ヒラ詩篇

ヒラ詩篇      陽羅義光
 
➊ 姉の海                       
 
どうせ死ぬならケエツブロウよ かなしお前とあの渦巻へ(伊藤野枝)     
 
水の中はつめたいですかあなた
水の中はくるしいですかあなた
水の中はさみしいですかあなた
水の中はきびしいですかあなた
海にふる雪はきれいですかあなた
海にふく風はしずかですかあなた
海になく鳥はあわれですかあなた
海にちる光はしみるですかあなた
遺されたわたしはどういえばいいのですか
遺されたわたしはどうなけばいいのですか
遺されたわたしはどうすればいいのですか
遺されたわたしはいつしねばいいのですか
 
あなたとおなじやりかたで焼きおにぎりをつくり
あなたとおなじやりかたで煮っころがしをつくり
あなたとおなじやりかたで調理家電にたよらずに
なにもないときはカスミをたべて生きてきました
わたしはこうしてたべてきました
それでも胸の芯はいつもからっぽ
ちっとも満腹になったこともなく
たべるたのしみなどもちろんなく
そうして髪も眉も髭も白くかぼそくなって
顔のこいシミとふかいシワは無残なほどで
目も耳も歯も歩くのもおぼつかなくなって
あなたのおじいさんの年齢になってしまい
あなたの顔も躰も匂いもなぜか想いだせなくなり
何よりも情ないのはともだちもいる海のむこうの
戦争にも飢餓にも難民にも同情できないことです
いちばん侮辱してきた人間になりつつあるのです
あなたは反社会的反道徳的反常識的だったが
半世紀経ってその反がみんなとれてしまった
それであなたの真骨頂が達成されたといえる
だが別の反が新たに生まれてきたと思われる
いまならさしずめあなたは例の皮肉をたたえた口調で
テロリストはデロリンマンだ豚は蓋で国葬は国辱だと
反骨というよりも剥きだしの骨を露わにするでしょう
だが時はいっさんにすぎ朝日は黄昏となり闇がおりる
あかりを点しわたしは手紙をかいています
漢字をわすれてほとんどひらがなになって
あなたのひらがなばかりの手紙をけなした
あのころのわるふざけをかみしめています
新聞活字はルーペがなければ読めず
スマホは説明されてもチンプンカン
SМSはSОSだと思いこんでいる
LGBTは新しいテレビ局だろうか
さてこんなふうなわたしでも生きていけと
あなたの分まで懸命に生きて生きていけと
優しく惨酷なことをおっしゃってくれるね
わたしをいま幾つだと思っているのですか
そしてあなたは夢のなかで叫ぶ
あなたの反骨をこの老骨に灌ぐ
昔ながらに剣などもてる訳ない
ですからペンをもって戦う所存
想えばあなたの思想はただひとつです
周りが嗤って相手にしてくれない私想
地上は土くれ一つだれのものでもない
どの国家どの国民のものでも断固ない
あなたはいまでも誤解しているのでしょう
あなたを捨ててなんかいないと告白します
わたしが捨てられたのだと正直にいいます
たしかに誤解で救われるばあいもあるけど
つたない手紙でもし救われるのならば
わたしは何度でも何度でも書くつもり
書いては燃やしすぐに書いては燃やし
宛先はないがあなたの海に散灰します
あなたはつぶやいた十四歳のわたしの眼をみつめて
そう自死の二十一時間四十分前につぶやいたのです
生マレテキタ以上ハ生キテイカナケレバイケナイノ
だからその言葉の謎を噛みしめて生きてきたのです
ことしはあなたの五十回忌
よみがえりの年となるよう
わたしは海に祈りましょう
わたしは切に祈りましょう
わたしにとって書くことは祈ること
神や仏にではなくあなたに祈ること
それが大袈裟ならあなたに問うこと
世の中はこれでいいのかと問うこと
 
水の中はつめたいですかあなた
水の中はくるしいですかあなた
水の中はさみしいですかあなた
水の中はきびしいですかあなた
海にふる雪はきれいですかあなた
海にふく風はしずかですかあなた
海になく鳥はあわれですかあなた
海にちる光はしみるですかあなた
遺されたわたしはどういえばいいのですか
遺されたわたしはどうなけばいいのですか
遺されたわたしはどうすればいいのですか
遺されたわたしはいつしねばいいのですか
 
           (雑誌「労働者文学」掲載)
 
 
  
 
➋ 我ガ人生    
 
雨ニモマケテ 風ニモマケテ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケテ
丈夫ナカラダヲモタズ
欲マミレデ
決シテ省ミズ
イツモウルサクオコッテイル
一日ニ米五合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
肉ト魚ハ沢山タベ
ソレデモ足リズニカップラーメン
サラニ夜食ニアンパン三ツ
アラユルコトヲ
ジブン本位ニカンガエ
人ノ意見ハキカズ
キイテモスグワスレテ
野原ノ松ノ林ノ陰ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニ女ヲツレコミ
東ニ病気ノコドモアレバ
ナルベク近ヨラナイコトニシ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテ稲ノ束ヲセオッテアゲテ
ソノママ逃亡シ
南ニ死ニソウナ人アレバ
行ッテ財布ヲカッパライ
北ニケンカヤソショウガアレバ
モットヤレトケシカケ
ヒデリノトキハ屁バカリコキ
サムサノ夏ハアクタレツイテ
ミンナニゴキブリ男トヨバレ
ホメラレモセズ
クニダケサレテ
ソウイウモノニ
ワタシハナッテシマッタ
 
