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[メモ] イングランド銀行の論文に基づいて、金融政策の構造を整理してみよう

【当記事は15分で読めます】
本稿は、公開市場操作信用創造マネタリーベースマネーストック量的・質的緩和準備預金マイナス金利といった概念を整理していくものです。

金融政策における近年の議論は、特に、信用創造という概念の理解をめぐっているようにも見えますが、筆者の理解は英国中央銀行(Bank of England)の四半期報(Quarterly Bulletin)に掲載された論文、McLeay, et al (2014) に概ね基づくものであることを始めに付記しておきます(尚、スクロールバーの三分の一は注釈・参考文献です)。

1. 金融政策とは

政経の授業などでは、金融政策とは、中央銀行(以下:日銀)が公定歩合の操作、公開市場操作預金準備率の操作の三つで金利を操作し、世に出回るお金の量を調節することで過度なインフレやデフレを抑えるために行う経済政策という様に習ったかと思います。

しかしながら、インターバンク市場金利の自由化に伴い発展したことで、公定歩合の操作は実質的に機能しなくなり¹⁾、預金準備率の操作も1991年以降は行われていないため²⁾、現在の金融政策は公開市場操作、その中でも買いオペ・売りオペを通じて金利に働きかけるものが一般的となっています。

尚、1991年以降に準備率の操作(デフレなので引き下げ)が行われていない理由としては、同上のインターバンク市場の発達に加え、大規模な金融緩和政策により、既に所要準備額の30倍以上もの超過準備³⁾が計上されている状態において、準備率の操作がほとんど意味を為さないということも考えられますが、詳しくは第4項にて議論しますので、今は気にしなくても大丈夫です。

まずは用語のざっくりとした整理から入りましょう。押さえるべきは「買いオペ」「信用創造」「マネタリーベース」「マネーストック」「量的・質的緩和」「準備預金」「マイナス金利」です。買いオペとは日銀が民間銀行の保有する国債を買い入れることによって、民間銀行に資金を供給すること、売りオペとはその逆という理解で構いません。

民間銀行というのは、常に必要な分だけの資金を保有しているわけではないため、日々の業務の過不足分を他の民間銀行同士と融通し合うコール市場(インターバンク市場の一種)というものが存在します。この市場における一日単位の貸出金利を無担保コール翌日物と呼びますが、日銀の金融政策(公開市場操作)は買いオペ・売りオペを通して、この金利を目標金利に誘導していくことで行われます⁴⁾。

例えば、買いオペが行われることにより、国債を売って資金を手に入れた民間銀行Aは、他の民間銀行から短期的には資金を借り入れる必要がなくなるため、コール市場における借入需要が減ることになり、そうなると余剰資金を持つ銀行Bは貸出金利を安くしてでも他の銀行に借りてもらおうとします。

かなり単純化した説明ではありますが、この様な需要と供給の関係により、日銀の公開市場操作がコール市場における金利に影響することとなり、民間銀行の民間への貸出金利は、基本的にはこのコール市場における金利に幾らか上乗せされたものになりますので、結果的に民間がお金を借りやすくなるわけです。

2. 銀行は元手がなくとも貸出できる

銀行が貸出を行う際(与信時)に元手となる現金を必要としないこと、いわゆる内生的貨幣供給論は、金融実務に精通している者の間では元から一般的な認識であったらしいのですが、経済学者の間においてもそのこと広く知らしめたのは、ミンスキー (Minsky) を源流とするMMT派⁵⁾の指摘によるものでしょう。

A bank is not a money lender that first acquires and then places funds. Any particular day's asset acquisitions, particularly loans made, are the result of ongoing and continuing business relations; a bank first lends or invests and then 'finds' the cash to cover whatever cash drains arise.

Minsky, Hyman P. (1977).

