Public Service ValueやTrustについて考えてみないか
価値ってなんだ
2020年12月に「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」が発表された。この中に価値という言葉が17回出てくる。価値って様々な場面で創出するけれど、具体的に何だろうか。
公共政策に民間企業において行われているような経営手法を取り入れるNPM(New Public Management)と呼ばれる活動が1980年代から注目され、現在のような市民視点や透明で定量的な行政経営が実現されてきた。その後、2000年代後半から2010年代中盤にかけ、欧州では公共政策の価値に注目した取り組みが数多く取り組まれている。単に可視化して計測するのではなく、それによって市民に何を生み出すのかというアウトカム視点での取り組みである。
価値に関する注目される取り組み
まずは、ValueのフレームワークとしてまとめられたものとしてECのeGEP measurement Framework(2006)がある。
この図にあるように、価値をもたらす視点として「効率」「民主性」「効果」を設定して、その結果としての「財政的、組織的価値」「政策的価値」「有権者にとっての価値」を考えている。中間指標を見ても今に通じる考え方である。
また当時は、インターネットを通じた行政サービスやキオスク端末(行政用街頭端末)が注目されていたので、マルチチャネルでどのように行政サービスを届けるのが良いのかという議論がされていた。その一環でECにより整理されたのが「MC-eGov」という考え方である。
この考え方で新しいのは、KPIであるIndicators、KGIであるOutcomesがあるだけでなく、それによるImpactというとらえ方をしている点である。その中でも注目されるのが中央に配置された「Public Trust」である。オープン化、市民視点などの様々な視点から「サービスの質」が評価され、そのサービスが「政策の実現」につながっていく。それらの「サービスの質」「政策の実現」「透明性」「市民との対話」を通じて「Public Trust」を形成していく。
そして、「サービスの質」「Public Trust」「政策の実現」の3点がそろってはじめて社会に十分なインパクトを提供することができる。
更に、2009年に英国政府が公表した「Value for citizens」の考え方も価値の考え方として重要である。社会変化の中で政治や行政機関の役割が変化しているととらえている。
18世紀には自由に価値があり、19世紀には民主化に価値があった。それが20世紀になり社会性に価値の中心が移り、21世紀はエンパワーメントすることに価値があるのではないかと整理している。まさに、CivicTech等のエンパワーメントの流れに通じる考え方である。
最近のPublic Valueの議論はどうなっているのかな
2000年代にかなり整理がついたので、デジタルガバメントの関係者はこうした理念の下で価値をとらえて進めている人もいるが、昨今の取り組みを見ると、国内では、なんとなく美しい表現として「価値」をとらえている人が多いのではないだろうか。
OECDでは2019年12月に考え方を整理してPublic Value in Public Service Transformationという報告書として公表している。
その中で以下のように、バリューセットを参照している。
デジタル化で先進的なオーストラリアのクイーンズランド州は、Public service valuesを明確に打ち出している。そこでは職員に以下のバリューの理念の下で働くように求めている。
Customers first
・Know your customers
・Deliver what matters
・Make decisions with empathy
Ideas into action
・Challenge the norm and suggest solutions
・Encourage and embrace new ideas
・Work across boundaries
Unleash potential
・Expect greatness
・Lead and set clear expectations
・Seek, provide and act on feedback
Be courageous
・Own your actions, successes and mistakes
・Take calculated risks
・Act with transparency
Empower people
・Lead, empower and trust
・Play to everyone's strengths
・Develop yourself and those around you