 
➌ 虹色
       
赤は情熱の赤
なんて嘘だ
橙は蜜柑の橙
なんて嘘だ
黄は幸福の黄
なんて嘘だ
緑は山脈の緑
なんて嘘だ
青は青春の青
なんて嘘だ
藍は愛の藍
なんて嘘だ
紫は紫式部の紫
なんて嘘だ
赤は赤狩り
橙は大体
黄は危険
緑は緑内障
青は蒼ざめた馬
藍は哀
紫は紫煙
色は色色
色とりどり
色男もいれば
色魔もいる
みんな染まって
虹となればいい

 
➍ 文神               
     なにゆゑに こゝろかくは羞ぢらふ
                (中原中也)
 
この世界に神様がいるなんて信じられないけれど
神様というコトバがあるのだから神様はいるのだ
神様がいるだけでなく美神とか詩神とかいうから
きっとそういうものもいるのだから文神もいるか
いやそんなコトバはきいたことがないからいない
なんて世間はいうにちがいないがそれならつくる
勝手につくった文神にどんな作家をもってこよう
文学の神様とよばれた志賀直哉かな横光利一かな
けれども文学の神様と文神は違っていそうだから
このさい新しく文神をつくる必要があると考える
そのとおり必要なぜなら文が乱れた世の中だから
けれども文神が文を乱した張本人だったりしたら
これはしごくあたまが痛くなる話ではないかしら
あたまが痛くなると気が違ってくる狂気が生れる
気が違ってしまうくらい文学やれと夏目漱石曰く
となると夏目漱石が文神なのかだったら森鴎外も
神様が二人いるのもおかしな話だから一人に絞る
ノーベル賞等というつまらぬ肩書きがほしいなら
川端康成か大江健三郎かそれにしても日本は狭い
世界に目を向ければゲーテもトルストイもいるぞ
もっと目新しい文学者がならカフカかジョイスか
それでも文というかぎり各国それぞれの文がある
翻訳文というものもあるがあれは文神からは遠い
要するに各国各言語において文神が必要なのだな
けれども日本に文神とよべる人がいるのかどうか
宮沢賢治などは神がかった天才だが詩神のほうだ
小林秀雄なども神がかった天才だが作家ではない
個人的には内田百閒や辻潤の文が好きなのである
文の醍醐味はエッセイにありと私なんかはおもう
例えそうであっても文神として祀る気にはなれぬ
他にも梶井基次郎や太宰治の文章は敬服に価する
残念ながら文神になるために若死には障害なのだ
なかなか見あたらないし本人の自己申告もないな
そんならしょうがない私がとりあえず文神になる
それで文句がある者は私の文才を知らないせいだ
まずしょうがないから自己申告しようではないか
すくなくとも日本の文神はまさに陽羅義光である
反論も批判も誹謗も中傷も絶対受けつけられない
もしそういう不埒なやつがいたなら証拠を見せろ
私が文神ではない確実な証拠を見せる必要がある
そのためには三万の作品を読破しなければならぬ
そんな無駄な労費をする者がいったいどこにいる
というわけで文神の称号は私で決まりでいいよね
君たちは私を無知で無恥だと鞭打つつもりだろう
私は決して君たちを誹謗中傷で訴えたりはしない
それはそれでいい真実を告白する者は鞭打たれる
それが須らく社会の常識であり人間の掟だからな
恥ずかしくない訳はないけれども考えてもごらん
君たちこそ文神を無視してきた恥辱を味わうはず
君たちは私を怖れて怖れて触らぬ神にたたりなし
その罪こそ大いなる恥辱大いなる汚辱であるはず
だからといって私乃ち文神を崇めろとはいわない
君たちは変わらず嘲笑と罵声で文神を罵ることだ
それが君たちらしいし何よりも地獄の文神らしい
その通り文神は天国の文神ではなく地獄の文神だ
イエスも釈迦もダンテもびっくらこいて地獄落ち
この世は地獄でこの世を描く芸術家は地獄の使者
君たちに文句があるなら地獄の使者になってみろ
そうすれば君たちと私とどちらが文神か判明する
そんな稀な蛮勇が君たちにあるとは思われないが
君たちは聴こえないかとある場末の暗い一室から
毎夜ポトポトとパソコンのキーがたたかれる音を
君たちは想わないか文神が売れない文を書く姿を
君たちは見えないか文神の文学の刃の歯こぼれを
君たちは臭わないか老骨にムチ打つ文神の死臭が
 
 
➎ 五句あるいは誤句
 
山路来て何やらゆかし猫の糞
 
生き延びて大屁を放つ有難き
 
放尿の左右飛び散る別れかな
 
頻尿や便所は遠くなりにけり
 
尿(しと)尿(しと)と口ずさみつつ介護かな
 
 
➏ 詩者              
       沈黙のうちに死んでゆく
    これら呪われた老人たちみなの(ボードレール)
 