意訳すると「銀行は、最初に資金を獲得してそれを元手に貸出を行うのではない。最初に貸出を行い、その後に必要な資金を獲得するのだ。」というものになりますが、これは実際に銀行の会計処理として行われている複式簿記で考えると非常に分かりやすくなります。複式簿記の仕組みについては「複式簿記のサイエンス」の記事で解説しておりますので、勉強したことのない方は是非ご覧ください。

【民間銀行における貸出時の貸借仕訳】
貸出金 ×× / 普通預金 ××

勘定科目は全国銀行協会によるもの⁶⁾を使用。

最も簡便的なものではありますが、銀行が貸出を行う際の貸借仕訳は上記の様になります。貸し出しているため、借方には貸出金が、そしてその相手勘定として、新たに借入人の預金勘定が計上されます。預金というものは預ける側にとっては資産ですが、預かる側にとっては負債です。

つまり、銀行における貸出時の会計処理とは、貸出(資産)と同時に負債を計上することで貸借一致を成り立たせているもの⁷⁾であり、この時点で現金勘定(或いは元手となる他の預金勘定)は全く動いていないことが分かります。従来の教科書では銀行は預かったお金を元手に新たに貸出を行う、とされてきました⁸⁾が、実際には、銀行は元手がなくとも資金需要があれば貸出を行えることとなります。

だからといって、銀行が無限大に貸出を行えるわけではなく、あくまで市場原理におけるコストが貸出の収益性に見合う範囲内、というのはMcLeay, et al (2014) にて指摘されている通りですが、上記の様な信用創造の認識を世に問い質したことはMMTの功績とも言えるでしょう。こういったものは是々非々で議論すべきです。

因みに、捉え方はどうあれ、銀行が貸出を行うことによって銀行全体の預金総額が膨れ上がることを信用創造 (credit creation) と言いますが、複式簿記において負債が計上される貸方は英語表記で「credit」ですので、正に「credit」を創造することで、預金額が膨れ上がるというわけです。

また、余談ではありますが、銀行は与信時に借入人の預金口座に貸出額を記入するだけであることから、これを「万年筆マネー」と呼ぶことがあります。この表現もMMT派によって良く引用されていますが、その元ネタは1963年のトービン (Tobin) の論文にある様⁹⁾です。

"fountain pen money," money created by the stroke of the bank president's pen when he approves a loan and credits the proceeds to the borrower's checking account.

Tobin, James (1963).

3. マネタリーベースとマネーストック

次にマネタリーベースですが、これは欧州ではベースマネー、マクロ経済学ではハイパワードマネーなどと呼ばれることもあり、流通現金(日本銀行券発行高&貨幣流通高)と日本銀行当座預金(以下:日銀当預)の合計値のことを意味します。

日銀当預とは、民間銀行(その他金融機関も含む)が日銀に持つ口座のことで、日銀は銀行の銀行などと呼ばれたりもしますが、先述のコール市場などにおける民間銀行同士の資金のやり取りや、日銀と民間銀行との資金のやりとりなどはこの日銀当預を通して行われることになります。

公開市場操作(買いオペ・売りオペ)の際も同じ様に日銀当預を通して決済が行われますが、前述の信用創造における会計処理と同じく、現金勘定が動くことはなく、日銀は民間銀行の当座預金口座(負債)に国債の買入額を書き込むだけで良いので、買いオペによる資金供給は、いわば日銀段階における信用創造¹⁰⁾ともいえます。

【買いオペが行われる際の貸借仕訳】
日銀: 国債 ×× / 当座預金 ××
民銀: 日銀預け金 ×× / 国債 ××

日銀における勘定科目は明らかではないため、財務諸表¹¹⁾の表示科目をそのまま適用。
民銀(民間銀行)の勘定科目は注釈6参照。
日銀預け金とは日銀当預のこと。

円(日本銀行券)を発行する場合には負債の部に「発行銀行券」という科目が計上されますので、少なくとも金融政策として買いオペを行う際には、日銀は円を発行していないことになります。

