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僕たちの景色 9 完 (連続短編小説)

時の流れは穏やかに過ぎ、
僕も亜矢も還暦を迎えた。

ジン、トモ、伊都が、それぞれ
赤いものをプレゼントしてくれた。

ジンは、僕に赤いチャンチャンコを
(絶対要らないと言った時点で、
これにすると決めてたらしい)
伊都は、亜矢に、素敵な赤のカーディガンを、
そして、トモは僕たち夫婦のために
ハートと十字架をモチーフにした
赤い絵をプレゼントしてくれた。

「十字架はクリスチャンの亜矢さん、
ハートは、俊さんとラブラブが続きますように、
って意味で」

トモの説明に少し照れたが、
淡い色調のその絵は、大事にリビングに
飾ることにした。

三人がにぎやかに帰って行ったあと、
亜矢はいつものように温かい
紅茶をいれてきてくれた。

「不思議ね、自分たちの子供がいない分、
よその子が集まってきてくれる」

亜矢はうれしそうに、赤いカーディガンを
羽織り、トモの絵を見つめた。

「アキラが亡くなってから、もう7年か。
ジンも立派な浪人生になって」

僕は吹き出した。
どうしても伊都と同じ大学に行きたかった
ジンは、その大学以外は受験せず、
見事浪人生活に入ったのだ。

「ねぇ、アキラさんって、本当に
トモの存在、知らなかったと思う?」

突然、亜矢に聞かれ、僕はうなった。

「死んだ今じゃ、知ってるだろうけど・・・」

「今、じゃなくて、生前よ」

僕はしばらくアキラの性格を考えた。

「・・・知っていたような気がする」

「よね」

亜矢は短くそう答えた。

「今となってはいい関係に落ち着いてる
けど、当時は、大変だっただろうし、
これからも、どうなるのかしらね」

亜矢の言葉に僕は首をかしげた。

「それぞれが大人になって、
それぞれの道をいくんじゃないか?」

亜矢は、そうね、とつぶやいた。

「いずれにしても、私たちの
出番は、今までほどなくなるわね」

亜矢は、少しさみしそうに、でも
なんとなく肩の荷が降りたように言った。

「・・・君にとっては、負担だったことも
あったのかな?」

僕は思わずたずねる。

「そんなことないわよ、楽しかった」

「もう終わりみたいな言い方だな」

「節目ってことよ。
アキラさんみたいに突然いなくなるんじゃなくて
静かにフェードアウトしていくの」

亜矢の澄んだ瞳には、幸せだった時間に
感謝するような色が浮かんでいた。

誰に感謝してるのか。
神さまか、アキラか?

僕は心の中でつぶやいた。

アキラ、お前のおかげで楽しい時間が
過ごせたよ。
お前自身も自慢の友達だったけど、
お前の息子たちは、愛おしい友達に
なってくれたよ。
僕にとっても、亜矢にとっても。

よせやい、というアキラの声が
聞こえてくるような気がした。

俊兄たちはこれから第二の人生だ。
オレにはなかったけどな、わっはっは。
せいぜい楽しんでくれ。

本当にそんな声が聞こえたのかどうか、
なんとなく亜矢と目が合い、
笑みがこぼれた。

「人生、長いから、これからも
よろしくね」

亜矢にそう言われて、僕はこちらこそ
と頭を下げて、テーブルに額をぶつけた。

亜矢の笑い声が心地いい。

僕はそんな景色に感謝した。

               完


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