ぼくはラーメンがかくべつ好きだ
躰にわるいと知りつつよく食べる
トンコツスープもわるくはないが
昔ながらの醤油ラーメンがいいね
ぼくの従弟はステーキが大好物だ
三歳から半世紀経ったが変わらぬ
血圧が高いが決してやめられない
ぼくの孫が憧れる吸血鬼は血一筋
ラーメンもステーキも食べないよ
勿体ないが人それぞれだからねえ
吸血鬼も人のうちに入れての話だ
知人は人肉がいちばんだよと囁く
痴人ではなく普通の紳士なんだが
ぼくの太鼓腹の脂肪をよろしくね
頼んでみたが少女の肉のみ喰うと
こりゃ変態じゃと毒づいたけれど
詩を書くやつほどではないよだと
たしかに詩人はラーメンなぞより
人間の血肉を喰らうのが好きかも
詩人の友だちにそんな話をしたら
山之口獏が琉球の樹を語っている
器量のよくない詩人みたいな樹で
いつも墓場にだけ突っ立っていて
墓参の人の涙の数々を吸って育つ
涙の数だけ強くなれる樹だと苦笑
さても詩を三十年も書いていると
こういう厭な話も耳にするよなあ
獏詩人は厭な話とは思っていない
風変わりな樹として語っているよ
友だちはぼくの思い込みを諫める
けれども詩人はゾンビじゃないか
ぼくは遂に詩を捨てる決意をした
それからは小説一筋で更に三十年
偶然目にしたボードレールの言葉
私達は民主主義と梅毒に感染中だ
百五十年前のベルギー論だそうだ
感染者はぼくベルギーは日本かも
ワールドカップは日本対ベルギー
猟銃音で覚醒したカモさながらに
つとぼくは狂声を発したのである
小説書きもぜんぜん変わらないぞ
やはり人間の血肉を喰らうゾンビ
そう気づいて居直って覚悟きめて
たぶん同胞は狂人のみと知りつつ
ふたたび詩を書き始めたのだった
単に美というだけでは満足出来ぬ
気違いでも入牢でもなんでもする
了見でなくては文学者になれまい
夏目漱石はそう書いているけれど
ぼくには了見なんぞなくたまたま
気違いになってしまった者である
詩人と自称するには烏滸がましい
ぼくは文学と梅毒の両方に感染中
が沈黙のうちに死んでゆくこれら
呪われた老人たちみなの詩を書き
詩者として生き永らえていきたい
 
(雑誌「小説と詩と評論」掲載)
 
 
➐ 寒心
       こうしてわれらはまたも孤独だ(セリーヌ)
 
寒心とは関心でも感心でもない
心配などで肝を冷やすこととか
怖れを抱いて慄然とすることで
歓心に堪えないとは云わないが
寒心に堪えないとは云うもので
昨今いよよ尿漏れがひどくなり
近々いやはや失禁男の札貼られ
これは異状だ癌の可能性大です
而も末期まっきっきの黄色信号
なんて医者に大仰に云われると
やはり寒心に堪えないけれども
肝を冷やして治るものではない
治すには治療か手術かそれとも
つまり放射線か全摘かそれとも
この際胡散臭い祈祷でも頼むか
或いは新興宗教に縋ってみるか
若しくは自力本願念力発揮だあ
今こそ綴ろう私的前立腺歌日記
くたばれ頻尿尿漏れ後追い漏れ
いやはやそんなことをする前に
医者の誤診を疑ってみることか
そうして誤診でないと解ったら
観念して死期を待てばいいので
待てば海路の日和ありうんぬん
むかしの人はよく云ったものだ
荒れ狂う海を知っている身には
日和なんていまここにしかない
待たなくてもいまここの日和よ
例え雨でも雪でも嵐なんかでも
例え重病でも金欠病であっても
それを愉しめれば人生充分かと
生まれた甲斐があると云うもの
甲斐があれば死出の旅も無寒心
畜生め天国も地獄もあるものか
棺桶も死骸も墳墓も仏壇も砕き
再び異次元の世界へと逝くのみ
そこに関心を持つのも悪くない
そこに寒心を抱くのも仕方ない
馬鹿な宿命を詛うのも悪くない
人間万事塞翁が馬鹿とか何とか
人間の吉凶禍福は予兆できない
なぜならそんな差別はないから
人間すべからく凶と禍しかない
ゆえに馬鹿な面白さが在るので
馬鹿馬鹿しいにもほどがあるよ
われらの世界は愚者愚者の葬列
われらの死はなしくずしの愚劣
おお独りを愉しめ愉しむは独り
おお独りこそ原初からのすがた
孤絶の石ころになにができよう
ならばなにを怖れるなにを寒心
またも孤独ではなくいつも孤独
三度の飯と変るものなんかない
六度の熱と替るものなんかない
九度の嘘と代るものなんかない
畜生め天国も地獄もあるものか
棺桶も死骸も墳墓も仏壇も砕き
再び異次元の世界へと逝くのみ
粉雪が今日は降りつづいている
かつて今日は粉雪が降ったのだ
そして明日も粉雪が降るだろう
降る雪や明治は遠くなりにけり
明治大正昭和平成令和に拘らず
寒心はいつも降りつづいている
都会に田舎に山に海に平野にも
おお自然よそなたがもし神なら
そなたは無神論者になるだろう
おお神よ人間から寒心を抜取れ
それとも魂を抜取るべきなのか
だれかが云ったが孤独こそ故郷
おお魂の故郷はそこにしかない
ならば流石の神でも手が出せぬ
だから天国も地獄もあるものか
われらの世界は愚者愚者の葬列
われらの死はなしくずしの愚劣
孤絶の石ころ転がって生きつつ
孤絶の石ころ転がって死につつ
 
        (雑誌「小説と詩と評論」掲載)
 
 
➑ 音楽
           どこやらに鶴の声きく霞かな(井月)
           