巷では「日銀が異次元の金融緩和で円を刷りすぎて、円は暴落寸前だ」などという煽り文句もありますが、厳密な表現としては、これは正しくないのです(もっとも、量的・質的緩和の是非については様々な議論を重ねる必要がありますが)。

また、日銀が買いオペなどによってマネタリーベースを増加させることを流動性の供給と呼ぶこともありますが、これは国債などの債権よりも日銀当預(これは現金と代替可能)の方が資産として流動性があることに由来します。

そして、マネーストックについては、旧称ではマネーサプライとも呼ばれ、細かい定義は4種類ほど¹²⁾ありますが、基本的には家計や企業が保有する現金及び預金のことを指し、民間銀行や日銀の保有する現金及び預金はここに含まれません。

日銀が買いオペによってマネタリーベースを増加させた場合、これは民間銀行が自由に使える資金(日銀当預)が増えることを意味しますが、この時点ではまだマネーストックは変動しておらず、民間銀行が民間に貸出を行って初めてマネーストックが増加、民間の自由に使えるお金が増える¹³⁾というわけです。

4. 量的緩和と準備預金制度

第1項にて、金融政策は主にコール市場における金利を誘導することで行われると説明しましたが、1990年代のバブル崩壊以降、日本ではこの政策金利を0%近くまで限界的に下げても景気が回復しなかったため、マネタリーベースの「量」そのものを操作目標として、民間銀行から国債を大量に買付けるなどの量的緩和金融政策が2001年に実施されました¹⁴⁾。

実際の手法としては買いオペに変わりありませんが、民間銀行の資金が潤沢であれば、融資や資産運用に積極的になり、景気浮揚が見込めるだろう、ということで、その目標が金利の誘導ではなく、民間銀行へ資金を供給することそのものに変わったというわけです¹⁵⁾。

ここで、元手無しに信用創造によって貸出を行い、マネーストックを増大させることができる民間銀行の行動に、日銀による流動性の供給がどのように作用するのか、両者の関係について整理してみましょう。小栗 (2017) には以下の様な記述があります。

「銀行が貸出を実行するには中央銀行から準備預金を入手しなければならないため、中央銀行はその準備預金の供給量を自在に調節することによって銀行の貸出行動に影響を与えることができる」⋯⋯ この見解は信用創造プロセスにおける銀行の役割を過度に単純化して捉えるとともに、マネタリーベースとマネーストックの間の因果関係を見誤っている。

準備預金とは、民間銀行が、資金繰りの悪化などに備え、受け入れている預金の一定比率(法定準備率)を日銀に預金することですが、第1項でも触れた金融政策の一つ、預金準備率の操作とは、この比率を操作することです。

因みに、準備預金といっても、専用の口座が存在するわけではなく、日銀当預の残高がそのまま準備預金として計算される仕組み¹⁶⁾となっているため、論文などにおいては日銀当預と準備預金を同義的に扱う場合も多い¹⁷⁾です。

さて、第1項では『所要準備額の30倍以上もの超過準備³⁾が計上されている』とも述べましたが、一度、超過準備が存在していない通常¹⁸⁾の場合で、上記の引用文が指摘していることを考えてみましょう。

引用文における氏の主張は、従来の信用創造の捉え方、いわゆる貨幣乗数論¹⁹⁾の認識を、民間銀行の業務プロセスの単純化とマネーストック変動における因果関係の誤認の二点をもって批判しています。

前者に関しては、第2項でも説明した様に、民間銀行の貸出量は『コストが貸出の収益性に見合う』かどうかなどの様々な要因を加味した上で『民間銀行』が決定するため、日銀による流動性の供給量の貨幣乗数倍がマネーストックの増分となるような単純化した解釈は、確かに改められるべきでしょう。