行政職員の心得のようなものであるが、価値という視点で職員を意識付けし、各種ツールも提供している。
ところでTrustについてもう少し考えてみよう。
Valueを考えるうえで重要な要素としてTrustがでてきたが。日本でもDFFT(Data Free flow with trust)やゼロ・トラスト、トラストサービスというようにTrustという単語を耳にする機会が増えた。
Trustって何だろうか。「品質」「真正性」「適格性」がよく言われている。しかし、Trustは、本来はもっと広い概念であり、経済学、社会学、心理学、人文学などの幅広い領域にわたるものである。
肌感覚で言うと、「あの人(会社、サービス)は信頼できる」「このコミュニティなら相談できる」等の幅広い概念であり、ブランド戦略ともかかわりが深い。信頼できるところには人が集まりオープンな議論ができ新たなイノベーションが生まれてくると考えられている。
当然、このような社会的な信頼だけではなくデータの真正性の確保などのテクノロジーによる信頼の確保も重要であり、それはそれで進めていくべきである。また、この社会的な信頼を確保する仕組みとして、レイティングやコメントの共有などが行われているが、このような仕組みもうまく活用していくことが考えられる。
信頼性を確保する環境を作っていくことで、分業が行いやすくなると言われている。様々なデータやサービスを組み合わせて活用するデジタル社会においてはTrustの検討は欠かせない要素になってきている。
Trustって具体的になんなのよ
一方で、Trustと調べると、ほとんどがIDや認証の話ばかりで幅広いTrustの考え方にたどり着くことは難しい。
リーダーに対するトラストの整理としては、HBR(Harvard Business Review)に投稿された「The 3 Elements of Trust」(February 05, 2019)が良く整理されている。リーダーだけでなく連携先を考えるうえでも重要な視点である。
・ポジティブな関係構築
・優れた判断/専門性
・一貫性
これ以外にも様々な意見があり、以下の要素がTrustの要素といわれている。
・Reliability
・Openness
・Transparency
・Acceptance
・Congruence
・Integrity
・Capability
・Result
・Commitment
・Sincerity
こう並べてみるとぼんやりとTrustの姿が見えてくる。実績や誠実さが重要だなとか、納得するところも多い。
日本はPublic Service ValueやTrustに基づく行政経営ができているのかな
価値を創出するという人に「あなたの目指す価値は何ですか?」と聞くと、目的に応じた様々な回答が返ってくるだろう。それはそれで正しい。でも「豊かな社会を形成する」といわれても抽象的でわかりにくい。一方で、原理主義的な人からすると、規範性、無謬性、完璧性、さらには徹底した無駄の削減を求めてくるだろう。
Public Service ValueやTrustを体系的に整理して学習していくことで政策に幅が出てくると考えられる。例えば、今までの政策立案過程にオープンさや国民との対話を入れることで検討の幅は大きく広がるものと考えられる。また、単にサービスを提供するだけでなく信頼向上を図ることで、新たな展開も開けてくるのではないか。例えば、デンマークでは政府の国民IDへの信頼度が90%を超えており、様々なサービスを開発しやすい状況が生まれている。
メディアも有識者ももう少しおおらかになったらどうだろうか
Valueというものはサービスを開始したら突然0が100になるものではない。今までなかったものが少しでも前進すれば朗報なのに、みんなで上げ足を取ろうとしてあら捜しに奔走する。それでは先進的な取り組みなど誰もしたくなくなる。メディアも有識者もValueやTrustのフレームワークを勉強して、どこが良くてどこが課題なのかという前向きな意見をいってほしいものである。
アカデミアとともに検討をしていきたい
今後に向けては、アカデミアの参加を期待したい。戦略や政策により本当に価値を創出できているのか、改善点はどこなのか、日本が提唱したDFFTの中核であるTrustはどう進めていくべきか、検討することはたくさんある。
戦略の執行なども含めて、評価を行い予算に対するValue がきちんと出せているのかという効果測定も含めて進めていかないと、漫然としたデジタル化の推進になってしまう可能性もある。
KPIをつけようという話はよく出るが、目指すべきはValueでありインパクトである。Public Service Value of the yearとかの表彰制度も作ってもよいのではないか。Web部門、手続部門とかどんどん作り、ほめて育てるような仕組みづくりができたらよいと思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?