だれ信じられるというのかだれ想定したといえるのか
いやはやとうとう母の歳越えてしまった
ならば母越えたかノンいつまでも私母の幼子である
あの日母なに思っていたのか私のことであるまい
そうでなければ母私に黙ってみずから
あの巨きな川に入ったりすまい
いくら天竜川泳いだの自慢であっても
いま川面橋上からながめている
その名のとおり荒々しい荒川の流れ
幼いころ溺れるの怖れず粘土とった
粘土色の水いまも変わらず我眼凝らさせている
こうして念じていれば水底の母浮遊してくるはずである
あれからあの日から母よ一年に一回ノン十年に一回
心透明になることがあるそんなとき死にそこなって
悪人の私とりかえしのつかぬほど老いてしまった
私憐れむな私蔑むな母よ
すでにじぶん憐れみ蔑んできたのだから
母なに大切にしたのか母だれ大切にしたのか
母なにに裏切られたのか母だれに裏切られたのか
ささいなことと知りつついまさらながら
そんなことばかりに想い馳せている
三月十日かならず驟雨がくるこなければ私雨ふらす
一個の役者は常に無言である
橋上の舞台に立ちどんな台詞なりたとう
かみては赤羽しもては川口奈落は闇
風趣もない情緒もない哀愁もないノン私知っている
太白昼見ゆるとき私肌となり母の光感じるであろう
東風吹かば私鼻となり母の香嗅ぐであろう
不如帰啼きつれば私耳となり母の聲聴くであろう
あるいは母の音楽感ずるであろう
 
 
➒ 十二支         
 

は鼠男の鼠講
猫撫で声で猫かぶり
かぶった袋で窒息寸前
窮鼠猫を噛む鼠小僧
 

は牛泥棒別名カーボーイ
牛丼ドンドン牛詰め文明開化
フロンティア・スピリット
うしとみしよぞ
 

は寅さん男はつらいよ
タイガースは弱いよ
タイガー・ジェット・シン
虎に喰われりゃオレも痛いよ
 

はかわいやな兎ミッヒーちゃん
兎と亀のマッチ・レース
かのカチカチ山で
狸を騙し焼き殺した殺人鬼
 

は竜吟ずれば雲起こる
闇雲だ雲隠れせよ
竜虎相打つ
されど竜頭蛇尾
 

は蛇の目傘
蛇淫のおんな蜷局まき
蛇足のおとこ騙される
ジャジャジャジャーン
 

は塞翁が馬
うまくいくかうまくいかぬか
馬耳東風馬の耳に念仏
コンチクショウ馬の糞
 

は羊が一匹羊が二匹
いよいよ羊が百匹
これぞ羊頭狗肉
ミミズ千匹戴いても眠れんわい
 

は見ざる聞かざる言わざる
猿知恵はたらかし結句
人間を去る
猿も木から落ちる
 

はコケコッコー虚仮威し
色とりどり秘剣鳥刺し
眼に青葉やまほととぎす
眼に嘴
 

は犬畜生官憲の手先
犬の遠吠え
犬も歩けば主義者に当たる
犬も喰わぬ犬
 

は猪武者猪突猛進
盲信はもう沢山
猪鹿蝶
牡丹はらり
 
 
➓ 虫の行方     
 
ある日公園の掃除をしていて
紋白蝶の羽根が一枚また一枚
羊歯の狭間にはさまっている
羽根をなくした胴体はどこに
私はどこに行ったのだろうか
私はどこに行ったのだろうか
掃除夫の仲間と休憩のときに
カマキリの話が出たものだが
交尾ののち猛る雌カマキリに
従容として喰われる雄を見た
それほど子孫を作りたいのか
このとき仲間が蚊にくわれた
なあ神様が本当にいるのなら
蚊なんか絶対創らないよねえ
彼は痒みに耐えながら呟いた
私はムヒを塗ってあげながら
それは人間の側の発想でさあ
蚊にだってきっと神様はいて
人間の血をエサにしてあげる
だからいっぱい子孫を作れと
私は神様が本当にいるのなら
人間なんか創らないと思うよ
人間なんか創らないと思うよ
毎日毎日殺しあっている人間
わが子を虐待する虫がいるか
詐欺をはたらく犬猫がいるか
金稼ぎに精出す牛馬がいるか
美容整形に夢中の猿がいるか
さて羽根をなくした蝶はどこ
羽根をなくした蝶はいったい
羽根をなくした蝶はいったい
羽根をなくした私はいったい
羽根をなくした私はいったい
羽根をなくした夢はいったい
羽根をなくした夢はいったい
神様の処へ行ったのだろうか
たぶんおそらくきっと絶対に
でなければ生きてはゆけない
でなければ生きてはゆけない
虫けらの人間には救いがない
虫けらの人間には救いがない
おけらの人間には救いがない
かけらの人間には救いがない
とはいえ神は神でも死神かも
ほら見てみろ現実を見るのだ
死神が紋白蝶を腐らせるのだ
紛れもなく私を腐らせるのだ
死神が人間達を腐らせるのだ
死神が世に腐れを蔓延させる
内臓を腐らせ脳味噌を腐らせ
子宮を腐らせ前立腺を腐らせ
糞尿を腐らせ血汗涙を腐らせ
腐らせ腐らせ腐らせ腐らせる
ペストもコロナもみな死神病
侵略破壊虐殺掠奪強姦死神病
人類を人間を神を滅ぼせ死神
そのとき蝶は羽根を取り戻し
どこかへ飛び立つに違いない
そのとき私は羽根を取り戻し
どこかへ飛び立つに違いない
どこかへどこかへどこかへと
 
 
⓫ 人間                   
    人間のいのちの道の半ばで正しい道を踏み迷い、
    はたと気づくと暗黒の森の中だった(ダンテ)
    世界は美しいけれども、ひとつだけ美しくないもの  
    があって、それは私たち人間です。(チェーホフ)
 