5. マネーをめぐる因果関係の誤認

ここで、後者の説明(マネーストックの増加における因果関係)に入る前に一度論点を整理してみます。

出所:筆者作成

日銀、民間銀行、民間(企業&個人)の三つの主体²⁰⁾を模式的に表したのが上図ですが、まず最初に、このダイアグラムにおいてマネタリーベースを直接的に増加させる(日銀券及び準備を民間銀行に供給する)ことができるのは日銀だけであることを確認しましょう(Aにおける事象)。

コール市場などにおける取引により、個々の民間銀行間において日銀当預が増減することはありますが、総体としての日銀当預の量が変わるのは、日銀が民間銀行に貸付や買いオペなどにより資金を供給した時だけです。

他方、マネーストックを直接的に増加させる(民間に資金を供給できる)のは、このダイアグラムにおいては民間銀行による貸出(信用供与)のみであり、民間銀行は民間の資金需要に応じて貸出量を決定できること(Bにおける事象)は第2項の信用創造の件で説明した通りです。

そして、この民間銀行の貸出 (A) において「貸出には元手が必要」とするか「元手無しに貸出を行える」とするかに関わらず、民間銀行は一定率の準備を日銀当預に積み立てる (B) 必要があります。

前者、いわゆる外生的貨幣供給論²¹⁾の場合には、民間銀行の貸出には元手(本源的には日銀の供給するマネタリーベース)が必要 (A) であり、民間銀行が貸出を行い続けたとしても、その限度は法定準備率によって制限 (B) されます。

更にはマネタリーベースとマネーストックの間には安定的な貨幣乗数が働くと仮定される²²⁾ため、マネーストックの増加には、日銀によるマネタリーベースの増加から始まる「上から下」の因果関係が働くことになります。

もう少し関係性をシンプルにさせると、民間銀行が貸出を行うには一定の準備預金が必要であり、この準備預金(日銀当預)を供給できるのは日銀だけ、そして日銀による準備の供給量と民間銀行の貸出量には安定的な貨幣乗数が働くため、日銀によるマネタリーベースの増加(準備の供給)がマネーストックの増加(民間銀行の貸出)に繋がるというものが、外生的貨幣供給論における理屈となります。

これのどこが誤りなのかと言えば、まず安定的貨幣乗数というものに関しては、前述した様に、民間銀行の貸出量はその様な機会的なメカニズムで決まるものではなく、民間銀行が、収益性などの観点を踏まえ、主体的に、信用創造によって貸出を行なっていくというものでした。

しかし、これを踏まえても尚、最終的に準備預金を供給できるのは日銀だけであるため、日銀による準備の供給量の操作により、マネーストックに影響を与えることができるのではないか、という反論も考えられます。

ここに至って、ようやく『マネタリーベースとマネーストックの間の因果関係を見誤っている』という小栗 (2017) の二つ目の指摘が明らかになります。確かに、一見すると『準備の供給』の主語は日銀であるため、安定的な貨幣乗数が働かなくとも、日銀のマネタリーベース操作によってマネーストックに影響を与えることができる様に思えるでしょう。

しかし『準備の供給』において、主語は日銀であっても、日銀に主体性はないのです。現在、多くの国では、民間銀行は法定準備率の額を中央銀行に積み立てなければなりませんが、これは民間銀行が貸出と同時に中央銀行に積み立てるのではなく、ある一定期間の平均として所要額を積み立てる後積み方式によるもの²³⁾です。

つまり『「今日」の準備預金に対する需要は 「過去」の銀行貸出の結果であり、その金額は既に決定済みで動かし難い』ものなのであり²⁴⁾、逆に言えば、中央銀行としては、既に決定された準備への需要に対して供給²⁵を行わなければ、コール市場などの金融市場において大きな混乱を招くことになるのです。

この様な「下から上」への因果関係(これを本稿では内生的貨幣供給論²⁶⁾と呼んでいます)においては、日銀は資金供給の主体ではあるものの、そこには受動的²⁷な要素も大きく、日銀のマネタリーベース増加によるマネーストックへの影響は非常に限定的なものになります。

