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移りゆく景色 1 (連続短編小説)

「よ! ジン、ちゃんと食べてる?」

水曜日のノー残業ディに、
岸田伊都(いと)は
ほぼ毎週、ジンの下宿に顔を出す。
 
ジンこと、西村仁は
京都方面の大学に通う
台湾系日本人で、伊都の彼氏である。

伊都は、大阪市内の某外資メーカーに
勤めて1年目の新入社員である。
 
「食堂で食ってるから、いいんだ、
それに、今から飲み会。
一緒に来るか?」
 
大学生の飲み会に誘われて
伊都は鼻で笑う。

「どうせコンパでしょ」

「違う、野郎ばっか」

「じゃ、社会人の私にたかるつもりや」

図星をさされて、
ジンはがはは、と笑う。

高校生の頃から知っているが
ジンは体も態度も一回りほど
大きくなった。
 
付き合い始めて5年。
出会った頃はまだ16才だったなんて
信じられないくらい
世慣れていたジン。

今では、伊都の上司よりも貫禄があって
しっかりしている。


「ばぁちゃんは、元気か?」
 
伊都と会うたびに聞くのは
伊都の祖母、芙美の様子である。

高校生の頃から、
伊都や伊都の弟たちと同じくらい
ジンを可愛がっている芙美に、
ジンは仔犬のように懐いていた。

「元気だけど、もう80過ぎだからね、
また遊びにきてやってよ。
ばぁちゃんもいつもジンに会いたがってる」

ジンは嬉しそうに笑うと、
今週末、岸田家に遊びに行くと約束した。
 
ジンの父親は、母の再婚相手だった。

ジンがまだ小学生の頃、
父親のアキラが急逝してすぐ
母親が再婚したのだ。

元々大阪に住んでいたが、
母親の再婚相手が神戸のアイランドの
豪邸に住んでいて、
ジンは高校生になって
伊都と知り合ってから、
ほどんど、実家には帰っていない。

岸田家が半分、
父アキラの友人夫婦の家に半分、
残りは、通称従弟で通している
樫井朋明のところで過ごしていた。
             
                続

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