あれは水音であったろうか あれは月光であったろうか
ひそやかな黄昏に聴こえる しずかな夜ふけにながめる
あれは水音であったろうか あれは月光であったろうか
それともあれは想い出の中 それともあれは幻の夢の中
聴こえる聴こえる聴こえる ながめるながめるながめる
わたしは巨石の上に眠ろう わたしは天空の中を泳ごう
わたしは水音の上に眠ろう わたしは月光の中を泳ごう
音はわたしを鞣すであろう 光はわたしを曝すであろう
そうしていまこそ告白の時 そうしていまこそ蛮勇の時
真実いうと世界が凍るなら 凍らせてみようホトトギス
吉本興行こぞってがんばる それで笑える世界ではない
人間はできそこないである 人間はできそこないである
心臓は一つでは心もとない 肺や腎臓や尿管は二つだが
胃も肝臓も肛門も一つだけ これらは差別だ片手落ちだ
手が二本というのは少ない 千手観音こそ理想的である
脳も二倍はないといけない 苦悩を自分で解決できない
眼は後ろにも不可欠である 後ろから襲われないように
人間はできそこないである 人間はできそこないである
一度に百人は産めないから 少子化問題などが発生する 
各国で言語が統一されない 各国で思想が統一されない
各国で宗教が統一されない 各国で肌色が統一されない
そのため戦争が終わらない 人間人間人間人間人間様よ
人間はできそこないである 人間はできそこないの見本
大昔の聖者は気づいていた 仏陀にイエスにマホメット
だからできそこないを救う 方法をなんだかんだ考えた
けれども人間に救いなんか 馬の耳に念仏イエスにノー
救いであるはずの少年少女 鬼畜野郎に凌辱されまくり
救いのない大人に成長する それって成長か退潮なのか
救いがないのが救いなのだ 安吾安穏隠語隠者救いなし
人間に較べ虫はできがいい 蝉は泣き喚いて七日で死ぬ
蟷螂は生殖後雌が雄を喰う 蚊は針が折れるくらい刺す
灯蛾は飛んで自ら火に入る かの武士道も真っ青の潔さ
蚯蚓は泥を喰って泥を出す 蜥蜴は切れた尻尾が生える
蜘蛛はなによりも我慢強い 人間は待つのを愉しめるか 
虫は絶対戦争なんかしない 食扶持の取り合いはするが
虫には宗教も思想もないが ないことが宗教思想なので
あればいいってものでない 虫は環境に敏感であるから
自然環境を破壊しないから 人間より利口で優れている
蝗の大軍は破壊ではなくて 人間の食扶持を奪うだけだ
人間も虫の食扶持を奪って 糞でも喰らわねばならない
蜂や蟻ほどに働いたとして 原爆作ったり原発作ったり  
虫に比べて人間の愚かさよ 呆れる位情ないくらい位の
愚かさ愚かさ愚かさ愚かさ 愚愚愚愚グッドでない何か
人間はすこぶる愚かである 脳が二倍あっても足りない
否もしかすると半分でいい どっちだってできそこない
能なしに脳って必要なのか 一体どうなのか脳を使おう
かくいう吾輩も人間である おそらく吾輩は猫ではない
従って鼠を取ったりしない 鼠がきたら一目散に逃げる
吉良常飛車角を気取っても 飛んだ桂馬で任侠道どこへ
人間は猫よりも弱虫である 弱虫が万物の霊長の訳ない
強虫こそ万物の霊長である 人間は弱虫のみならず糞虫
つまりクソッタレの虫の息 人間はできそこないである
人間ができそこないの証拠 どこまで見せれば納得する
ちびた脳は他人を騙すため 弱気をくじき強きをたすく
ちびた脳は他人を威すため 小国から搾取し大国を潤す
ちびた脳は他人を殺すため 時として両親兄弟を幼児を
人間性なんて言葉があるが 攻撃性や残虐性と同義語だ 
人間はお粗末なものである 人間はお粗末なものである
犬猫は慎み深く喘いで死ぬ 屠殺場の牛は涙一粒こぼす
象は死ぬとき墓場まで行く それに比べて人間はお粗末
遺書を書いたり遺言を遺す 末期のときまで虚飾まみれ
犬は歩けば棒に当たるけど 人間歩けば車にはねられる
牛はモウモウ沢山となくが 人間はモットモットと喚く
象の象徴は長い鼻と巨大牙 人間の象徴は補聴器と入歯
詐欺をはたらく犬はいるか 金稼ぎに精出す牛はいるか
美容整形に嵌る象はいるか げに今こそ我身を思ふなれ
人間はよく馬鹿とほざくが 馬と鹿に失礼この上なしだ
月に吠え吠え吠え吠え吠え 水に歎き歎き歎き歎き歎き
咽喉が鳴りますゆやゆよん 中原に虹はいつかかるのか
仮に大空に虹はかかっても 決して人間にはかからない
人間にかかるのは火の粉か 人間がかかるのは病の気か
二次元三次元四次元五次元 一次元の道を踏みはずした
何と人間はお粗末なものか 何度大ミスしても懲りない
一番の大ミスは恋愛である 性愛を恋愛と思い込むアホ
恋愛病で七転八倒醜態晒し とことん狂ってストーカー
いっそう狂って自殺か他殺 金輪際狂うことをやめない
空海も親鸞も道元も日蓮も 色即是空空即是色巧言令色
だめでせうとまりませんな 雨ニモマケズ風ニモマケズ
二番の大ミスは結婚である ひたすら相手を独占したい 
そのためなら結婚が必要だ ライバルに諦めさせる作戦
そしてライバルは一生独身 結婚生活で地獄を味わうか
独身生活で天国を味わうか 答はあらかじめ約束される
三番の大ミスは離婚である 自己破産か不倫かどうあれ
離婚の理由は夫婦の不理解 人間のお粗末さを知らない
四番の大ミスは再婚である 女も男も誰だって大差ない
