見出し画像

或る「博多の醤油蔵」伝 ジョーキュウ醬油(4) -そして現在。再仕込み醬油のこと、『博多大名本造り醬油』のこと-

1863年(文久3)に建造された仕込蔵「箱蔵」。
ここで再仕込み醬油『博多大名本造り醬油』が熟成される。

1.『博多大名本造り醬油』の秘密を探る

話は現在に戻る。今回我々3人がジョーキュウ醬油さんにお邪魔したいと願ったきっかけ、再仕込み醬油の『博多大名本造り醬油』について色々と伺ってみた。

馴染みの居酒屋で3人、冷や奴を頼んでこれを掛けて食べたのだが、いやあ、実にカルチャーショックでしたね。

再仕込み醬油『博多大名本造り醬油』。公式サイトより拝借。

さて、”再仕込み醬油”とは何なのかというと、諸味を搾って得られた醬油のもと「生揚げ」に対して、さらに醬油麹を投入し二段階の発酵をさせるという、贅沢な手法で出来た醬油である。

たとえば芋焼酎の世界では、麹米と水と酵母で酒母を造る一次仕込み、そこに蒸したサツマイモを掛ける二次仕込みという流れになるが、あくまでも醗酵工程の一連の流れであるのに対して、再仕込み醬油では濃口醬油の発酵・熟成された諸味から搾った生揚げに、再び醬油麹を仕込み、再び発酵・熟成させる点が違う。

江戸時代、山口県柳井で開発され殿様への献上品となり、特に北部九州で好まれて今日でも定着している独特の醬油なのだ。

ジョーキュウ醬油では『博多大名本造り醬油』の諸味を、文久年間に築造されて今も現役で使われている仕込蔵『箱蔵』で熟成させている。

箱蔵ですやすやと刻を重ねる諸味

「我々、『博多大名本造り醬油』を食べて感動してしまったんですが、あの、なんと言いますか、この甘味というか旨味というか、この濃厚さというのはどうやって出せたんでしょうか」

福田室長「まあ、なんといいますか、今は適温醸造といって、日本の四季の温度変化をキュキュっと半分くらいにまとめて、だいたい六ヶ月か七ヶ月くらいで出来るようになってるんですけど。

でも、時が造る味って、味が馴染むというか、そういう部分っていのはやはり時間が必要で、一年半ほど掛けて、本来だと味的には一年くらいで出来てるんですけど、その後のプラス半年くらいはやっぱり、あの、味を馴染ませるという意味であるんですね。

あと、再仕込み醬油というのは濃口醬油と比べると、旨味がだいたい濃口の1.4倍くらい、さきほど言った窒素分でいくと、濃口はだいたい特級で1.5%くらいなんですよ、うちの『博多大名本造り醬油』だと2.2%ですから、1.4倍くらい旨味は多いと」

醬油の旨味の物差しは「全窒素分」で計られる。特級のうちの「特級」で1.50%以上、「超特級」で1.80%以上なのだが、『博多大名本造り醬油』の2.2%は相当に高い数値である。

福田室長とK君。

福田室長「それと、もう一回大豆と小麦を入れるでしょ。大豆も旨味が多いし小麦も多いから、あの、それが分解されて糖分になりますんで、甘さがあると・・・。組合(注:筑紫野市の福岡県醬油醸造協同組合)で濃口とか造ってるんですけど、発酵の質がいいもんだから、残る糖分っていうのがあまり無いんですよ。ほとんどゼロかというくらい、発酵が良すぎるとそうなるんですけど。残ったとしてもだいたい2%くらいですか。『博多大名本造り醬油』だと8%くらいありますんで」

カネ「デンプンを分解するということはですね、私、酒の知識しかないんですけど、麹で糖に分解するわけなんですけど、醬油の場合も麹とおんなじような働き方をして糖に分解する感じなんでしょうか」
福田室長「そうです、そうです、もう基本は一緒です。アミラーゼで、デンプン質をブドウ糖に分解する酵素ですね」
カネ「アミラーゼで分解してるんですね、そうすると」
福田室長「お酒用の麹っていうのは、糖分を分解するのが主ですから、アミラーゼの活性が強い麹菌を使うんですけど、醬油とか味噌の場合は、アミラーゼも造るし、たんぱく質をアミノ酸に分解するプロテアーゼも造る。そういう麹菌を選ぶ」

