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イグBFC4応募作品「筋肉は裏切らない」

 筋肉は裏切らない。それは本当だ。けれど男は裏切る。これも本当。
 守ってあげたくなるのが魅力だと言われていた。でもあまりに非力なので、あるとき助言された。少し筋肉つけた方がいいよ、そうじゃなきゃ共倒れになる。
 それは困る。共倒れになったら一緒に出かけられないし、いろんなことを楽しめない。だから筋トレをしようと決めた。
 近所のジムの扉を開け、エネルギーに満ちていることに驚いた。熱気にあてられ、思わず扉を閉めた。ジムがこんなところだとは知らなかった。
 回れ右して帰ろうとしたとき、入らないの? と声をかけられた。よく日に焼けた、いかにも健康そうな男性だった。笑顔がまぶしくて目をそらす。僕もしばらく休んでて、久しぶりなんだ。よかったら一緒にやらない?
 久しぶりなんだ、という彼の言葉に騙され、いや、積極的に騙されてやろうと思った。毒をくらわば皿まで。その例えが正しいか分からないけれど、とにかく私は足を踏み入れた。つわもの共が集う魔の巣窟へ。
 結論から言うとジムは楽しかった。性に合っていたと思う。件の彼はトレーナーだった。えっ、そっち? と思った。不満を漏らすと、しばらく日本を離れていたからね、久しぶりなのは本当だよ、と笑顔で言われた。私はまた目をそらした。
 そうやって目をそらし続けていたから、気づいたときには手遅れになっていた。
 別れよう。いつものようにご飯を食べてまったりして、シャワー浴びたらちょっと仲良くする? みたいな流れだと思っていたのに。そのために可愛い下着も買ったのに。ご飯を食べてすぐ、彼は姿勢を正し、私をまっすぐに見て言った。別れよう。
 なんで?
 別れよう。
 だからなんで?
 大きく息を吐いて、もうウンザリなんだよ、と彼は言った。
 なにが?
 きみの筋肉。
 筋肉?
 いや、きみの筋肉愛が。
 なんのことだか分からなかった。筋肉談義なんてしてないし、ジムに行くことにした、と言っただけで筋トレの報告もしてない。それなのになぜ? 
 それだよ!
 大声で言われてびくっとした。
 きみのその、筋肉に向ける視線が無理なんだ。
 筋肉に向ける視線……。
 自分のからだを慈しんでいるだろう。それが無理。反吐が出る。
 唖然とした。筋肉つけた方がいいって言うから頑張ってるのに。反吐が出るだなんてひどすぎる。
 とにかくそういうことだから、じゃあ。彼は立ち上がると靴を履いて出ていった。一秒も無駄にしたくないというように。
 私だってあきらめたくはない。ハイそうですか、なんて言えるわけがないのだ。彼を追って外に出ると、電話で話す声が聞こえた。
 うん、済んだ。これから行く。飯は食ったから、そう、高たんぱく低脂肪。いやいや、いっつも家だよ。せめてピザ取ってくれたら我慢もするけど、デザートも無し。味気ないったらねえよ。
 がはは、と大声で笑う。
 ないない、腹筋割れすぎだから。やっぱさあ、女の子のお腹はぽよぽよしててほしいよね、ミユちゃんみたいに。じゃ、あとでね。
 サンダルをつっかけたまま、ドアの前で固まっていた。彼の後ろ姿が見えなくなってもずっと。立ち尽くしたまま、同じフロアの住人を何人も迎えた。
 どうもー、こんばんはー、すみませんちょっと酔いをさましててー、そんなことを言いながら、筋肉愛が無理ってそういうことか、とめちゃくちゃ腑に落ちていた。
 どうでもいいけど一度も振り返らなかったよあいつ。その時点でこっちから願い下げじゃない?
 ジムの更衣室でフラれた話をしたら大いにウケた。あんたもようやく一人前だね、とありがたいお言葉もいただいた。男なんてね、筋肉に比べたら屁みたいなもんよ! との持論があるそうだ。
 女の子のお腹はぽよぽよしてなくちゃ〜とか言ってるんで、唖然としちゃいましたよー。これで盛り上がると思ったら意外にもシーンとしてしまった。
 男はみんなそうなのよ。ポツリと言ったのは、最近入った同年代の女性だった。
 ちょっと鍛えた方がいいんじゃない? とか言ってたのに、本気で鍛え出すとそんなことは求めてないって言うの。もうウンザリ!
 本当よね、とその場にいた全員がうなずく。
 最初は男のためだったかもしれないけど、途中から自分のためになるんだよね。お腹は骨で守られてないから、筋肉の鎧で覆わないと、ってよく言われた。そうそう、と皆が同意する。私もそうだったなと思い出す。
 男は裏切るけどさ、筋肉は裏切らないよね。死ぬまでずっと一緒にいてくれる。
 ジーンとした。本当にそうだ。自分のからだとはずっと付き合っていかなきゃいけないんだから、大事にするのは当然。
 私は以前にも増して筋トレに励み、十年後に起業した。女性のための筋トレ施設。トレーナーも全員女性。コンセプトは癒し。
 女性の皆さん。あなたのその傷、筋トレで癒してみませんか。男は裏切るけど、筋肉は裏切りませんよ。
 


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