男女はみんなできそこない できそこない同志の再婚は
できそこないのくりかえし くりかえしの般若道をゆく
五番の大ミスは終活とやら 常に死ぬ準備と覚悟が必要
いまさら終活なぞ笑止千万 死ぬときは死ぬが良かろう
一貫一冠一環一巻の終わり 人間なぞに生まれてくるな
恋愛は病気と同意語である 誤って鳩を喰った手品師か
結婚は入院と同意語である 片手で拍手しておめでとう
離婚は手術と同意語である 手術台の上の雨傘とミシン
マルドロールバツドロール ロールスロイスの中で手術
再婚は点滴と同意語である 点滴は天敵であると知ろう
終活は退院と同意語である あらかじめ喪われた人魚か 
アホらしいにもほどがある アホらしいにもほどがある
人間はさもしいものである 人間はさもしいものである
奴が喰ってる肉は旨そうだ 奴が着ている服はキレイだ
奴が住んでる家はでっかい 奴の奥さんは絶世の美人だ
奴のメールには毎日お誘い 奴のカードには今日も入金
何より奴は生来の才能充満 その才能に老若男女大集合
僕と奴では生前から異なる よって生後も須らく異なる
人間万事塞翁が馬というが 人間万事不平等ともいえる
不平等を認識すると不謹慎 不謹慎を実行すると即監獄
不退転ならず一回転二回転 十三回転したって回転不足
そんな僕に輪廻転生無意味 永劫回帰は回避したいだけ 
不味い肉を喰わされるのみ 汚いシャツをかぶせられる
ウサギ小屋に住むしかない ブスッと暮らすのが精一杯
ヤク塗れ厄塗れ三文役者の 一役二役三役揃い踏みてか
不能無能で脳味噌スカスカ スカーレット役はアタシよ
僕のメールは借金催促のみ 僕のカードはすっからかん
そんならひとつ闇バイトを 逼迫軽薄脅迫箔すらつかん
だが人間はやるせないもの やるせないにもほどがある
金がないと生きていけない スラムの飢餓鬼金的ねらい
金科玉条一刻千金金襴緞子 金は天下の回りもの物狂い
キンカクシ隠し金庫金庫番 政治と金性事と金神事と金
烏賊の金玉狸の金玉金平糖 秘密蜂蜜カネ三つの甘い汁
糞喰らえ捕らぬ狸の皮算用 世間胸算用西鶴西行西新宿
糞喰らえ下痢喰らえゲゲゲ 鬼太郎桃太郎慎太郎金太郎
人間は些細な金で人を殺す 些細な金で魂を売り飛ばす
魂を売った輩は権力に縋る 魂を売った金を兆倍にする
且つ歴史を変え制度を変え 独裁者動物農場のブタ野郎
ひいては人間の魂を変える 総動員令国民人民奴隷根性
そうじゃないうそじゃない そうじゃないうそじゃない 
全く人間はやるせないもの やるせないにもほどがある
夢がないと生きていけない 巷に夢遊病群れ溢れかえり
無我夢中夢幻抱擁夢か現か 人生夢芝居みんな夢のなか
国家の恥大逆事件に幸なし 国民の恥奴隷根性に栄なし
明治は遠くなりにけりだと 明治は令和に続くなりだよ
実に人間はやるせないもの やるせないにもほどがある
家がないと生きていけない ホームレスさえも家はある
いえいえ家とはいえません だから結句未だに半死半生
金と夢と家こそ三種の神器 仁義通さにゃ人間じゃない
大地震大津波何度来たって 保険があるよ保険があるさ
虫にも植物にも不要なもの 不要の是非か必要の是非か
現代人はさらにややこしい 車や電気や衣服やあれこれ
断捨離やっても必要なもの 犬猫にも牛にも象にも不要
なぜに人間だけ必要なのか 人間は退化しつつあるのか
人間は生き辛くなっている 正に客観的にはそう見える
少なくとも断固主観的には それほどにやるせないもの
車や電気や衣服ではなくて 人間に大切なのは芸術のみ
できそこないが芸術だって できそこないが芸術だって
できそこないだから芸術さ できそこないだから芸術さ
だがだれもそれを知らない 美しい花々を発見できない 
しかるに芸術は衰退一途だ ベートーベンは生まれるか
ゲーテやダビンチやロダン 果たして過去の遺物なのか
芸術はエンタメに変貌遂げ 芸術はゲームに席巻されて 
芸術はみるかげもなくなり 芸術は近い未来に絶滅する
むかしは電車では文庫読み いまは電車でもスマホ弄り
違いがないどころか大違い 違いの解る者はもういない
AIだCIだと威張っても ええじゃないか踊りと同じ
こうこはどうこの細道じゃ 道なき道をばとおりゃんせ
君は巨石を砕き天空を殺し 芸術を取り戻せるだろうか
それでも君は一縷の望みを 一縷どころか十縷ほどにも
そうでなければ生きてない そうでなければ死んでいる
しかしどこからか声がする おまえはもう死んでいると
北斗星が輝くのはあと数年 おまえが蠢くのはあと数年
惨酷なのは四月だけでない 年がら年じゅう惨酷なのだ
惨酷でなければ悲惨である 悲惨でなければ荒野である
さても未来社会こんにちは さようならさようなら芸術
そしてそのとき人間も絶滅 さようならさようなら人間
あれは水音であったろうか あれは月光であったろうか
ひそやかな黄昏に聴こえる しずかな夜ふけにながめる
あれは水音であったろうか あれは月光であったろうか
それともあれは想い出の中 それともあれは幻の夢の中
聴こえる聴こえる聴こえる ながめるながめるながめる
わたしは巨石の上に眠ろう わたしは天空の中を泳ごう
わたしは水音の上に眠ろう わたしは月光の中を泳ごう
音はわたしを鞣すであろう 光はわたしを曝すであろう
 
