見出し画像

岸壁の日曜日(第三回古賀コン応募作品)

 どうしてこうなったのか。バスルームで髪を切って、東京タワーあたりをダッフルコート着た君と歩いているはずだったのに。肩で風切って、オッケーよ、なんて言いながら。それなのに、今いるのは2時間サスペンスで見たことあるような崖である。しかも君はいない。もしかしたら最初からいなかったのかもしれないが、考えるのはつらい。とてもつらいのでやめておこう。
 それでだ。問題は、目の前に立って僕をにらんでいる女性。仁王立ちである。腕組みをして、にらみつけている。僕は何もしていない。誓ってもいい。ヨシ、と僕はつぶやいた。
「あの、さっきから僕をにらみつけているようですが」
女性は大きくうなずいた。腕組みはしたままだ。
「あなたに僕は何をしたんでしょう。皆目見当もつかないので、その、教えてもらえないかな、なんて」
 語尾に自信がない感じなのはあれだ、女性が腕組みしたまま近づいてきたからで、危険を感じた僕は立ち上がると、後ずさりをした。背後は崖である。後ずさりにも限度がある。だが女性はまったく配慮してくれない。もしかしたら僕を崖から突き落とすつもりかも知れない。
「あのですね、理由を聞かせていただきたいのですが。僕を追いつめる理由です」
 女性は首を大きく横に振る。当然、腕組みをしたまま。やっぱりダメか。とうなだれたとき、何してるの!と叫ぶ声がした。もしや誰かが助けてくれるのかと、希望に満ちた目を向けると、僕の姿をスマホで撮影する子供たちが目に入った。叫んだのはおそらく誰かの母親だろう。見ちゃダメでしょほら行くわよ、と子供の腕を引っ張っている。もうどうでもよくなって向きを変え、崖から真っ逆さまに飛び降りた。ドラマでは明らかに人形が落下してたけど僕は人間だ。カメラ小僧たちは勢い込んで僕を連写しているだろう。さらば、子供たち。生まれ変わったら子供を育ててみたいなあ。子供みたいな僕にできるかわからないけど。
 海面が近づくと目を閉じた。ざっぱーんと音がして水の衝撃が来るにちがいない、すごく痛いにちがいない、そう思ったけど、何も衝撃はなく痛くもなかった。そうか夢なんだ。だから何も起こらないにちがいない。安心して目を開けると、目の前にいたのは、僕を追いつめていたあの女性だった。
「ギヨャアー」

 もう一度目を開ける。おそるおそる、ちょっとずつ。
「目が覚めたようだね」
白衣の男性が僕の顔を覗き込む。
「どうだったかな、岸壁の日曜日は」
「へっ?」
「最新のVRだよ。楽しんでくれているようだったが、何か気づいたことはあるかな?」
ふと手元を見ると、彼女からのメモがあった(よかった彼女いた!)。
『誕生日はいつもと違うことしたいって言ってたから、VRプレゼントするね。楽しんで!』

 さて、僕はどうするのが正解だろう。
一、楽しめるかボケェ!と叫ぶ
二、ふて寝する
三、一と二
四、気づいた点を事細かにフィードバックする
五、その他(具体的に)


おしまい


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?