、純有利子負債のみならず運転資本も価値調整においては考慮する必要があるわけです。
何だか悪い方にばかりの書きぶりになっていますが(笑)、売手としても、「契約締結後に正常に稼ぎ出した分については、株式価値にプラスとしてしっかりと反映される」というメリットもあるわけですから、一概に悪い話ばかりではありません。

なお、このような調整メカニズムを伴わない「Locked Box」という方法も、特に英国案件では多く見られるそうです。
こちらの基本的な考え方は、「契約締結前の特定時点のBSを基準として、まるでその基準日時点で株式を譲渡したかのように捉え、その後の価値向上分は買手に帰属すると考える」というものです。そのため、買収価額は基準日時点のBSを基に決定します。そして、その後の“価値流出”(配当等)がないように売手が買手に確約する、というものです。
ということで契約締結後の価格調整を行わないため、面倒くさい「クロージング時点のBSを作成して…」という作業がなくなります。
Locked Box方式の場合、「基準日時点で株式が譲渡されたかのように考える」わけですが、実際のクロージングは当然、基準日よりもずっと遅いことになります。すると、売手にとっては「もし売却対価を基準日時点で受領していたならば、その運用によって更に資金を稼得することができたはず」ということで「うべかりし利益(逸失利益)」が存在する、と考えることが可能になります。その考え方から、基準日からクロージング日までの間に一定の利率(売手のうべかりし金利収入のイメージ)を乗算し、価格に上乗せすることがあります。
考え方としては分からないでもないですが、まあ、ひろの私見としては、論理的にはこの際に売手がとっているリスクは買手のクレジット・リスクに過ぎないため、「一定利率」も精々「買手のクレジット・リスク相当分が論理的には妥当」と考えています。「もしエクイティで運用していたならば…」とか言われても、「でもそんなエクイティのリスク、ここではとっていないですよね?」という印象が否めません。
いずれにせよ、「契約締結時点で価格が確定可能」という点で、「Seller-Friendlyな方法」とは言えると思います。

ということで、価格決定の考え方については、価格調整を行うCompletion Adjustmentと、調整がないLocked Boxという、大まかに2つの考え方があることをご紹介しました。
もちろん、こんな面倒くさい考え方のみならず、クロージング時期が十分に近い所で予見可能であれば、単純に「この価格で取引する。以上」と終わることも考えられると思います。

さて、実は更に、価格調整については「Earn-Out」という方法もあります。この考え方は、「一定金額はクロージング日にお支払いしましょう。ただし、その後の分は今後の実際の業績次第とします」というものです。
具体的な業績の判定時期としては、取引実行から1~3年の期間をとることが多いとされているようです(1~3年後に追加的な支払いを実施)。
では「Earn-Outではどのような業績指標を活用するのか」という点ですが、主には売上高、EBITDA、純利益等のようです。或いは、顧客数等の非財務指標が用いられる場合もあるそうです。「どの程度、当該業績指標を達成していれば、どの程度追加的に支払われるのか」は、契約次第です(業績がよいほど追加的な支払いも増えるのか、一定水準を達成すれば一定金額が支払われるのか等)。
Earn-Outの問題点としては、価格が確定しないこともさておき、売上高はともかくとしても「EBITDA等『利益』を指標とする場合は、買収後の事業運営を行う買手にとって有利なように経営指標を誘導する誘因が存在する」ことですね。それこそ、「修繕を前倒しに実施することで修繕費を該当年度だけ積み増す」「親会社となる買手に経営指導料を支払う」等、やろうと思えばできることは多くあります(利益でなくキャッシュ・フローを指標とする場合も同様です)。
これらの懸念については「契約上の買手の義務や指標の計算方法等の工夫によって可能な限り抑制する」ということになるかと思います。
ひろ個人的には、買手・売手間の妙な利益相反をクロージング後まで延々と持ち込むのはあまり好きではありません。「余程業績見通しについて買手・売手間で乖離があり、Earn-Outでもなければ合意できそうにもない」ような場合にだけ検討すればよいのではないか、と思ってしまいます。

さて、このような価格調整は価格調整として、一方で、支払方法自体の工夫というのも考えられます。
たとえば①一部対価の支払いについては後払いにする、②エスクローを活用する、といった方法です。
このような取り決めがなされる背景としては、主には後ほど出てくる「補償」が関連します。
売手に全額を当初に渡すと、実際に補償を請求する際には既に使用してしまっており事実上回収不能であったり、そもそもファンドであれば会社として解散していたり…ということが考えられます。そのため一部を後払いにしておくことで、補償の実効性を担保しておく、というものです。
エスクローについては、「後払いだと売手としては買手のクレジット・リスクをとらなくてはならない」ということがあるため、そのようなことを回避するために活用する方法です。
これは、エスクロー・エージェントに対価の一部を支払っておく(後払いではない)ことで、何事もなければ売手はエージェントから対価を引き出せるので「支払い済み」という事実を担保するとともに、「いざ買手が売手に補償を請求する際には、エスクローにその金額が保全されている」というものです。
後払いとは異なり、売手が買手のクレジット・リスクをとる必要はありませんが、一方、エージェントに対する追加的費用が発生することにはなります。買手・売手の信頼関係や性質に応じて考えることになるかと思います。

ということで、長くなったので今回はここまで、とします。
ひろは「間違いがないように」ということでそれなりには気を付けますが、間違いがあったからといって一切責任をとるつもりはありませんので、悪しからず。まあ、これはトピック問わず当ブログ当初からのスタンスですので、情報の活用は自己責任でお願いしますね。
不安な人はどうすればよいのか? 素直に法律事務所を雇いましょう!

~ここまで過去の記事~

まあ、特に補足する内容があるものでもないですね。
ではではまた。

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