つまり、内生的貨幣供給論において、量的緩和政策というものは、この因果関係のチャネルを全く無視したものであり、結果的に所要準備の30倍以上³⁾もの「ブタ積み」を生むだけになることは自明の理だったのです²⁸⁾。

因みに、この様な量的緩和政策は全ての場合において無意味というわけではなく、いわゆるTBTF (Too big to fail) が問題になる様な金融危機時(リーマンショックは最たる例)において、金融システム自体の破綻を防ぐためには、中央銀行による民間銀行への大量の資金供給が有効に働きます²⁹⁾。

しかし、これはあくまで危機時における対応策として有効なのであり、景気浮揚を狙うものとして行われた量的緩和政策(Quantitative Easing: QE)に関しては、内生的貨幣供給論によって説明できる様に、効果は薄かったとするべきでしょう。

この様な内生的貨幣供給論において、日銀がどのように民間銀行の貸出を制御するのかと言えば、最初に説明した様に、コール市場などにおける金利を間接的に誘導していくしかありません。

6. 準備付利、質的緩和、そしてマイナス金利へ

しかし、QEにより『所要準備額の30倍以上もの超過準備³⁾が計上』され、コール市場における金利は0%近くで推移³⁰⁾する様な状況では、日銀の金利に与える状況が限定的になってしまいます。

そこで2008年より導入されたのが、補完当座預金制度に基づいた超過準備への付利³¹⁾です。これまでのマクロ経済学や金融論では「日銀当預は無利子である」という様に教えられてきましたが³²⁾、実際はこの補完当座預金制度導入により、日銀当預の性質というものは大きく変化しています。

勿論、これは一般的にはQEの一環、つまり多額の日銀当預に利息を付けることで、更に民間銀行に資金を与えるものという様に捉えられていますが、本質的には超過準備への利息を操作できる様になったことで、多額のマネタリーベースが存在する状況においても、日銀が金利への影響力を行使できる様にしたものでもあるのです。

つまり、多額の準備預金に利息を付けることは、一般的な認識の通り金融緩和の一手段となる³³⁾一方で、いざ景気が回復し、民間銀行の貸出が増加し始めた段階においては、公開市場操作による金利誘導が多量のマネタリーベースの存在によって困難であろうとも、その準備への付利を上げることにより、貸出と日銀当預の間で金利裁定が働き、金融引き締めの効果を見込める様になるのです³⁴⁾。

さて、McLeay, et al (2014) は量的緩和までにしか触れていませんが、近年の日本の金融緩和政策を理解する上では量的質的緩和(Quantitative and Qualitative Easing: QQE)やマイナス金利などについても説明しなければならないでしょう。

QEとは民間銀行の保有する国債などの債権を大量に買い取ることによって民間銀行に資金を供給することでしたが、2013年に行われたQQEとは、買取対象を短期国債だけでなく、長期国債や、その他リスク性のある社債³⁵⁾などにまで、質的に広げることです。ここに関しては、これ以上説明することもありません。

そして、2016年より実施されたマイナス金利とは、前述の補完当座預金制度の下、日銀当預を三階層に分け、日銀当預の額の少ない順からそれぞれ、プラス金利、ゼロ金利、マイナス金利を付す様にしたものです。

多量の日銀当預を保有する民間銀行にとっては、自身の資産がマイナス金利によってどんどん目減りしていくわけですから、それを貸出や他の資産購入などに回さなければ収益性を保てなくなり、それによる更なる金利の低下を図るものがマイナス金利政策というものです。

例えば、マイナス金利 (-1%) が付されるだけの日銀当預を持つ民間銀行Aは、その余剰分を、そこまで多くの日銀当預を持たない民間銀行Bにマイナス金利(-0.5%)を付けて貸し出すことで、Aは0.5%分だけの損失を抑えることができ、Bは0.5%分の収入を得ることができます。

