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BFC5一次予選通過作品「悪いのは誰?」

 自転車の前カゴに紙が入っていた。「K町を忘れるな」。何のことか分からない。紙はその場で捨てた。翌日、また紙を見つけた。そもそもK町なんて知らない。迷惑な話だ。
 二日後、K町がニュースになった。死後二週間経つ女性の遺体が見つかったという。事件事故の両面で捜査中だとアナウンサーは言った。被害者の写真に息をのむ。唐川ミハル。十五年前、一緒に過ごしたことがある。私は小学五年生、彼女は中学一年生だった。
 離婚したばかりの母は住み込みの仕事を探していたが見つからず、派遣会社の寮に入って清掃の仕事を始めた。冬休みとあって、スキー場や旅館で働く人が多かった。その中にK町出身の人がいた。ミハルの母親、ナツだ。
 母はナツと親しくなり、私もずいぶんかわいがってもらった。娘はK町の両親に預けていると言っていた。毎晩電話で話していると。ナツは冬休みが終わると帰っていったが、一年ほどして連絡があった。結婚したので遊びに来てほしいという。
 母と二人で行く予定が、仕事の都合がつかず母の知人と行くことになった。行きの列車で母の知人は、複雑なのよと言った。詳しく聞こうとすると、余計なこと言っちゃった、気にしないで、と有耶無耶にする。 
 K町に着き、複雑なのは間違いなさそうだと思った。ミハルと、父親になった義之との関係だ。血のつながらない二人はナツを介して親子になった。ナツが妊娠し、ミハルを連れて結婚したのだ。 
 赤ん坊は女の子で、ミハルは義之が妹に触るのを断固として拒否した。
 その代わりということなのか、義之はミハルをたびたび部屋に呼んだ。その意味することを私は薄々知っていたが、何もできなかった。周りの大人たちも、知っていて何もしなかった。それどころか、義之の機嫌が悪くなるとミハルを探し、すがるような目で彼女を見た。彼女は赤ん坊に優しく微笑み、父親の部屋へ行った。
 さらに記憶が蘇る。帰り道、駅へ向かう車の中だったか、義之が私と彼女を笑わせていた。だが次の瞬間、
「女の子が痛いって言ったら唾つけてやるの。何だと思う?」
 そう言ってニヤニヤしながら私を見る。突然のことに驚き、持っていた猫のぬいぐるみを抱きしめた。
「分からないか、子供だもんなあ」
 彼女が何か言ったようだったが分からない。つないだ手はとても温かく、安心感に包まれたのを覚えている。
 K町から戻っても、私は何も言わなかった。母が亡くなってずいぶん経つ。話していたら何かが変わっただろうか。そういえば母の知人から年賀状が来ていた。今回の事態につながるようなことが書いていなかったかと、今年のハガキファイルを棚から出す。
 年賀状はすぐ見つかった。
 お元気ですか、今年もよろしく。そう書かれたあと、小さな字で続けられていた。
『ミハルちゃんは義之さんの実家に居候しています。福祉関係の資格を取るそうです』
 恐ろしい想像に総毛だつ。まさか、あいつが? 
 ピンポーン、と音がした。ハッとしてモニターを見る。一階の共同玄関ではなく、この部屋だ。配達? それなら共同玄関で鳴らすはず。ドアを開け、廊下を左右見回したが誰もいない。首を傾げて部屋に戻る。
 テレビでは依然としてK町のことが伝えられていた。また遺体が見つかったという。しかも続けざまに。
 顔写真を見て驚いた。ミハルを見殺しにした人たちだ。母の知人もいる。全員が死後三日程度ということで、ミハルも他殺と断定し、両方の関連を捜査しているという。信じられなかった。テレビを消し、横になろうと寝室へ行くと、ベッドに紙が置かれている。私へのメッセージだと直感した。手に取って、震える声で読み上げた。
「K町を忘れるな 次はお前だ」
 顔色悪いよ、と克哉に言われたのはその夜のことだった。当然だろう。「K町ビラ」は私宛てだったのだから。
 どうして? 私だって被害者なのに。でも克哉には言えない。どう説明したらいいのか分からない。
「何かあった?」
 別に何も、と目を伏せる。
「そんな風に目を伏せるのは嘘つくときのクセじゃん」
「やめてよ糾弾するの!」
「別に糾弾なんて」
「してるじゃない! 目を伏せたから嘘ついてるだろうとか、全部私のせいだとか!」
「どうしたんだよ、真奈らしくもない」
 克哉の声には戸惑いがあった。私は目を閉じた。ドアが開き、閉じる音がして、無音が訪れたと思った。
 息づかいが聞こえる。
 振り向こうとして頭に衝撃を受けた。殴られた?
「あんたのせいよ! 真奈を連れてこいってあいつが言うたび断ったから、だからミハルは……全部あんたのせい! あんたさえ言うとおりにしてくれてたら……」
 ナツさん……。
 あんたのせい、あんたが、あんたさえ。 そう、私さえ忘れずにいたら。やっと思い出した。ミハルが十五年前に言ったこと。車の中で、私の手をしっかり握って言った。大丈夫、守ってあげる。私を信じて、と。
 目を閉じたままお腹を触る。ヌルっとした。寒いな。痛いのも通り越して、今はただ寒い。
 残る力を振り絞って目を開ける。ミハルが優しく微笑んでいた。
 

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