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BFC4落選作 ある事件/小田嶋悠人

(BFC4に応募したものの落選した作品です)

居酒屋は混雑していた。十年ぶりの同窓会、そう聞いていたのに、大幅に遅刻してしまった。焦りながら森島を探す。
「おう倉橋、こっちこっち」
ホッとして森島のところへ行くと、いくつもの視線が注がれる。その鋭さにたじろいだ。
「ごめん、急にシフト入ることになって、二時間だけのはずが、なかなか代わりの人が来てくれなくて」
何を言い訳しているのか。誰も咎めてなどいないのに。
「気にすんなって」
森島が背中を叩く。力が抜け、思わず笑顔になった。
「で、どうだった。やつに会えたか」
「いや、弁護士さんだけ。また今度って言われた」
張りつめていた空気がゆるむ。小沢真喜が言った。
「もういいじゃない、小田嶋のことは。みんな黙っていれば解決。ね!」
高橋が口を挟む。
「言うねえ、さすが首謀者」
「何よ、私だけ悪者?」
「小沢が言わなきゃ何もしなかったぜ。なあ斎藤」
「本当それ! 今日だってキャンプ行く予定だったのに。真喜のせいで旦那も子供たちもヘソ曲げちゃって大変なんだから」
バンッと大きな音がした。小沢真喜が両手をテーブルにまっすぐ伸ばし、うなだれている。
「お願い、誰にも言わないで……」
嗚咽が漏れる。
「娘が来年小学校なの。このことが知られたら、どんな目に遭うか……」
さすがに鼻白んだようで、自業自得と言う者もいた。ただそう言い切るのもどうかと思えるほど、クラス全体を包む異様な空気が印象に残っている。中三の四月に転入し、かつていじめがあったことを知った。被害者の小田嶋がバスジャック事件の生き残りと知り、あの異様な空気は小田嶋自身が作り出したのではないかと感じた。もちろん本当のところはわからないのだが。
小沢真喜の告白でお開きとなった。同級生たちに声を掛け見送ると、悪かったな、と森島は言った。
「こっちこそごめん、期待に添えなくて」
「気にすんなって!」
さっきよりも強く背中を叩かれる。
「好きなもん頼めよ、奢るから」
「えっ、でも」
「いいって、奢りたいんだよ」
「わかった、じゃあ」
「すいませーん、追加お願いします!」
海鮮丼を食べながら、転入当時のことを思い出す。クラスに入った瞬間、全員がおびえた目で僕を見た。特に小沢真喜はひどかった。
「悪魔! 今すぐ出ていって!」
そう叫んで失神したのだ。
状況が把握できないまま、当分のあいだ休むよう校長に言われた。学校へ行ってもしばらくは保健室登校で、その期間に行われたのは度重なる聴取だった。
小田嶋悠人を知っているのか。小田嶋とどういう関係なんだ。何を答えても同じ質問が繰り返される。知らない、関係ないといくら言っても無駄で、親への聴取も行われた。小田嶋悠人なんて知らないし、いじめを主導したことはもちろん、加担したこともない。何より、すでに転校した生徒を知っているかと聞くことに何の意味があるのかわからなかった。 
二か月後、ようやく教室に登校すると、隣の席に森島がいた。喧嘩に明け暮れ不登校になっている間に大変なことが起きたらしい。真面目な顔で言われ、思わず笑ってしまった。それ以来の付き合いだ。
「なんで通り魔事件なんて」
「うん……」
「あれだ、きっとバスジャックのせいだ」
「でも小学生のときだよ」
「そうか、そうだな……」
二週間前、白昼の渋谷で起きた通り魔事件。十人が殺害された。逃げまどう男女を追いかけ犯行に及んだそうで、狂気の沙汰としか言いようがない。バスジャック被害者の犯行ということもあり、報道は過熱している。十七年前のいじめ被害も遠からず掘り起こされ、世間を騒がすだろう。
「そういえば、弁護士さんから聞いたんだけど」
森島はうなずいた。
「被害者でいるのに疲れた、って言ったらしい」
「小田嶋が?」
「うん」
森島が首をひねる。
「バスジャックって言えばさ」
「ん?」
「事件起こしたスクールバスの運転手、射殺されたんだよね?」
「そのはずだ。小田嶋、本当に唯一の生き残りなんだな」
思い切って打ち明ける。
「実は従弟も、被害に遭ってて。バスジャックの」
「ふーん、従弟がね……ええっ?」
森島が顔を近づける。
「お前の従弟が、同じスクールバスに乗ってたってのか?」
「そう。事件の前、もう一人日本人の子がいるって言ってた。仲良くなったって。だから確かめたくてーー」
「従弟の最期を知りたいってか、泣けるねえ」
違う。そうじゃないんだ。言いかけて思い直す。森島を巻き込むべきじゃない。
小田嶋悠人。僕が引導を渡してやる。首を洗って待ってろよ。


おわり


もし二回戦に進んだら出す予定だった作品もあります。あわせて読んでいただけましたら幸いです。こちらから。



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