そして、この時点におけるコール市場の金利は(AとBしか存在しないならば)-0.5%となり、民間への貸出金利の更なる低下を期待できることになります。

しかし、貸出金利が低下したとしても、民間銀行が負債として受け持つ預金の金利が0%未満となることは理論的に有り得ないため、その分だけ貸出金利の低下に対する預金金利の低下は小さくなると考えられます。

このことは、マイナス金利の導入は民間銀行の利鞘を圧迫することで成り立つことを意味し³⁶⁾、また、マイナス金利による金融緩和には自ずと限界が生じることも意味するものでしょう³⁷⁾。

民間銀行の受入預金の金利が0%以下にならないことは、民間が現金という金利0%での資産保有という最終手段を保有している³⁸⁾ことに起因しますが、近年のIT技術の発達を鑑み、中央銀行によって全ての通貨がデジタル通貨に置き換えられたと仮定すれば、民間の保有する現金に対してもマイナス金利を適用し、経済活動を活発化、景気浮揚を狙えるのではないか、という議論もあるようです³⁹⁾。

もっとも、これはゲゼル (Gesell) が「自由地と自由貨幣による自然的経済秩序」の中で「自由貨幣」として説いた概念(減価する貨幣)とも通じるものでもあり、20世紀最大の経済学者ケインズ (Keynes) も「将来の人々はマルクスよりも多くのことをゲゼルの精神から学ぶであろう」としている様⁴⁰⁾に、今後の金融政策の在り方を考察する上でも勘案すべきものでしょう。

因みに、ゲゼルの提唱する自由貨幣は、あくまで地域通貨という形ですが、オーストリアのヴェルグル (Wörgl) において経済効果への実績が確認されています⁴¹⁾。これに関しては筆者の個人的な研究テーマでもありますので、いずれ記事にしていこうと思います。

7. 注釈・参考文献等

1) 日本銀行.『以前の「公定歩合」は、現在、どのように位置づけられていますか?』日本銀行について,
https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/seisaku/b38.htm (2024-02-25). 参照。

2) 日本銀行.『準備預金制度における準備率 公表データ』統計,
https://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/reservereq/junbi.htm (2024-02-25).参照。

3) 日本銀行.『業態別の日銀当座預金残高』統計,
https://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/cabs/index.htm (2024-02-25). 参照。

4) 公開市場操作(オペレーション)においては国債以外の債権を買い取ることもあります。また、買い取るのではなく、それら債権を担保として資金を供給するオペレーション(共通担保オペ)というものなどもありますが、本稿ではこれらのオペを勘案していません。更に、量的緩和政策を取る場合の日銀の操作目標は無担保コール翌日物ではなく、マネタリーベースとなりますが、こちらは第4項にて説明しています。

5) 一般に、MMTは内生的貨幣供給論と同質性を有するという認識がありますが、これに関しては、近廣昌志 (2021) にて誤認だと指摘されています。尚、本稿は内生的貨幣供給論に立脚するものではあるものの、MMTについての是非を論じるものではないことも付記しておきましょう。

6) 全国銀行協会 (2016).『勘定科目の説明』全国銀行財務諸表分析,
https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/stats/year2_02/account2016_terminal/guidance_2.pdf (2024-02-25). 参照。

7) 或いは「貸し手と借り手で互いに債権・債務を持ち合う」といった表現の方が分かりやすいのかもしれません。

8) いわゆるフィリップス型の信用創造の認識。政経やマクロ経済、金融論などで$${{X=C  (1-r)  /  r }}$$という公式(X: 貸出限度、C: 本源的預金、r: 準備率)を習った方もおられるかと思います。

9) 最初にその表現を行ったのがTobin, (1963) なのかは、厳密には定かではありませんが、McLeay, et al (2014) においても名前が挙げられている様に、氏が代表的な人物であることは間違いありません。