(雑誌「労働者文学」掲載)
 
 
⓬ 此処より永遠に
 
平成二十三年三月十一日を記憶せよ
昭和二十年八月六日と共に記憶せよ
東日本に天変地異奇々怪々の天動説
気象庁想定内もМ9は青天霹靂だと
大津波は空前絶後疾風怒濤騎虎之虎
善男女は阿鼻叫喚七転八倒茫然自失
家もビルも校舎も雲散霧消一網打尽
太平洋津々浦々は鬼哭啾々死屍累々
魑魅魍魎が跋扈し被害者は九牛一毛
福島原発一進一退千変万化怪談奇譚
機動隊員粉骨砕身消防隊員乾坤一擲
警察官も満身創痍これ地獄の黙示録
市町村長五里霧中四面楚歌のココロ
知事は優柔不断で岡目八目のココロ
政府首脳は背水之陣すれど暗中模索
野党首脳は好機到来はずが敵前逃亡
東電幹部みな厚顔無恥且つ漱石枕流
なるほど政府東電比翼連理のココロ
保安院は朝令暮改朝三暮四無用機関
専門家は曖昧模糊もしくは支離滅裂
大企業各社は税金対策これ臥薪嘗胆
遊興施設は深謀遠慮右も左も黴蔓延
オマンラは鵺じゃ森羅万象を蔽う鵺
馬耳東風なれども節電自粛が決め手
正に危急存亡のとき救急車はまだか
キャスター繰返す自問自答紆余曲折
コメンテイターは付和雷同枝葉末節
なんじゃれかんじゃれ曼殊沙華かい
タレントここぞと巧言令色廊下鳶に
ボランティア真似て天網恢恢垂流し
愚民一喜一憂賢民切歯扼腕右往左往
流言蜚語に惑わされりゃ疑心暗鬼で
原発現場は札束攻勢も蟷螂之斧じゃ
どこかのだれかが漁夫の利呉越同舟
ここを先途と虚実皮膜雄蝶雌蝶何処
被災者は九牛一毛か捲土重来期すか
人間万事塞翁が馬なら不撓不屈かも
福島競馬場再建先決馬のケツケッ作
この愛別離苦この手枷足枷払いのけ
日本人みな一衣帯水である一念通厳
盤根錯節に遇いてなにものかをしる
平成二十三年三月十一日を記憶せよ
昭和二十年八月六日と共に記憶せよ
さても原発横行闊歩五里霧中夢精中
かっぽれ議員が唯々諾々で鬼之攪乱
まるで丁半博打死んだ神仏頼むのみ
見よ東海の小島の磯の白砂に風聞す
蟹の妖怪戯れ蟹を喰ったら猿になる
猿蟹合戦弔い合戦風神雷神の図かい
祇園精舎の鐘の声諸行無常のひびき
天気清朗なれども波高し泰然自若也
波子はいっそ死にまする怠慢自虐也
佳人薄明も死んで花実が咲くものか
遠山桜が一件落着落首落雁落伍落語
原爆落ちても落ちにならん落着かぬ
教育勅語意味すらしらぬ温故知新ぞ
今や正に立場の断ち刃のタチバナの
哀しき父哀しき母哀しき子門前雀羅
危急存亡のとき誰がために鐘は鳴る
カンカン鳴っても閑古鳥鐘と金違い
金科玉条あの鐘を鳴らすのはあなた
無知蒙昧餅も美味いが煎餅も美味い
蒟蒻問答なお美味い脳味噌付けてね
皆みな様よ美味しゅうございました
日本の芸術は声なき声の歴史だった
日本の歴史は声なき声の芸術だった
平成二十三年三月十一日を記憶せよ
昭和二十年八月六日と共に記憶せよ
声なき声を記憶手なき手を記憶せよ
足なき足を記憶頭なき頭を記憶せよ
暗闇は彼方にあり暗愁は此方にある
 
(雑誌「小説と詩と評論」掲載)
 
 
⓭ 消え去るのみでもなく
         
無音の季節がおめみえしたのだ
はしたなくも且つゆくりなくも
名前のない鳥類はつばさがない
啼かない鳥は後ろの藪がにあう
もぐらに仮装して即火葬されて
ねぐらへあなぐらへと葬送する
いまぞゆくまぞがゆく時がゆく
無音の一日のはじまりなのだよ
今こそわたくしは平凡になろう
今こそわたくしは平凡でいよう
例えば晴れた日は天窓をあける
晴れた日におひさまをみないと
永劫に回帰することがないから
無音の季節がおめみえしたのだ
雨の日は雨が喜ぶ音をききつつ
雪の日は雪が怒る音をききつつ
花の日は花が哀しむ声をきこう
風の日は風が楽しむ声をきこう
月並な詩もどきをどもりながら
旧く折れ曲がった矢切の渡しが
まっとうな世間の道標だなんて
おもうさえおろかしいけれども
ふけばとぶよなこのわたくしに
ふさわしい生活をするのがいい
ふけばとぶよなこのわたくしに
ふさわしい生業をするのがいい
襤褸の蓑をまとい垢化粧をして
すがった藁こそは馬にみついで
いったい何といったらいいのか
教えて何といったらいいものか
無為の黄昏にしずんでいくのだ
ねえおじさんは何をしているの
おじさんは何もできないのだよ
少女は猫の瞳孔をみひらくけど
何を何を何を何も何も何も何で
ことばはさらにことだまをうみ
ことだまはつとことばを裏切る
さようなら左様ならさようなら
さようなら左様ならさようなら
ひとが神神しい山をあおぐとき
ながれゆく水を無心にみつめて
ちいさな心の臓をまもるがいい
わたくしはわたくしの変身譚を
誰よりもつよく誰よりも烈しく
両眼をいっしんにとじて念じて
いまこそはおごそかにゆるそう
 
