スーパー銭湯の廊下で肩がぶつかったことで0距離で睨みあって喧嘩しているおじさん同士を、クレーム対応のノリで仲裁してみた

皆さんは、街中で喧嘩をしている人を見かけたら止めに入りますか?
私は面倒なことに巻き込まれたくないので、そういう時は関わらないようにする人間です。そう思っていました。あの日までは……。

よく遭遇する他人の喧嘩といえば、電車の中で言い争っている大人でしょう。そんな時はいつも「迷惑だなぁ」くらいに思うだけで、仲裁なんてしたことも、しようと思ったこともありません。でもそういう電車内の諍いって、そんなに大ごとにならずに終わるイメージがありませんか?
電車って、駅に着くとドアが開いて人が出入りするじゃないですか。
それってすごく便利な喧嘩をやめるきっかけになるんじゃないかなと思います。

では電車の中以外の喧嘩ではどうでしょうか?
路上での、タンクトップを着てタトゥーが入っている人同士の喧嘩とか、何かナイフを持っていそうな人の喧嘩とか、現実に遭遇したことはないけれど、実際にあったとしても絶対に止めに入りません。自分が怪我をしてしまいそうですし、本当に事件性がありそうであれば、警察に通報するだけでしょう。

先日の日曜日、お昼からスーパー銭湯へ行きました。そこのレンタルの漫画を読みながら岩盤浴をし、その後に炭酸泉にゆっくり浸かってストレッチをする。職業柄肩や首のこりが激しいので、この日はこの施設でリラックスしながら妻と過ごすことをとても楽しみにしていました。

岩盤浴を終え、お風呂の方へ移動する渡り廊下を歩いている時、その事件は起きました。

片方は、50代くらいでちょっとやんちゃそうな、背は低く恰幅のよい男性。もう片方は、40代くらいで真面目そうな、背の高い眼鏡をかけた男性。

私の目の前で、その二人がすれ違いざまに肩が強めにぶつかったのです。
40代男性はそのまま通り過ぎようとしていたのですが、50代男性が振り向きながら「どこ見てんだ」と声をかけると、40代男性も「あ?」と振り返り詰め寄っていったのです。
漫画とかテレビで、ヤンキー同士がポケットに手を突っ込みながら、額を擦りつけあって睨み合うシーンがあるじゃないですか。「あ?」「んだコラ?」「テメーこそなんだコラ?」みたいに、巻き舌で不毛な言い合いをするアレです。
本当にそんな感じで、50代男性と40代男性が0距離で睨み合いながら、「テメーがぶつかってきたんだろうが」「あ?テメーこそどこ見て歩いてんだ?コラ」と、やり始めたのです。

廊下を歩いている人たちは、彼らを避けながら通り過ぎていきます。
普段なら自分もそうしたでしょう。しかし、喧嘩のきっかけからその後の展開まで、全て自分の目の前で起こったのです。
原因の分からない喧嘩だとどう仲裁していいか分かりませんが、今回は完全に把握しています。どちらもわざとではありませんでした。たまたま肩が当たってしまっただけです。結果、中年男性同士がヤンキーみたいなキレ方をしているのです。
そして、そんなしょうもない理由でこの二人は喧嘩をしていると理解できているのは、タイミング的に私と妻だけでした。なので、どうしようかと足を止めて彼らを見ていました。

「怖いから行こう」と妻が腕を引いてきましたが、私は意を決し「大丈夫」と言って彼らへ近づいていきました。

前日からこのスーパー銭湯に来ることを、とても楽しみにしていました。
そしてお昼からリラックスできて、本当に楽しい時間を妻と過ごしていました。そんな楽しい気分を台無しにするこの中年男性たちが許せなかった―という義憤で行動したわけではありません。

彼らに近づきながら思っていました。
「この喧嘩、絶対に収められる」

このnoteで繰り返していますが、私には漫画を描く才能はなかったと思っています。しかし、クレーム対応の才能は、多分、あります

私は独立前のサラリーマン時代は、クライアントを1,500くらい持つホームページ制作事業部の事業部長をしていました。
10人弱の若いディレクターやマーケター、デザイナー、コーダーが下にいましたが、物を作る仕事ですのでクレームはしょっちゅう起きていました。
若い部下たちには「好きにやっていいよ。問題が起きたら俺が責任もって片づけるから」などと格好つけていたものです。
実際にクレームが起きても、自分で何とかできるという自信も持っていました。そしてサラリーマンをやめて独立する時、私についてきてくれたクライアントの多くは、そのクレーム対応で関係を築いた方たちでもありました。

そんな経験があるからこそ、経緯もつぶさに見たこんな中年男性の喧嘩なぞ、楽勝で収められるという確信がありました。

「すみません、喧嘩なんてやめましょうっ、こんな場所で~」
目元は眉をハの字にして困った感じに、口元は口角を上げて柔らかい感じに、そんなハイブリッドな表情を作りながら彼らに声をかけました。

クレーム対応の時、ただただ下手に出つづけると、逆に相手の加虐心を刺激してしまいます。だから謝りながらも微妙に愛嬌も醸しだして、相手の毒気を抜くということをいつも意識していました。
まぁ、今回の場合は愛嬌全開で止めに入ります。

「腹立つ気持ちも分かりますけど~」
二人の中年男性の目を交互に見てうなずきます。

人は怒っているからクレームを入れます。
でもクレームは怒りをぶつけること自体が目的ではなくて、「何故自分が怒っているのか」を相手に理解してほしいのだと、私は思っています。
だから私はクレーム対応の時、「あなたの気持ちはとても理解できます」「そんなことをされたら誰だって腹が立つのは分かります」という内容の返事を繰り返します。安易な謝罪や今後の対応の話はせずに、まずは相手の気持ちに理解を示しつづけます。
まぁ、この中年男性たちは純粋に相手にキレているだけなのですが。それでも一応、彼らが怒っている気持ちにも理解を示します。

「見てました。どっちもわざとじゃなかったっす」
「どっちも悪気はなかったんだから、もうやめましょうよ」
少し真剣な表情で伝えます。

クレーム対応は、最後は振り上げた拳をどう降ろさせるか、ということになると思います。
ただペコペコ謝り続けられるだけでは、拳は降ろせないものです。自分の顔を立ててもらい、十分納得できる解決策を提示されてはじめて、拳を収めることができるというものです。
そしてこの段では、こちらもある程度毅然とした姿勢でいると効果的です。

この中年男性たちも、最初はオラオラ言い合っていましたが、どこか本音の部分では、この喧嘩を終わらせるきっかけと理由を欲しがっていたはずだと思います。

ここまで話かけると、
「大丈夫っす、もう行ってもらって構わないですよ」
50代男性の方がそう私に言うと歩き出し、40代男性は軽く会釈して反対方向に去っていきました。

そんな遠ざかる二人を見ながら、一人で仕事の達成感にも似たものを私はかみしめていました。
「また一つ、クレームを収めてしまったのだなぁ……」

すると不意に、軽く突き飛ばされました。

そちらの方を向くと、頑固そうな70代男性がいて、「立ち止まるな邪魔だ」と吐き捨てられました。一瞬でカーッとなりました。

その男性に顔を近づけて0距離で「あぁ?んだコラ?」と言ってしまいそうになりましたが、でもそこはがんばって堪えました。

おしまい。




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