カネ「で、二段で仕込む時に、完全にこう、なんていうんですか、糖を全部喰ってしまわないうちに絞って不活性化して終わらせると」
福田室長「ははは、そこらへんが、なかなか管理が難しいんですね。こればっかりは菌任せですね」
カネ「甘味を自然に出させようと思うと、小麦の糖の部分に頼るところが大きいし、大豆だけで行っちゃうとドライな味になっちゃうと」
福田室長「そうですね、他県のあるメーカーさんだと、濃口を造ってそのままだと甘さが足りないので、あの、米使ったりとか、甘酒使ったりとかね」

2.江戸時代に建造された仕込み蔵を見学。

小売館でお話を伺った後、福田室長にご案内いただいて、『博多大名本造り醬油』が熟成の時を重ねる「箱蔵」にお邪魔した。

時代の風雪を感じさせる梁。福岡大空襲も生き延びたのだ。

階段を上がる。諸味の香りがたまりません。香ばしさが何ともいえない。酒蔵や焼酎蔵もそうなんだけど、仕込み蔵に入った時の香気がとても良いんです。だから蔵見学は止められない。

櫂棒を入れる福田室長。
櫂棒を入れて浮き上がった諸味を撹拌するのだが、
あまり混ぜすぎると発酵が悪くなって駄目だという。

福田室長が櫂棒を握って櫂入れを実演してくださった。

醬油の世界では「一麹、二櫂、三火入れ」と造りの要諦を伝えているように、櫂入れは重要とされる。福田室長曰く、醬油の場合は頻繁に上下を撹拌すると良くないとおっしゃる。酸素が入りすぎて発酵が過ぎると出来が悪くなると。つまりアルコールが出なくなるということか。

また、醬油麹を仕込桶なりに入れる時は、塩水を入れる前に投入すると、麹が固まって絶対混ぜられないと。そのメカ二ズムは分からないが、色々と禁じ手があるのだなと知った。

3.生揚げの旨味に浸る、大団円。

ジョーキュウ醬油の7つの施設が
国の登録有形文化財に指定されている。

「箱蔵」の見学を終えて、小売館に戻る。そうしたら生揚げのテイスティングを勧められた。ありがたいお話である。

「生揚げしょうゆ」とは諸味から絞っただけの生醬油で、全く調製していない成分無調整の”蔵の味”として製品が完成される。だから普通だと舐めることが出来ないが、ここ小売館だけで販売している。(冷蔵でしか扱えないので) 
『博多大名本造り醤油』は常温流通できるように火入(加熱殺菌)しているところが違う。

というわけで、3人して試させていただいた。私としては、この風味の濃さ加減、分厚ささえ感じるThe Wall of Tasteに驚く。要冷蔵のため事務所奥の冷蔵庫に置いているとおっしゃる。

カネさんは当然買って帰るという。私はすでに家に10数本、各社の醬油や醬油調味料があり、ジョーキュウ醬油さんのアイテムは『博多大名本造り』『香味煮付』を持っているのだが・・・得がたい「生揚げ」である・・・やっぱり買ってしまった。あらら。

福田室長の推し、『す漬一発』

福田室長が「醬油屋としてのオススメはこれ、なんですよ」とおっしゃったのが、この『す漬一発』で、これも購入。どんなお味か、まだ開栓していないのだが、楽しみである。

本品に限らず、ジョーキュウ醬油さんのボトルラベルのデザインはよく出来ていると感じる。

というわけで、失礼する時間となりました。

御多忙にも関わらずお相手いただいた、時枝政男管理本部長と福田昭浩室長に感謝致します。ありがとうございました。たいへん勉強になりました。

(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?