10) 吉田 (2002) ではこの様な表現がされているものの、一般的ではありませんので、ご注意ください。

11) 日本銀行 (2023).『第138回事業年度財務諸表』第138回事業年度(令和4年度)決算等について,
https://www.boj.or.jp/about/account/data/zai2305a.pdf (2024-02-25). 参照。

12) 日本銀行調査統計局 (2023).『マネーストック統計の解説』統計,
https://www.boj.or.jp/statistics/outline/exp/data/exms01.pdf (2024-02-25). 参照。尚、本稿において細かい定義が必要になる議論は行いませんが、McLeay, et al (2014) では「broad money (M3)」が使用されておりますので、本稿の定義もこれに準ずるものとします。

13) クー, (2013).

14) 日本銀行.『金融市場調節方針の変遷を教えてください。』日本銀行について, https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/seisaku/b42.htm (2024-02-25). 参照。

15) 量的緩和の解釈としては、予想インフレ率に働きかけることで実質金利を更に押し下げるというものもありますが、民間銀行への大量資金供給ということに違いはありません。それでも景気が向上することはなかったのですが、これに関してはクー, (2013) にて興味深い指摘がありました。近日中に解説記事を投稿予定ですので是非ご覧ください。

16) 日本銀行.『日本銀行当座預金と準備預金の関係について教えてください。』日本銀行について,
https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/kess/i09.htm (2024-02-25). 参照。

17) そもそも英語では「民間銀行が中央銀行に持つ当座預金」と「準備預金」は「準備 (Bank Reserves)」と同一的に呼ばれているため、日本語の論文においても、単に「準備」としている場合が多いのでしょう。また、厳密には日銀当預には準備預金制度の対象とならない短資会社などの預金も含まれているのですが、支払のための準備(或いは決済手段)であることに、本質的には変わりありません。

18) もっとも、2000年代に入り、巨額の超過準備の存在が常態化している現在では何が「通常」なのかは測りかねますが、ここでは教科書的な理論で想定されている状況、ということにしておきましょう。

19) 従来の信用創造の捉え方は注釈8参照。貨幣乗数論という呼称は日本では一般的ではありませんが、McLeay, et al (2014) には『the money multiplier theory』とあったため、これに準拠したものとして使用しました。尚、中央銀行による同様の貨幣乗数論の否定はブンデスバンクのDeutsche Bundesbank (2017) やリクスバンクのArmellius, et al (2020) などにも見られます。

20) マクロ経済を正しく表現するならば、ここには政府など他の経済主体も表すべきですが、説明のため簡略化した模式図を使用しており、当然、政府による貨幣・国債発行なども考慮しないものとなっています。

21) 外生的貨幣供給論というものに厳密な定義があるわけではありませんが、一般的な文脈では、貸出には本源的預金が必要とするフィリップス型信用創造論⁸⁾と、マネーストックとマネーサプライの間には安定的な貨幣乗数が働くという貨幣乗数論¹⁹⁾のどちらか、或いは両方を指している場合が多い様に思います。

22) McLeay, et al (2014).

23) 例として、FRB(尚、現在は0%に設定)とブンデスバンクのサイトを挙げておきます。尚、本稿の依拠する論文の掲載元であるBOEは準備預金制度を採用していません。(2024-02-25)
Federal Reserve Board (2019). “Maintenance of Reserve Balance Requirements” Board of Governors of the Federal Reserve System,  https://www.federalreserve.gov/monetarypolicy/reserve-maintenance-manual-maintenance-of-reserve-balance-requirements.htm (2024-02-25).
Deutsche Bundesbank. “Minimum Reserves” DEUTSCHE BUNDESBANK EUROSYSTEM, https://www.bundesbank.de/en/tasks/monetary-policy/minimum-reserves/minimum-reserves-625912 (2024-02-25).

24) 小栗 (2017).