(雑誌「小説と詩と評論」掲載)
 
 
⓮ 四行詩四篇
 
心がキレイになる時がある
一年に一度 いや十年に一度
そんなとき死にそこなって
四十歳になった
 
私は鳩だとおもったが
皆が石だと云うので
それは石にちがいあるまい
石の鳩だ
 
あこや貝いわく
真珠をつくるには
あの痛い砂つぶを
いつもからだにいれておくこと
 
いつか文学が私に
愛想を尽かすときがくる
その日まで生きていよう 生きてゆく為に
あとは〈幸福な死者のように〉
 
(詩集『四角い宇宙』所収)
 
⓯ 望郷恋唄
 
あらかじめ忘れ去られた夜明けにむかい
己はいつ叫声となって出立するのか
きょうも霊霊として雪のふる
この白白しさが己にはたまらんのだ
想えば古里はかのように凶凶しく
己は蒼白い少女専門に困惑させさせられ
茶たて虫さながらの嗤いで
ゆううつを憂鬱として完成させる
白い神よ黒い森にもふるふるふぶくもの
おまえは古里にむかって飛んではならない
己の血が古里めあてにながれぬために
いま犀星の血染めの詩句を口遊んでみる
異土の乞食と異土の乞食となるとても
さあこれから街と灯とにんげんに遭いにゆく
まだ死ばらないといっちょう騒いでくる
かえるころには雪も霙にかわり
路地の隅にびちょびちょ溜まっているはずだ
己はいっぴきの陳犬となって踏みしだき
逆流する血はいくらでも献血してやる
したり顔で呟くにちがいない
かつて童のこえで唄ったことも苦い記憶
そうとも竹色にかがやく笹舟にのり
大海をわたろうとした阿呆がここにいる
己の古里がをんなならばけして懸想しないだろう
己の古里が悲哀ならばもはや傷むことはないだろう
己の古里が黄泉の国ならば
金輪際死を望むこともないだろう
 
        (雑誌「ふたり」掲載)
 
⓰追悼文に代えて1
 
若鷺
      ──石川友也に
 
一條の冷雨は降るのか
一閃の天恵は降るのか
一入荒んだ
此の無機質の地上に
いずれ海豹になるつもりで
無心に泳いでいるときは
水の存在を覚らない
釣られてしまって
豁然と悟る
遅まきながら
己を生かしていたものが
何であったのかを
無知は罪なりや
無恥は恥なりや
水と空気を別つ
袈裟がけの斬り口
見極めたか
其れの正体を
見極めたか
其れの苛酷を
此の無機質の地上で
此れから貧しい寡婦の
普段は身窄らしい食卓に
天婦羅として渾身を捧げる
乾涸びかけた
一尾の若鷺は
一條の冷雨という名の
一閃の天恵を俟つ
 
⓱追悼文に代えて2
 
六無魚
      ──美倉健治に
 
お金の無い人よ
お家の無い人よ
仕事の無い人よ
家族の無い人よ
恋人の無い人よ
くるしむ必要なんかない
かなしむ理由なんかない
そんなにとぼとぼ歩くんじゃない
こんなにぼそぼそ喋るんじゃない
あんなにばらばら哭くんじゃない
みんなにぐちぐち歎くんじゃない
ないないづくしのせつない人よ
つくつくぼうしのさびしい人よ
あと百回の雨がふり
あと十回の雪がふり
きみはどこにもいなくなるのだから
きみはよのなかからきえるのだから
そうしていつかちいさな魚になって
そうしてなまえのしらぬ魚になって
その魚はきれいな水のなかにいるから
水はいつでもきれいなままでいるから
どんなにあふれるほど涙をながしたって
自分ではちっともみえやしないんだって
 
 
⓲ 禅詩然
 
ぜんぜんだめだよ
禅詩だなんて
ぜったいやめてね
禅師が嗤い死ぬ
 
わかっちゃいるけど
やめられない
わかっちゃいないな
人生いろいろ
 
いまぞゆく
いまぞゆく
いまぞゆくって
どこへゆく
 
ひとの尻ぬぐい
ひとの揚げ足取り
ひとの陰口たたき
ひとの尻馬に乗る
 
右を向いたら太平洋
左を向いたら日本海
上を向いたら大宇宙
下を向いたら一円玉
 
いわぬが花
いったら仇
いわぬは罪
いったら咎
 
詩は愚者のもの
恋は亡者のもの
酒は弱者のもの
夢は死者のもの
 
山は高ければ高いほど山である
海は深ければ深いほど海である
風は強ければ強いほど風である
人は弱ければ弱いほど人である
 
両手で打つと音
片手で打つと無音
無音も音である
無意味が意味の無い意味であるのと同じ
 
心はどこにある
頭か胸かそれとも
解らぬものは解らぬ
心も仏も
 
鐘が鳴る
鴉が鳴く
金が無い
歯が無い
 
    (【陽羅好日帖』より)

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