中村文則『カード師』感想
この物語の核。
運命と人間との対峙。
それは、古来からの決して叶うことのない人間たちの儚い夢。
無謀な挑戦でもありました。
僕が実家で子供の頃に読んでいた「マンガ日本の歴史」では、卑弥呼の時代に鹿の骨の割れ方で吉兆を占うというような描写がありました。
そのような古来から人間は、先にある未来を知りたいと強く願い、様々な方法で占おうとしていたのです。
人生は選択の連続だし、未来が見通せたらどれだけ良いだろうと思う瞬間がたくさんあります。
たくさんの運命の分岐点があり選択を迫られたり、知らぬ間に生死を分かつような大きな運命の分かれ道があったりします。
多くの人々がこの物語でも運命の濁流に翻弄されて、タロットカードや占いのような一条の細い光にすがろうとしています。
しかし、佐藤の遺書のように天災や事故などによって大切な人々の命は奪われる。
あの時、あの場所にいなかったら。
わずかな選択でおびただしいほどの運命の分岐点が生まれて、世界を形作っていていきます。
阪神淡路大震災、東日本大震災、交通事故。
何故なのか?
運命の悪戯で人生が変わっていく。
運命と聞くと僕はいつも宇宙に浮かぶ大きな円環を想起します。
運命も生命も、この世界にある様々なシステム全てが何かの円環であり、全ては循環しているようなそんなイメージにいつもとらわれています。
全ては繋がっている。
その繋がりの法則を読み取って、運命を変えたい。
そのような願いを持って、無謀な勇敢さを持ってドンキホーテのように運命の風車に向かって挑み続ける。
『カード師』はそうやってもがき続ける人々の物語であったのでしょう。
Iはように世界の真理を理解することで運命の仕組みを理解しようとしたのかもしれませんが、佐藤は自らが翻弄されて自分の近しい人たちを奪っていった運命に対して怒りの声を上げ続けます。
運命を受け入れて粛々と生きるのをよしとせず抵抗し続ける・・・。
それはもしかしたら「生き方」の問題だったのかもしれません。
「本当に次の天災を占いで知りたいというよりは、・・・彼らの死に抵抗している人間がいると何かに見せたいのでしょう?天災だから人間が亡くなるのは仕方ない、そう納得していない人間もいるのだと。誰かが彼らのために怒り続けなければならないと。だからそうやって、世界の仕組みに対峙しているのではないですか」
何に対して「彼らの死に抵抗している人間がいる」と見せたいのでしょうか?
この世界の運命や真理といったシステム、もしくはそのもののような神か・・・?
途方のない話ですが、決して受け入れたくはなかったのでしょう。
私が能力があるかと尋ねた時、自ら否定した声。無念さがあった。命が惜しいとは別の感情。
繰り返しになりますがこの部分。
主人公もまた運命に対して不条理、強い怒りを感じていて抗おうとしていたのでしょう。
だからこそ運命を、先の未来を見通すことができない自分に対して無念さを感じていたのじゃないでしょうか?
そして、佐藤は主人公のそういった精神に共感を覚えて彼を生かしたのかもしれません。
主人公の持っていた「運命に対しての怒り」とは、家庭に恵まれずに愛情を知らずに育ってしまい、歪んだ世界に、悪に自分の人生を翻弄されることに対しての理不尽さ・・・。
こんな世界、運命は到底受け入れられることなんてできない。
その想いが、「現実がこんな風であるのなら、受け入れられないのなら、嘘で現実を変える」という言葉に変わったのでしょう。
主人公が未来を切り開く力を与えられたカード。
その力を使って現実を変革して生き抜いていく。
そういった覚悟と気概を感じる言葉でした。
そんな主人公の半身とも言える存在が英子氏だったのかもしれません。
彼女もまた凄惨な環境で育ち、同じ環境で育った姉の意志を汲んで彼女自身がたどった運命とは違った現実を、終わってしまった物語の続きを描こうとした・・・。
到底受け入れられない現実、終わってしまった物語を嘘で変える。
英子氏と主人公はとてもよく似ていて、魂の深い部分で繋がれるような存在だったのかもしれません。
でも、彼女はドアの向こうに行ってしまう。
「半分以上がなくなる」
主人公の半身は失われてしまったでしょう。
ブエルの呪いは二人を引き裂いたのでしょうか?
うん。もう今後一切、君の人生には山倉のような人間は現れないと。・・・女性も含めてね。
僕は茫然とブエルを見た。
ブエルはもしかしたらこの世界の真理のようなものに繋がる存在だったのかもしれません。
そこには神も悪魔もなくて・・・。
人々の意識の中に、共通の一なる何かに繋がるような存在。
エピローグを読んでそんなふうにも思いました。
ブエルは主人公にとって山倉のような導いてくれる存在も、心の糧となるような英子氏のような女性も現れない、と呪いをかけました。
それでも、今度は主人公が誰かにとってのメンターに、山倉のようになれることはできるかもしれない。
また違った形で世界と、人間と繋がって新しいドアを力強く開けることができるかもしれない。
自分が育った施設の前で出会った少女とのやり取り。
施設で生活する彼女が地震の夢をみて、耐震に不安がある施設を工事したいという訴え。
天災や運命に対して備える、抗うこと。
かつての自分と同じ境遇にある彼女に、主人公は希望を提示します。
そして、世界は瞬きをする間に変化して、人間は運命に抗うことができることを示唆したのではないでしょうか?
「3つ数えよう3、2」
カードが〈ハートA〉に変わる。少女が短く声を上げた。
〈クラブ8〉と〈ハートA〉の背を貼り合わせてあるのだが、少女からは見えない。僕はひっくり返しただけだ。
「この世界ではこんなことが起こる」
少女はまだ驚いたままカードを見ていた。
「だから大丈夫。もうすぐあの建物は頑丈なものに変わる」
「本当?」
「君の手品は現実になる」
『掏摸』での子供とのやり取りを思い出しました。
山倉というメンターに施設で出会って、世界を生き抜く術を与えられてジョーカーになった主人公が、今度は同じ施設の女の子に現実を手品で変えてしまう術を教える・・・。
中村文則の物語で提示される一握の希望。
パンドラの匣から最後に出てきた希望。
主人公から希望を与えられた少女は、これからどんなドアを開けて、運命に抗っていくのでしょうか?
いや、もうすごく濃密な物語でした。。
何かとても色々なものが詰め込まれていて、最期の点と線が繋がっていく感じが半端なくて魅了されました。
もうただただ『カード師』の物語に魅了されました。
物語としてもよくできているのですが、この世界と運命の謎、真理。
とか言うと、何かの新興宗教みたいですが(笑)
そういった「深淵」に触れるような物語でした。
印象深い言葉が多すぎて、おそらく書評を書いたブログの中で一番引用が多かったように思いますね(笑)
改めて中村文則のセリフまわしの上手さ、言葉の深さを感じました。
運命の、この世界の不条理。
生まれながらにして背負う荷物の重さの違い、辿る運命の残酷さ。
受け入れるか・・・?
それとも・・・、抗うか?
今日もこの世界のどこかで、運命というカードはシャッフルされるのでしょうか?
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