25) この場合における日銀の民間銀行への資金供給方法としては、民間銀行の持つ貸出(債権)などを担保に取る共通担保オペなども考えられます。

26) 内生的貨幣供給論というものも厳密な定義があるわけではないのですが、一般的には、マネーストックの供給が民間銀行による信用創造によって行われているという主張を指す場合が多い様に思います。この場合、信用創造によって生まれるマネーは互いの信用によって成り立つ債権・債務の関係性の一つだ、という観点から信用貨幣論と呼ばれることもあります。注釈21の外生的貨幣供給論という言葉は、この内生的貨幣供給論という概念が生まれたことによって作り出されたものに過ぎないのでしょう。

27) 学者の方はこれを「アコモデーティブ (accommodative)」などと言ったりしますが、片仮名でそれは流石にダサいと思うのは私だけでしょうか…。もっとも、後述のチャネルという表現も、人によってはそう見えるのかもしれません(やはり夏目は偉かった)。

28) この現象に関してはケインズの流動性の罠とも呼べますが、クー, (2013) においてはバランスシート不況と名付けられています。私見ではありますが、両者は似ている様で異なる概念ですので、別記事にて解説したいと思います。

29) クー, (2013).

30) 日本銀行 (2024).『主要時系列統計データ表』時系列統計データ検索サイト, https://www.stat-search.boj.or.jp/ssi/mtshtml/fm02_m_1.html (2024-02-25). 参照。

31) 日本銀行.『補完当座預金制度とは何ですか?日本銀行当座預金にマイナス金利を適用することが金融市場に与える影響を教えてください。』日本銀行について,
https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/seisaku/b37.htm (2024-02-25). 参照。

32) あくまで一例ですが、三井住友の用語集にもそのような記述があります。

33) 勿論、これ以上の量的な金融緩和に効果があるかどうかはさておき。

34) 小栗 (2017) 参照。理屈としては、まず金利を引き上げ、その後に資金吸収を徐々に行っていくものとなります。より詳しくはCochrane (2014) 参照。

35) 因みに、投資などの世界では国債は最も安全性の高い債権であるとされています。

36) 日本銀行 (2016).

37) 石田和彦 (2018). 注釈38にて述べた様に、現金保有には一定のコストは掛かるものの、そのコストを上回る時点がマイナス金利政策の理論的限界点と考えられます。

38) 一般の家計においてこの様な認識はありませんが、企業や民間銀行などが多額の現金を保有することには、安全性の確保などの要因により、多額のコストが伴います。厳密な議論を行うならば、この辺りも勘案すべきでしょう。

39) 石田和彦 (2018).

40) Keynes (1936). 尚、原文は『I believe that the future will learn more from the spirit of Gesell than from that of Marx.』

41) Blanc, (1998).


石田和彦 (2018).『通貨の本質論を踏まえた,「マイナス金利政策」 の効果・影響の検証』長崎県立大学学術リポジトリ学長裁量研究成果報告, 2017.2.2.

小栗誠治 (2017).『中央銀行の債務構造と財務の健全性: 銀行券, 準備預金および自己資本』 彦根論叢, 414, pp.98-113.

河村小百合 (2015).『「出口」 局面に向けての非伝統的金融政策運営をめぐる課題』JRI レビュー= Japan Research Institute review 2015.7.26, pp.2-30.

クー, リチャード (2013).『バランスシート不況下の世界経済』徳間書店.

近廣昌志 (2021).『信用論から検討するMMT の是非』愛媛経済論集, 41.1, pp. 45-56.

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※ 文中にリンクを挿入しているもの、注釈において出典を明記したものについては、ここに記載していません。


本稿は「金融政策の構造」と題しつつも、基本はマネタリーベースとマネーストックの構造的関係性を説明するものとなってしまいました。マクロ経済を捉える上では、為替や財政政策、政府と日銀の連結である統合政府なども含め、計量的に論じなければなりませんが、これらについては別の機会に譲ろうと思います。ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。今度ともよろしくお願いします。

【誤字・脱字等、見つけ次第修正しています】
2024/02/26 細部修正
2024/02/27 細部修正、一部字体変更

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