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地表の上

ノートブログを初めて463日目になりました。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
私達はこの地面の上で生きています。しかし、100年昔、500年昔、1000年昔、2000年昔、3000年昔は此処はどんなであったのでしょう。
此の東京の武蔵野と言う古生代台地にも歴史があった。
しかし、人の念の濃さは山口の念の厚さはなく薄かったと、思います。
人はその土地でしか生きられないと何処か思っている所がある。移動する、暮らす。
その事によって、その土地の違いに気がつく。
今の人だけではない。昔から転地療養をすることがある。
命には変えられない。

今回私は山口と言う所で、ミルフィーユ状態の人の想念や人の残した思念の層と、重たい呪縛を感じました。
此の人工密度の高い東京で何で此の重い想念を感じても良いはずなのに、何が其れを阻んでいるのか、ずっと考えています。

人間は此の深く沈み込んだ、想念や思念に影響を受けているはずです。
しかしながら、東京はまだ山口程の人の重い念を感じません。

何だか、何故江戸を明治の文明開花の中心地にしたのでしょう?天皇を江戸城に据える事も、東京の浄化と考えた、人々がいたのかもしれません。
京都から何で江戸を選んだのでしょう?
徳川幕府の居城を日本の何故中央に据えたのでしょう?
そこには明治と言う時代を作り上げた、綿密な計画があったはずです。
その計画を知っているのは、維新の立役者達でしょうか?

皇居の掃除の奉仕に伺った時、江戸城跡をみました。
ここは結界が幾重にも張り巡らされていました。
徳川家の怨念も回避しています。
こんな所で過ごされる皇族の力は高いものであると感じます。
明治、大正、昭和、平成、令和、と守りきって来た、東京の見えない世界を山口をきっかけとして感じました。

そして何故私は両親の子供に生まれてきたのか、今もなお、全国行脚をしているのか。
他人が余り行かない所に行って生活しているのか。
全て上のお計らいで有ると、気がつきました。
今迄の人生会っている人達もきっと私が何かを気づく為のお計らいなのでしょう。
しかし、自分の人生の選択権は私にあります。
何故に私はこんな人達に会っているのか。
やっと疑問が解けました。
必然だったのでしょう。
自分が取った選択権ですから。

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